26.どんでん返し
ついに、昨夜たちの作戦が明かされる日が来ます。
一方ひな菊は、白菊姫を演じるための着物がようやく届くと夢見心地になっていました。
そんな中、浩太に最後の脚本を手渡され……その結末がひな菊の予想した通りであったかは、もう分かりますよね?
やがて、学芸会まであと十日をきった。
風はいよいよ涼しくなり、日の入りは早くなり、月は太っている。
夜になると、村では虫の音に混じって笛や太鼓のはやしが聞こえるようになっていた。近づいてきた中秋の名月に伴う、村の菊祭りのためだ。
折しもひな菊が学芸会で白菊姫を演じるということで、父の白川竜也が今年は祭りに多額の寄付をしたため、今年の祭りは少し豪華になる予定だ。
もっとも、村の古い菊農家たちはそれを快く思っていない。
だが、表面上は特に反発せず大人しくしていた。
子に咲夜支持派が多くいる農家には、既に咲夜の作戦が筒抜けになっていたからだ。そして、ひな菊が咲夜の作戦で恥をかくのを楽しみに待っていた。
一方、白川鉄工に勤める者たちは社長とひな菊の機嫌を損ねたくなくて沈黙し、その話が耳に入らないように気を揉んでいる。
耳に入ってしまったその時に、知らぬ存ぜぬで自分たちを守るためだ。
村のほとんどの大人たちが、その作戦の行方を見守っていた。
そんな中、ついに運命の日はやって来た。
「ねえねえ、今日ついにあの着物が届くんだって!」
その日、ひな菊はこの上なく機嫌が良くてうきうきしていた。
白菊姫を演じるために購入した例の美しい着物が、今日の午後届くというのだ。それを届いたらすぐに見せびらかすため、ひな菊はわざわざ学校に届くようにしていた。
そうして着物のことばかり考えていると、一日はあっという間に過ぎて行く。
授業も終わってもうすぐ着物が届くかという頃、もう一つ良い知らせがあった。浩太がとても嬉しそうに、最後の脚本を差し出してきたのだ。
「はい、これで完成だよ。
台本の修正と同時進行だったから、遅れてごめんね。
でも、ゆっくり考えさせてもらったおかげで会心のできだよ!読んでみて」
ひな菊は顔いっぱいに喜びを浮かべて、奪い取るように脚本を受け取った。そして、早速目を皿のようにして待望の脚本を読み始める。
だが、しばらくして顔を上げたひな菊からは、すっかり笑みが消えていた。
「ちょっと、な、何よこれ……?」
ひな菊は、呆けたように目と口をポカンと開けていた。
手の中の脚本には、ひな菊が予想していたのと全く違うラストが記されていた。自分が演じる白菊姫を悪者として断罪する、救いのない結末が。
(あれ、どうして……どうして……?)
確か、白菊姫に襲い掛かろうとした村人を野菊が制止するところまで読んだはずだ。
その先の展開は、ひな菊には予想がついていた。
野菊が白菊姫を許し、村から去らせて逃がす。もしくは野菊が必死で止めようとしたが、村人たちを止めきれず殺されてしまう。
そして翌年美しい菊が咲き乱れる村で、農民たちは白菊姫にしたことを後悔するのだ。一事の感情で偉大なる姫を殺してしまった、自分たちの愚かさを悟るのだ。
これがひな菊が考えていた、悲劇の姫の結末だ。
現にこの村は今菊の名産地になっているし、当時の村人たちは白菊姫の先見の明に気づいて菊畑を復興したに違いない。
そう思ったのに……。
白菊姫の最期は、野菊の指揮により殺された。
そして死んでしまった白菊姫に、野菊は仕方なかったと呟く。己の罪を知らぬまま生かしておけば、これから先どれだけ苦しめられる人が出るか分からないからと。
さらに、現代の村につながるナレーションはこうだった。
『こうして白菊姫は、村人の恨みをその身に受けてあの世に行きました。
しかし、姫の育てていた菊は村中に種を飛ばし根を張って、毎年花を咲かせ続けます。
村人たちはこの菊を、自分勝手への戒めとして育て続けることにしました。咲き続ける菊を見るたびに自分たちがあの悲劇を思い出し、もう二度と同じ事を起こさせないように。
そうして村を滅ぼしかけた姫の菊の子孫は、今も伝説と共に村を守りながら今年も咲き続けているのです。』
白菊姫の扱いは、完全に悪役だった。
もう二度と起こしてはならない、自分勝手により起こった悲劇の敵役だった。これを演じる事は、名誉でも何でもなかったのだ。
「え……え……?」
ひな菊は、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
自分は美しく偉大なお姫様の役を、勝ち取ったはずだった。そしてこの舞台を成功させるために、金と力を存分に注ぎ込んでいる。
だが、白菊姫は惜しまれるべき悲劇の姫などではなかった。
むしろ重罪人としてフルボッコにされる、因果応報の結末を迎えた愚かな女だったのだ。
そして来週には、自分はその役で舞台に立たなければならない。
それに気づくと、ひな菊は怒りと屈辱で顔から火が出そうになった。
自分が村の老人たちから、わがままだと言われている事は知っている。その自分が、わがままで殺された悪女の役を演じるなど……どれだけ笑い者にされることか。
ひな菊は、だまされたような気分になった。
いや、実際にだまされたのだ。
だましたのは……。
「ちょっと浩太!!これ、一体どういうこと!?」
ひな菊が叫ぶと、浩太は薄笑いで言った。
「いや、どうもこうも……僕は僕の劇のために脚本を完成させただけだけど?」
「でも、これじゃ白菊姫が悪者……!」
「そうだよ、これが正しい物語だ。白菊姫はかわいそうな悲劇の姫さ、どんなに人に迷惑をかけても死ぬまでそれに気づけなかったって意味でね……。
僕は白菊姫がいい人だなんて、一言も言ってない。
君が勝手に誤解して、好き放題やって突っ走っただけだろ。白菊姫みたいに!」
ひな菊は、開いた口が塞がらなかった。
自分は、浩太にいいようにだまされていたのだ。そして自ら不名誉な舞台に立つために、全力で準備をやらされていた。
愕然とするひな菊に追い打ちをかけるように、教室の扉が開いてこんな声がかかる。
「失礼しまーす、ご注文の着物を届けに来ましたー!」
差し出されたのは、ついさっきまであれほど楽しみにしていた……唾棄すべき悪女を演じるための着物だった。
放課後の学校に、ひな菊の絶叫が響き渡った。




