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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
253/320

253.百年の後悔

 同じ場所で少し時間がさかのぼり、同時に進行していたもう片方の変化に目を移します。


 五度目の放送が流れるちょっと前に、クルミは己の引き起こした惨事を目の当たりにしてショックで動けなくなっていました。

 そんなクルミの前で、さらに進んでいく残酷な現実。

 そして流れてくる白菊姫の謝罪に、クルミは……。

 時は、少しさかのぼる。

 クルミは己と母の罪に打ちのめされ、どうしていいか分からずへたり込んでいた。

(そんな……私の、せいで……こんなにかわいそうな人が生まれて、しかも百年近く経っても……こんなことって!

 なのに、私は……お母さんは……!)

 語られ、目の前でまだ続いている、復讐と不幸の連鎖。

 その大元に、自分がいる。

 自分さえあんな事をしなければ、人の話を聞いて冷静に周りを見れていれば、こんなひどい事は起こらなかった。

 宗太郎に乗せられて起こった災厄だけではない。

 母が自分を失ったことで狂い、大事な父と弟を傷つけて家庭を壊してしまったこと。誇りであった会社をも傷つけ、多くの人に迷惑をかけたこと。

 母の復讐により、この村で縁を結んで家庭を作った女工が子孫まで不幸になってしまったこと。少なくとも、子孫には初めからそんな目に遭うような罪はないのに。

 そしてその子孫の不幸が、今回の災厄の一因になっていること。

 はっきり言えば、クメの時と今回の災厄はどちらもクルミの行動に端を発している。そのせいで、百年経っても無関係な人が傷つき、死に続けている。

 クルミにとって、衝撃というのも生易しい現実。

(こ、こんなつもりじゃなかった!こんなとこまで考えてなかった!

 でも……野菊様の言う通り、いくら言い訳しても起こってしまった事は消えない。

 お母さんが巻き込んで死なせてしまった人が生き返る訳でも、カツミちゃんやお孫さんが幸せを取り戻せる訳でもない!)

 クルミはようやく、その重さを実感し、己の過ちを認めた。

(何で、こんな大変なことに気づかなかったんだろう!?

 ううん、私が認めなかっただけ……父さんも宗次郎さんも、教えてくれようとしてたのに!

 私、とんでもない馬鹿だ……。こんなになって、お母さんがそれでも押し通そうとするのを見るまで気づかないなんて!)

 元々賢いクルミは、一度認めれば流れるように状況と己の罪を理解できた。

 だが、悪かったと思ってもどうすればいいかは分からないまま。

(私が、悪かった……でもこれだけの被害、どうすればいいの!?

 もう、私にできる事なんて……!!)


 クルミが打ちひしがれている間にも、不幸の連鎖は続いていく。

 村を守る者たちからの放送で、楓が竜也にさらに陥れられようとしていた事が分かった。夫殺しの罪を背負わされ、体を売らされる奴隷にされそうになっていた。

(お願いもうやめて!もうこの人を不幸にしないで!!

 私、こんな事がしたかったんじゃないのに……!)

 クルミがいくら心の中で叫んでも、現実は止まらない。

 楓は、若者に背中を押されて全てを捨てて逃げ出した。自らの腹を痛めて生んだ、家族の幸せを求めて禁忌を破った息子を捨てて。

 顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、赤子のように泣いてすがる子を……

「おまえなんか、いーらね!!」

 情けも絆もあるものかと、切り捨てる。

(嫌っ!そんな風にしないであげて!!

 この子は頑張った!間違えても父親に辛い役ばかり押し付けられても、取り戻そうと体を張って戦ったの!!)

 楓の見ていないところで陽介がどれだけ頑張ったか、クルミは知っている。

 もちろん陽介にも、母親に対してこれはないと思うような言動はあるが……それでも切り捨ててはいけないと思う。

 子供が目の前の何かに引きずられて親に反発するなんて、よくあることだから。


 ……と、そこまで考えてまた自己嫌悪に襲われる。

 陽介が母を拒絶してしまったのは、彼と母との関係をクルミとクメの関係に重ねられ、クルミのようになるぞと脅されたせい。

(こんなになった私が……ここに、いたから……?)

