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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
251/320

251.因果応報

 必死で隠してきた情報を明かされ、万事休した清美に、これまでの報いが一気に襲い掛かる!

 聖子の教育、母への恩を仇で返した行動、全てが跳ね返ってくる!


 そして、なぜ野菊が先に聖子を罰したかの理由も。

 罰というか、使える素材だったんですよ。

 聖子は修行していないはずなのに、修行済の清美と同じくらい最初から死霊の声が聞こえていました。つまり……。

「あ……う、嘘……よ……せっかく、隠して……きたのにい!!」

 清美は思わず膝を折り、その勢いのまま拳を床に叩きつけた。

 悔しくて腹立たしくて、頭が爆発しそうだった。同時に、恐ろしくて寒気がして全身が凍り付きそうだった。

 だって今野菊が明かした裏事情は、清美が一生をかけて消し去ろうとしていたこと。

 清美たち平坂の直系の安泰を脅かすもの。

 自分たちが何があっても切り捨てられないために、この情報は邪魔でしかない。知っている人間など、早く消えてほしかった。

 なのに、野菊はそれを村中にばらしてしまった。


 平坂の一族には、分家がある。

 守りの役目を継ぐのは、本家でなくてもいい。

 つまり、本家は……必ずしもいなければならない存在ではない。


 本家を切っても、代わりがいるということ。


 これを母から聞いた時、清美は都合が悪いなと思った。だって、そんな奴らがいたら怠けたら取り替えられてしまうじゃないか。

 世の中、替えのきかない人材なら多少態度が悪くても目をつぶってもらえるのに。

(そんな奴らに、私の楽な人生は崩させない!

 こんな情報、私の代で消してやる!)

 それから清美は、この大事な情報をもみ消すために全力を尽くした。

 母が病気で入院すると、病院の重役と能力で取引して母を見舞客や村の重役と会わせないようにし、伝えるべきことを伝えられなくしてしまった。

 そのうえで母が病院から逃げ出そうとすると、精神病扱いさせて不要な薬を多量に与えて死なせてしまった。

 葬儀で村の老人たちに分家を呼ばないのかと聞かれると、こう答えた。

「何十年前の話ですか、それ?

 今はすっかり疎遠になって、もう付き合いなんかありゃしませんよ」

 分家の連絡先は平坂の直系しか知らないため、清美の言に疑問があっても確かめられる者はいなかった。


 こうして清美の悪しき情報操作により、平坂の分家の情報は不確かなものとなった。

 守り手の筆頭である宗平も先代からそれらしき話を聞いてはいたものの、今不確かな話をあてにする訳にもいかず、ない前提で考えるようになった。

 本来なら清美が宗平たちに伝えるべきことだったが、清美はしらを切り続けた。

 そして万が一にも漏れぬよう、聖子にも伝えなかった。

(この子はまだ幼いし、ちょっと調子がいいところがある。

 それに、分家のことを隠し通すのはこの子の将来のためでもあるんだから……もっと口が固くなってから話せばいいわよね)

 聖子の安泰のためだから、聖子への愛情ゆえのことだから、ちょっと遅らせるだけだから……感謝されても、恨まれることなどないと思った。

(大丈夫、村でこれを知っているのは私だけ。

 跡目争いや悪意の乗っ取りが起きないように、分家の奴らは本家から連絡がない限りここに来ちゃいけないことになってる。

 このまま情報を葬ってしまえば、私たちは代わりのいない人材になれる!)

 これを村人にチクれる者などいない。

 死霊たちはうるさく訴えてくるが、そんなものは耳を塞げばいいだけだ。

 元より、黄泉や死霊に屈したくなくて伝統を壊しているのだ。心を強く持って、現実のために抗い続けてやる。

 聖子が死霊から聞いてどういうことかと尋ねてくることもあったが、

「死霊は大昔のことでも今のことみたいに言ってくるのよ」

 とごまかしておいた。

 これで自分たちの地位を脅かせる者などいないと、思っていたのに……。


 災厄で呼び出された野菊は、バラすことができた。

 そのうえ自分たちが結界を張っていなかったため、村人たちを結界でこいつから隔離して防ぐこともできなかった。

 驕った母子の怠惰は、巡り巡って己の首を絞め殺しにきたのだ。


「お、おがあざ……そ、んな……大事な、コト……!」

 聖子の口から、どす黒い血とともに恨みの言葉が漏れる。

 宝剣の注ぎ込む呪いで、聖子の肌はどんどん土気色に変わっていく。同時に、黄泉の神の力が聖子の負の感情を増幅する。

「ハァッ……わ、たし……騙されてた……の?

