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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
255/320

255.贖罪

 野菊から謝罪の本当の意味を教えてもらい己の罪を悟ったクルミは、まだ救える者を目指して行動に出ます。

 今ここで誰からも見捨てられて放置されている、哀れな今回の大罪人……クルミは自分に起因する不幸を放っておけませんでした。


 平坂親子のシーンで響いた銃声は、ここで撃たれたものです。

 陽介は、呆然と冷たい床に座り込んでいた。

(父ちゃん……母ちゃん……何で……?)

 それだけが、陽介の頭の中をぐるぐる回る。

 打ちのめされた陽介に手を差し伸べてくれる者は、もう誰もいない。居心地が悪くても迎えてくれた家族は、もう跡形もない。

 父は胸を撃たれ、物言わぬ死体となって血だまりの中に転がっている。

 母は自分とこの村に見切りをつけ、去ってしまった。

(守りたかったのに……幸せに、一緒にいたかったのに……何で……?)

 こんなはずないと、陽介の心は必死にかぶりを振る。

 だって自分は、他ならぬ家族の幸せのために勇気を出して行動したのに。真逆の結末のために力を尽くし命を懸け、足掻きまくったはずなのに。

 気が付いたら、守りたかったものは何もなくなっていた。

(何だよこれ……これじゃ俺は、何のために……!)

 そのうえ、諸悪の根源とみなされた自分は誰にも助けてもらえない。

 いや、誰に助けを求めていいか分からない。

 母を助けるふりをして騙していた悪魔のような社長と、村人を欺いて保身ばかりの巫女親子と、自分のせいで身近な人がたくさん死んでしまった村人や社員たち……。

 支えてほしいのに、すがりたいのに、そうできる人すらいない。

 陽介は本当に、一人ぼっちだった。

 周りでは人々がざわめいているが、全てが自分などいないかのように進行していく。置き去りの自分を気にする者は、誰もいない。

 もはや陽介自身の中にも、体を動かす気力は残っていなかった。


 そこに、しずしずと近づく者がいた。

 誰もが己の身を守ろうとする中、たった一人口元に笑みを浮かべて陽介に近づく女。黒い喪服を身にまとい、血塗られた槍を携えて。

「フフフ、無様ねェ……呪わレタ、カツミの血筋……。

 今、楽にシテ、終わラセてあゲルわぁ」

 なおも復讐しか考えない鬼女、司良木クメであった。


 クルミはすぐに、母の意図に気づいた。

(だめ……殺してしまったら、もう救えない!!)

 気が付いたら、クルミは駆けだしていた。人を傷つけるための武器を捨て、傷ついても治る死んだ身一つで。

「だめええぇお母さアァん!!」

 叫びながら後ろから飛びつき、クメを強引に引き倒す。

「あァッ!?」

 不意を突かれたクメが倒れ込む先には、竜也が死霊の間を縫って逃げてくるところだった。

「うわあああ!!?」 ズダーン ズダーン

 ただでさえ味方を失って追い詰められていた竜也は、目の前に飛び込んでくる強力な死霊にパニックになった。

 そして、反射的に銃の引き金を引いた。

 撃ちだされた弾丸の一つが、クメの顔をブチ抜いて再び眠りに落とす。

「はぁ……はぁ……ありがトウ……」

 動かなくなった母に手をついて起き上がりながら、クルミは去って行く竜也にお礼を言った。これでもう、母が今夜これ以上人を傷つけることはない。

 クルミは陽介に歩み寄り、その目の前に腰を下ろした。


 クルミの冷たい手が、陽介の手を包み込むように握る。

 クルミは、陽介の焦点の合わない目をしっかりと見つめて声をかけた。

「お願イ、起きテ……このままジャ、だめ。

 聞いテ、今ならマダ……間に合う!早く、立ッテ、お母サンを追いカケるの!日の出まデ村に留めタラ、きっと何とカなる。

 ううん、シテみせる……私、謝るカラ!」

 クルミは、夢中で陽介の手を揺らした。

「ゴメンね、こんな目ニ遭わせて!

 私、今度コソ……本気で償うから!あなたヲ、助ケたいノ!

 ダからお願い、立って、走って!!」


 陽介は、誰かが自分に呼びかけているのに気づいた。誰からも見捨てられたはずの自分に、一体誰だろう。

(今さら何だよ……もう、放っといてくれ。

 どうせ俺が何かしたって、いいことなんか……)

 だが、すっかり諦めて折れた陽介に誰かはしつこく声をかけ続ける。

(今ならマダ……間に合う!……お母サンを追いカケるの!)

(母ちゃん……間に合うもんかよ。

 間に合ったって、これからどうやって生きてけってんだ。母ちゃんは父ちゃん殺しちまって、俺は捨てられて、村じゃ誰も助けてなんか……)

 そこまで考えて、ふと気づいた。

 村の誰も助けてくれないなら、今手を握って呼びかけてくれるのは誰だろう。本当に誰も助けてくれないなら、こんな人いるはずがないのに。

 もしかしたら、この人だけは自分を許して、受け止めてくれるのか。

 自分たちの幸せを願ってくれるのか。

 もしそんな人が、本当にいるのなら……。


 陽介の真っ暗だった心に、一筋の光が差し込んだ。


 真っ黒だった視界が、少しずつ色と動きを取り戻していく。体の感覚も戻って来る中で、手が強く握られているのが分かった。

 しかしその手に伝わってくるはずの、人の温もりはなかった。

 耳から入って来るのは、聞き覚えのある少女の声。確かさっきも、この少女に声を掛けられ誘われたような……。

 気が付けば、目の前に悲しそうな少女の顔があった。

 だがその肌の色は、生きている人間のそれではなかった。

 少女がまとうのは、矢羽根模様の着物と袴……ところどころ破れて、血に汚れている。いや着物の下からも、人間なら動けるのがふしぎなくらいの生々しい傷がのぞいている。

 彼女は、この世の者ではなかった。

 だが時を越えて陽介と縁のある、一族の不幸の始まりの大罪人だった。

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