 クメの誤った育て方でひどい事になった自分を拒絶する勢いを、悪しき父によって母に向けさせられてしまった。

 なら、自分という悪い手本がいなければ、陽介は母を失わずに済んだのではないか。

 そう思うと、悔しくて申し訳なくていたたまれなかった。


(ああ、ごめんなさい……ごめんなさい……!!)

 クルミは、声も出せず心の中で謝り続けることしかできなかった。

 去って行く楓を止めようとする者は、なおも悪意で利用しようとする竜也と何が何でも責任を負わせて虐めようとする老人たちだけ。

 若者や村の外の者も、楓を許そうとせずこれまで虐めた者を責めるだけ。

 誰も、楓と陽介を仲直りさせようと手を差し伸べない。

 誰も、この哀れな家族を守ろうとしない。

 多分、楓の父もカツミも、クメが災厄を起こしてからずっとこんな状況で生きてきたのだろう。百年経っても変わらない、謂れなき迫害。

(ああ、私さえ……あんな事を起こさなければ!

 きちんと人の言うことを聞いていたら……!

 三代も、百年も、こんな事には!!)

 田舎の迷信を払って時代を前進させようと思っていたのに、何だこれは。村にはかえって前時代的な差別の根が残り続け、時代が進んでも子孫を縛り続ける。

 クルミが望んだのと、全く逆の事態。

 そのうえ事態はもう完全に、クルミの手を離れていて、自分にはどうすることもできない。どんなに後悔しても、何もできない。

(どうしよう……許してなんて言えない。

 ごめんなさい!ごめんなさい!!)


 その時、自分の心に重なるような謝罪の声が流れてきた。

『ごめんなさい……わらわの、せいで……』

 自分と同じように、心の底から悔いる少女の声。さっきの放送に続いて、スピーカーから流れてくる。

『わらわは、白菊姫……この村に、呪いを残した者……。

 村に何度も災厄を起こして、そのたびに多くの人を傷つけて狂わせて……わらわのせいで、本当に、ごめんなさい……』

 その名を聞いた途端、クルミははっと思い出した。

(白菊姫……あの時野菊様が連れていた、私の同類だっていう……!)

 クルミの脳裏に、死ぬ直前に川原で見た白菊姫の姿が蘇った。


 あの時、野菊はきっとお友達になれると言って白菊姫を紹介してきた。自分と同じように人の話を聞かず、独善で村を滅ぼしかけた女だと。

 しかし同時に、こうも言った。しでかした事の大きさを突きつけたら最期には罪を認めて謝ったから、おまえよりはましだと。

 その時は、一緒にされたくなくて、反発してしまったが……。


(きちんと、謝ってる……もう、謝ってもどうしようもないのに)

 クルミは、白菊姫の誠意に胸を打たれた。

 白菊姫は確かに、自分と同じような惨事を起こした。しかし手遅れとはいえ罪を認め、もう自分とは何の関係もなくなった人たちにこうして謝っている。

『わらわは本当に、世の中のことを何も知らぬ小娘で……己のこだわることで、どれだけの人に迷惑をかけて傷つけていたかも知らず……。

 罪なき人を憎み合わせ、悪意なき人を狂わせ……おまけにこんな呪いを残して、何百年も繰り返し人を悪縁に引きずり込み……。

 今謝って済むことでは、ないかもしれぬ。

 しかし、どうか、謝らせてほしい』

 クルミの胸に、その言葉が染み渡る。

(私も、あの時村の人たちに、こうして謝れていたら……。

 死ぬ直前に神社の前ででも、罪を認めてこの罰でいいんだって言えていたら……お母さんもカツミちゃんも、助けられたのかな?)

 自分が未だにそれができないことを思うと、やはり自分はこの姫より悪いのだと暗澹たる気分になる。

 しかし一方で、意味がないのにどうして、とも思った。

(何で、この姫は今さらになって謝れるの?

 今謝ったって何も戻ってこないし、謝りたい人なんて私以上に誰もいなくなってるでしょうに……今謝って何になるの?)

 そんな疑問が、クルミの謝る気を削いでいた。

(だって、もうここで私が謝ったって、救える人なんて……)

 しかし、そう言い訳して動かないクルミの心に、話しかけてくる者がいた。

(ねえ、本当に、もう誰も救えないと思う?)

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