 何で、隠し……わたし……大事じゃ……ない……?」

「さあ、どうでしょうね。

 でもあなたが本当のことを教えてもらえてなかったのも、教えてもらえてれば別の道が開けたかもしれないのも、事実ね」

 喜久代の体に戻ってきた野菊が、聖子に淡々とささやく。

 悪意でそそのかすのではなく、あくまで事実を突きつける。

 それでも聖子の顔は、死に瀕して我を忘れていることもあり、どんどん憎悪に歪んでいく。

「ふ、ざけん……なぁ……!よくも……よくもおぉ!!」

「違うの!!私は、あなたの将来を思って!あなたが秘密を洩らさないようにって!」

 清美は懸命に訴えるが、聖子はもう耳を貸さない。それこそ、清美が野菊や死霊の言うことに対しそうしていたように。

 だいたい、今清美の言い訳を聞いたって聖子が助かる訳ではないのだ。

 だったらもう他人の都合など知るかとばかりに、聖子は清美を恨む。

「マーマが……悪い……だぁ!てめえ、さえ……いなけりゃ……。

 わた……しなら……もっど、うまくぅ……!」

 これまで育てられた恩も、自分が祖母ではなく母を選んだことも、全て忘れて母のせいにする。愛も絆も、一方的になかったことにして。

「そんな……私が、今まで……どれだけあなたのために!!」

 信じられず泣き崩れる清美に、野菊は言い放つ。

「あなたもお母さんに同じことをしてたくせに、よく言うわね。でもこれで、ずっとお母さんが味わってきた気持ちが分かったでしょう。

 あなたがそれを是として育てたんだから、そりゃそうなるわよ。

 よくもまあ、こんな吐き気がするような娘に仕上げたものね!」

 清美はようやく己の母への行いを後悔したが、もう後の祭りであった。


 そうしている間に、聖子はすっかり死霊へと変わっていた。しかし白く濁った目からは血の涙が流れ、顔は恨みと憎悪で化け物のように歪んでいる。

「さあ、新たな黄泉の将よ。

 おまえの仇に呪いをかけなさい」

 野菊がそう言って、聖子に宝剣を手渡す。聖子が柄を握って清美をにらみつけた途端、呪いの炎が大きく燃え上がった。

 その力の強さに、清美はたじろぐ。

「な、何よそれ!?

 こんな力が聖子にある訳ない!結局、あんたがやってるんでしょ!!」

「……違うわよ」

 あっさりと首を横に振って、野菊は清美に告げる。

「これは間違いなく、この子自身の力。

 ねえ、あなた……最初から、死霊の声ってそんなにはっきり聞こえた?はっきり聞こえるようになったのって、ある程度修行してからじゃない?

 でもこの子は、ろくに修行もしてないのにはっきり聞こえてる。

 それ程の力の持ち主なのよ」

 その指摘に、清美ははっとした。

 言われた通りだ、自分は幼い頃こんなに死霊の声に悩まされなかった。修行させられてうるさくなったから、修行もそれをさせた母も恨んだんだ。

 だが自分もいつしかそれが当たり前になり、聖子が自分と違うことに気づけなかった。

 聖子は元々、類稀なほどの力を持っていたのに。

「……全く、強いからこそきちんと修行して制御できるようにならないと、悪いモノが寄ってきたり利用されたりして危ないのに。

 それに、もし十分に磨き上げてたら、もしかしたら呪いに対抗できたかもね」

 清美の怠惰な育て方で、聖子からそのチャンスを奪ってしまった。

 のみならず、聖子の強いが未熟な力を黄泉にいいように使われてしまっている。

「おがーざあぁん……もう、離さないがらぁ!

 恨み、ずーっと……逃がさなァい!!」

 聖子が悪鬼のような顔で、宝剣を振るう。黄泉の悪意と娘の恨みが詰まった暗い炎が、清美の防御を容易く破って襲い掛かった。

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