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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
258/320

258.明日いない人

 ひとまずやる事がなくなった咲夜は、しかし心が安らぎはしませんでした。

 明日を迎える自分たちと、迎えられないであろう級友……その事実が重くのしかかります。


 これまでを思い返して、咲夜と宗平たちはそれぞれに後悔を抱えます。

 しかし、竜也とひな菊には、彼らではどうしようもない事情があって……。

 野菊が去ってしまうと、咲夜たちはどっと疲れが出て座り込んだ。

「ふぅ……これでひとまず、我々のやることは終わりか。

 後は野菊様に任せて夜明けを待つのみ……といっても夜が明けたら、それはそれでやることが山積みなんだろうが」

 宗平がさっきよりずっと緩んだ顔で呟く。

 他の大人たちも、緊張がほぐれて安堵の息を吐いた。

 もう、ここにいる自分たちが夜明けまでにやることはない。やるべきことはやりきって、自分たちの身も安全で。

 後は少しでも心と体を休めながら、夜明けを待つのみだ。

 もっとも、夜明けまでもう一時間もないが。

 宗平たちは夜明け後にやることを頭の中で整理しながら、一時の休息に身を委ねていた。


 しかしそんな中、咲夜は一人浮かぬ顔をしていた。

「どうしたの?もう怖いことはないから、少しでも休みなさい」

 母親の美香がそう言うと、咲夜はぽすんと母の腕に収まった。それでも、顔は悲しそうに悩んだままだ。

 しばらく美香が撫でていると、咲夜はぽつりと言った。

「私たちは、もう怖くない。

 ……でも、ひな菊はこれからうんと怖い目に遭って……夜が明けたら、もういないんだね」

 その言葉に、皆はっとした。

 そう、終わったのはここだけ。

 白川鉄鋼で下される罰に怯えている大罪人たちは、むしろこれからが恐怖の本番だ。野菊は、彼らを逃がす気などないのだから。

「そうか、陽介も……もしかしたら……」

 大樹も、悲痛な顔で呟く。

 つい一昨日まで同級生として同じ教室で顔を合わせていたのに、あの二人に次の夜明けは来ないかもしれない。

 そう思うと、許せない相手のはずなのに無性に悲しかった。


「……私ね、ひな菊にここまでなってほしかったんじゃないの。

 でも、あの時は許せなくて……追い詰めてたら、こんな事になって。

 私はこれで多分、朝を迎えて反省して生きていける。でもひな菊と陽介はもう、そんな当たり前のこともできなくて……!」

 咲夜の独り言は、どんどん涙声になっていく。

 咲夜はひな菊を追い詰めたことをひどく後悔していた。

 自分が学校で追い詰めてひどい思いをさせなければ、ひな菊はあんな行動に出なかったかもしれない。

 陽介だって、実行犯にならずに済んだかもしれない。

 そうすればお互い嫌な気分ではあっても、明日にはまた学校で前のように顔を合わせて一緒に生きていけたのに。

 自分が二人の人生を失わせたのかもと思うと、苦しくてたまらなかった。


 そんな咲夜の頭に手を置き、宗平も言う。

「いや、おまえがそこまで悩むことはない。

 ひな菊のことは、白川社長といい関係を築けなかった私たちの落ち度でもある。私たちと対立してあの子の未来を危惧したから、社長はあの子を王女様のように育てたのかもしれない。

 私たちがもっと、同じ子を持つ親として歩み寄れていたら……」

 宗平だって、竜也のやる事から村を守ることで頭が一杯だった。

 そんな自分たちの反応を見て竜也がどんな思いに駆られ、それがひな菊にどんな形で影響するかなど、想像の外だった。

 むしろ咲夜が悲しむまで気づけなかった自分が、恥ずかしかった。

 だが、森川は難しい顔で指摘する。

「いえいえ、宗平さんはよくやっていました。強引に狡猾に仕掛けてくる竜也に、あくまで礼儀正しく丁寧に接して。

 逆に白川社長は、そんな事意に介さなかった。

 むしろあの社長の方が、子供の将来を何だと思っていたのか……」

 いくら後悔して答えを探そうとも、今に至る状況は簡単には変えられなかった。それでも咲夜も宗平も、その無念に歯を噛みしめずにいられなかった。


 ここで、あちら側の立場から口を挟んでくる者がいた。

「あんたたちが考えたって、仕方のないことさ。

 あんたたちに社長の気持ちは分からない。子供の将来を何だとって言う時点で、そうなんだからさ。

 ……社長だって、狂おしいくらいお嬢のことばっか考えてたよ。

 社長にとって、お嬢は自分の全てってくらいに」

 そう告げたのは、小山だ。

 子のためを思って罪を犯し、釈放後竜也に拾われ、今度はひな菊を思う竜也のために罪を重ねてきたならず者。

 今この場で、彼こそが一番竜也の気持ちを分かっていた。

「社長はお嬢が失われたり辛い思いをするのが何よりも怖かった。

 それを防ぐ答えとして、お嬢を小さな社会で誰にも害されることがない、その社会の全てを使って守れるようにって考えてた。

 その結果がこれまでと……そして今夜の凶行だ」

 小山は、ひどく悲しそうに言いきった。

 そして、寄り添う三組の親子を見回して告げる。

「おまえらにあって社長が失ったもの……何だか分かるか?

 母親だよ、お嬢の」

 それを聞いて、三組の親子はぎくりとした。

 そうだ、初めからそうだったからあまり深く考えなかったが……ひな菊には、母親がいない。もちろん昔はいたのだろうが、白川親子が村に来た時からもういなかった。

 その母親がどうして、どのように死んだかは分からない。

 村人たちは余計な詮索をしなかったし、竜也は語ろうとしなかったから。

 だが、白川親子はそこが普通の家庭と違っていた。

 だから子供への思いも普通の家庭とは違うと言われれば、そうかもしれない。現に宗平たちは、自分が妻を失ったらどうなるかなど分からないのだから。

 小山は、皮肉っぽく笑って言った。

「分かんねえだろうな……でも、俺らにはだいぶ分かる。

 その気持ちが社長を突き動かして……社長とその気持ちでつながった、俺らを動かしていたんだから」

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