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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
254/320

254.謝罪の意味

 自分の起こした事を知って、本当にいい事がしたいと願うクルミと野菊の対話。

 白菊姫の謝罪を聞いて、クルミの中に沸き起こった疑問とは。


 クルミは良くも悪くも、現実主義で即物的でした。

 そんなクルミが無視してきたもの、そしてそれに気づいての新たな決意とは。

(野菊様!?)

 クルミは、背中を叩かれたように思わず姿勢を正した。

 さっきは一方的に自分が死んでからあったことを話されて、自分にはもうどうしようもないのにと渋々受け入れただけだったが……。

 今、自ら罪を実感すると、この人の正しさと自分の未熟さが良く分かる。

 クルミは、あの夜の川原の続きをしている心地になった。

 しかし、あの時の自分と今の自分は違う。自分がどんなひどい事をしたか理解して、人の話を聞きたいと思う。

 もし、今からでも何か変わるなら……。

 少しでも、取り戻したり守ったりできるものがあるなら……。

 クルミはそんな希望にすがって、野菊の声に心を開いた。


(野菊様……今私が謝ることに、何の意味があるのでしょうか?)

 クルミは、祈るような気持ちで野菊に問うた。白菊姫にこんなことをさせる野菊なら、納得できる答えをくれると思って。

 しかし野菊は、そんなクルミをたしなめた。

(意味、ね……あなたはいつも、自分が価値を認められるもの、目に見える変化を起こすものにしか意味を見出さなかったわ。

 まず、そうでない意味を認めることを覚えなさい。

 でないと、いつまで経っても心から謝る事なんかできやしないわ)

 野菊の言葉は、クルミの心中を見透かすようだった。

(あなたが人の話を聞かなかったのも謝れないのも、あなたがそれに意味がないと思っているからでしょう)

(はい……)

 クルミは、素直にうなずいた。

 あの時村人たちや宗次郎がいくら言っても聞かなかったのは、迷信に浸っている者の言に意味などないと思っていたから。

 父が村の人々の心を立てるように言ってきても、それに意味を見いだせなかったから従わなかった。

 クルミはずっと、目に見える進歩や豊かさにしか意味を感じていなかったのだ。

(あなたはどうして、女工さんたちが子孫まで不幸になったか分かる?村にはもう、この人たちや子孫まで虐める必要がなかったのに)

 そう言われて、クルミははっとした。

 言われてみれば、この百年続いた虐めに実質的な意味などない。何のいいこともなく逆に問題を生むばかりなのに、村人たちはやめなかった。

(もっと身近な所だと、どうしてお母さんはあんな復讐に走ったのかしら?あなたは戻ってこないし、大事なものが壊れるばかりなのに)

 これも言われてみれば、悪い方の変化しか起こさない。

 どちらも結果を考えれば絶対にやらない方がいいのに、なぜ彼らはやったのか。

(仕返ししたかったから……ですか?)

 クルミは、懸命に頭をひねって答える。

 すると、野菊のかすかな笑い声が聞こえた気がした。

(そこまで考えられるなら、もう一歩かな。仕返しそのものにどんな意味があるのか、どうしてそれがしたくなるのかは分かる?)

(うーん……悔しいから、悲しいから、相手に罰を与えたいから?)

(そうね、そしてそれらは全部、目に見えない人の感情だわ)

 その一言で、クルミは気づいた。

 現実的に見て何の得にもならないことでも人がやってしまうのは、目に見えない感情が原動力になっている。

 他の人には言わないと伝わらないし言っても理解してもらえないこともあるが、本人にとっては間違いなく意味があるもの。

 クルミは今まで、そういうものを全く考えずに動いてきた。

 だから、やらかしても収められるものを収められず、禍根を残してしまった。

(そっか、目に見えない人の心……。

 でも、だったらそんなものを変える方法があるの?相手がどう思っているか分からないし、そもそも動かせるのかも……)

 気づいても、クルミにはどうすればいいか分からなかった。

 そこでようやく、野菊は答えを出す。

(それを動かせるのが、謝ることなのよ。けじめをつけて、悪い事を終わらせるの)


 瞬間、クルミの脳裏にかつての母の姿が蘇る。

 クルミが何かやらかすたび、代わりに方々に頭を下げて回っていたクメ。心からの謝罪ではなかったが、クルミは確かに守られていた。

 あれは、クルミにやったことに保護者としてけじめをつけ、一件落着としてくれていたんだ。

 もっとも、クメもその大切さが分かっておらず場当たりでやっていたため、娘にそれを教えられず大惨事を招いたが。


 謝ることは、終わらせて禍根をできるだけ断ち切ること。

 反省を見せて、悪いままではないと相手に納得してもらうこと。


(そうか、私に足りなかったのは……目に見えないものの意味を認める事。それを動かして、悪い流れを断つ努力をすること)

 クルミの心の目から、分厚いうろこがポロリと落ちた。

 新しい視界で見ると、自分の行動がいかに人の心を逆撫でしていたか、自分がいかに人の想いを踏みにじっていたかよく分かる。

(……ごめんなさい、宗次郎さん。あの時の、そして今を生きる村の人たち。

 本当にごめんなさい、カツミちゃん……息子さんとお孫さん。

 そして、お父さん、お母さん!!)

 クルミの心に、真の意味での謝罪が湧き上がる。

 同時にクルミは、己のやるべきことを理解した。

(白菊姫が謝っているのは、自分のやったことに少しでもけじめをつけるため。たとえどんなに薄まっていても、自分の遺した禍根を少しでも断ち切るため。

 だったら、私はなおさら……まだ断てる禍根が、つながっている人がたくさん残ってるんだから!

 謝らないと!少しでも、届く人にだけでも!!)

 そう決心して、クルミはホールを見回した。

 あいにく、野菊と対話している間に村人と社員たちはいなくなってしまった。残っているのは竜也と平坂親子、そして……。

(三代じゃない……もう四代目がいる!ううん、三代目だって……救ってみせる!!)

 クルミは、強い意志を体にみなぎらせて立ち上がった。

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