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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
252/320

252.母子の末路

 平坂親子、決着。

 愚かな母子に下された、それぞれの罰とは。


 そして、聖子を黄泉の力に浸して使った野菊の真の狙いとは。

 体が一つ倒されても、代わりがあればいいのだよ。

「あぎゃっ!!」

 暗い炎に胸元を焼かれ、清美は尻餅をついた。体中が邪な力に侵され、言いようのない不快感と無力感が襲う。

 抵抗しようとする気力すら、闇にかき消されるように気分が消沈する。

 もう自分は抗えないのだと、本能に刻み込まれたように分かる。

 野菊は、へたり込んだ清美に告げた。

「大丈夫よ、あなたはすぐには死なないわ。

 ただ、これまでと違って死霊や黄泉の声が直接頭の中に聞こえるだけ。もうどんな大きな音でも、かき消せないわ。

 どんなに嫌でも、逃げることなどできない。

 黄泉が定めた役目を終えるまで、あなたは死ねずに苦しみ続けるの」

 清美の顔が、絶望に歪んだ。

 これまで聞きたくなくて、ずっと大音量の音楽でかき消してきた死霊の声。これからは、もう二度と耳をそらすことができない。

 当然その中には、自分の怠惰で死なせてしまった娘と夫の声も含まれる。

 清美はこれから常に人々の恨みと大切な家族の責めを聞きながら、自分の代で絶える家の最後の始末をするのだ。

「近いうちに、分家の者が引き継ぎに来るわ。

 きちんと伝えるべきことを伝えて引継ぎが終わったら、黄泉で家族と一緒にしてあげる。

 まあ私は悪鬼じゃないから、真面目にやってれば少しは苦しみを軽くしてあげるわよ。あなただって、苦しいのが嫌なら早く済ますのが一番だものね」

 清美は、操り人形のようにうなずくしかなかった。

 与えられたのは、すぐ死にはしないが死んだ方がましな呪い。

 奪われたのは、何よりも大事な娘。その娘と自分が楽に暮らしていける神社という聖域と、特別な立場。

 今宵巫女は全てを失い、黄泉の奴隷に落ちた。

 清美はもうどうすることもできず、死霊の声が戻る夜明けを怯えながら待つしかなかった。


 清美に伝えるべきことを伝え終えると、聖子の体がびくりと震えた。恨みと憎しみに狂った顔が、凛と落ち着いた表情に変わる。

「ふふふ、いい調子ね。

 私本来の体と変わらないくらい、強い力が使えるわ。これなら次から銃で撃たれても、こっちの体で戦い続けられるわね」

 しゃべっているのは、野菊だ。

「こう何度も撃たれるようじゃ、対策がいるって思ってたのよね。

 ちょうど使える一族の体があって助かったわ!」

 野菊は聖子の体を、自分のスペアボディにするというのだ。

 大罪人に乗り移れるのなら、元から黄泉の力を受け入れられる一族の体も使えるかもしれない……と考えた結果がこれだ。

 もちろん、一族が真面目にやっていればこんな使い方はしなかった。

 しかし清美と聖子はやるべきことをやらず、敬うべきものを裏切り、守るべきものを大勢死なせてしまった。

 だったらもう、体だけでもこうして使った方がましだ。

 清美は自らの手で、娘の価値をそこまで落としてしまったのだ。


 聖子の姿をしたものは、清美の頬をそっとなぞってささやく。

「もちろん、こんな事は他の誰にも言わないわ。

 知られたら、また対策を考えられるものね。

 もちろんあなたが誰かに伝えることも、できやしないわ。あなたの体はもう、あなたのものじゃないんだから」

 娘ではない娘は、清美の胸を抉るように言う。

「あなたは唯一このことを知りながら、誰にも言えずに抱え続けるの。

 大事な事を言わずに陰で笑ってたあなたには、お似合いね」

 娘がこんな使われ方をしていると知りながら、助けを求めることも気持ちを聞いてもらうことすらもできない。

 これが、野菊が清美に与えたとびきりの罰だった。


 清美との話が終わると、野菊と喜久代はくるりと踵を返した。

「さあ、今代の大罪人を狩りに行かなくちゃ!」

 そう、野菊の本来の目的は清美と聖子ではない。そんな事よりもっと殺さねばならない相手がいる。

 禁忌を破った陽介と、破らせたひな菊だ。

 といっても、陽介の方は少し思うところがあるため、大罪人の一人に任せておいた。片方くらいは殺せなくても、やるだけのことはやったと見せられるだろう。

 これから狙うは、ひな菊ただ一人。

 最愛の娘にふさわしい罰を下し、竜也も清美と同じように絶望に叩き落してやらねば。

(ねえ、あなたがこんなになった元凶は誰?

 あの子さえあんなことをしなければ、あなたはこんな目に遭わなかったのに)

 野菊は、怒りと憎しみで獣のようになっている聖子の心に語り掛ける。元からの他罰的な性格と黄泉の力で肥大した負の感情を、討つべき者に向けさせる。

 聖子の顔が再び悪鬼となって牙をむき、叫んだ。

「ひながぁ~悪いんだぁ~!!」

 宝剣を握る手に力が入り、暗い炎がボワッと火の粉を散らす。

 完全にひな菊への憎しみに囚われた聖子は、野菊が操らなくても勝手にひな菊を襲い追い詰めるだろう。

 だって、ひな菊が禁忌を破りさえしなければ、野菊は聖子に手を出せなかった。

 平坂親子の不手際が露見することもなかった。

 聖子にとって、ひな菊は間違いなく仇だ。

 自分がこんなになって、殺しに行かない理由がない。


 嵐が去ったホールはがらんとして、いるのは呆然自失の清美と頭に穴を開けて倒れ伏しているクメのみ。

 竜也は娘を、陽介は自分を守るために、とっくに逃げ出している。

 しかし、どちらにも既に追手は差し向けられている。

 白み始めた空の下、大罪人たちの最後の戦いが始まろうとしていた。

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