250.平坂の真実
どんな報いが降りかかろうと生きようと足掻く平坂親子に、ついにトドメが刺されます。
野菊が清美ではなく聖子を先に殺す理由とは。
そして、なぜ平坂の一族を野菊は迷いなくこうしたのか。
だいぶ前に感想で疑問を呈された部分の、答えになります。
清美は、信じられない思いで目の前の惨劇を見ていた。
助けられると思っていたのに、それで娘とまた仲直りしてやっていけると思ったのに……その希望は、脆くも崩れ去った
聖子を刺したのは、野菊。
呪いの始祖にして、一族の中でも類稀な強い力を持っていたという元当主。
それが喜久代の体を借りて、目の前にいる。すぐにでも自分に手が届く距離で、娘に黄泉の呪いを注いでいる。
清美にも、力の差はひしひしと伝わってくる。
これではもう、聖子は助からない。
そのうえ、自分の命すら……。
「そ、んな……何で……何でよぉ!!」
どうにもならない状況に、清美は思わず喚いた。
「何で、あなたがそいつの体にいるの!?私、そんなの知らない!聞いてない!伝わってないって言ってんのぉ!!
そんな方法隠して、一族に使うなんて、卑怯よ!ずるいぃ!!」
清美としては、知っていたはずだった。
村の守りを捨てたらもしかしたら野菊はこちらに来るかもしれないから、その手が届かないように立ち回ったはずなのに。
これでは、自分のために学んだことすら無駄みたいじゃないか。
だが、野菊はそんな清美を冷たい目で見据えて言った。
「記録に残っていた死霊すら信じなかったくせに、何を言うのかしら。
結局あなたは、怠けるために信じたいものしか信じなかっただけ。それで大事なものを守れるなんて、おこがましい!
だいたい災害や技術なんてのは、前なかったからってこれからもないとは限らないでしょ」
野菊は、呆れも露わに言い切った。
「私は、これまでやっていなかったことをいろいろ試したわ。それで、こうやって大罪人に乗り移れるって分かった。
でも、あなたは今ある情報すら素直に信じずに、自分も娘も磨くことを怠った。それで私を出し抜こうなんて、三百年早いのよ!」
聖子は、息も絶え絶えで母と野菊の会話を聞いていた。
初めは母が情報を隠していたか忘れていたのだと思ったが、どうもそうではないらしい。だとしたら、母を責めることではない。
今必要なのは、自分が助かる方法。
痛みとショックでくらくらする頭を必死に叩き起こして、聖子は考える。
(そう……だ……何もかも、情報どおりじゃないなら……まだ、助かるかも……。野菊様に……直に、謝れば……呪い、解いて……もらえるかも……!)
聖子はそう考えて、何とか己の希望をつなぐ。
だって、おかしいじゃないか。自分はこの村を守る平坂一族の唯一の跡取りなのに、それを野菊が殺しにくるなんて。
聖子は、必死で口を動かして言葉を紡ぐ。
「のぎ……く……さま……ごめんなさい……!
わ、私……反省、します……心、入れ替え……ますから……。
これから、きちんと……守って……子供も、生み……ます……」
「うん、お祖母さんに言ったその言葉を、あなた何回裏切ったかしら?」
野菊の突っ込みに、聖子はぎょっとした。
そう、聖子は厳格に守ろうとする祖母と怠惰に捨てたがる母に挟まれて育ってきた。もちろん選んだのは、母。
当然祖母が生きていた頃は、祖母に叱られることもあった。
そのたび聖子は上辺だけ謝って、自分に言うことを聞いてもらいたい祖母をいいように弄び、陰で母と笑っていた。
祖母が死んだからどうでもいいと思っていたのに、野菊は知っていたのか。
「お母さんは正直に真っ向から対立してたから、まだいう事が信じられるわ。
だけどあなたは何?お祖母さんをあれだけ裏切っておいて、信じてもらえると思ったの?」
元より黄泉で死者たちに囲まれている野菊が、亡き祖母の無念を知らない訳がなかった。聖子の怠惰な頭では、そんなことも分からなかった。
愕然とする聖子に、野菊はさらに酷なことを告げる。
「まあ、あなたとお母さんはお互い様かもね。
今からあなたに、お母さんが教えてくれなかった大事なことを教えてあげる。平坂一族の大事なこと……村中に、知らせてあげるわ!」
その瞬間、清美の顔がムンクの叫びのようにくしゃくしゃに歪んだ。
「お、お願い!それだけはやめてぇーっ!!」
「……お母さん、私に……何、隠してたの?」
聖子の恨みに満ちた視線に気づいてはっと口を押さえたが、もう遅い。野菊が知っていて明かそうとすることを、止めることなどできないのだから。
『どうも、白菊姫の体と声で失礼します。私は、野菊と申します』
突然、スピーカーから流れてくる声の調子が変わった。
『今宵は私が残した呪いと一族の不手際で多くの犠牲を出すこととなってしまい、私としても無念の限りです。
なのでこれからこのような事が起こらぬよう、腐りきった本家はここで断ち、今から言う分家の方々に神社を継がせていただきますよう、お願いいたします』
「は……分家!?」
驚きに目を見開く聖子の側で、清美は頭を抱えてがたがたと震える。
『今知っている方々がどれだけいるか分かりませんが……この平坂家にはこれまで後を継がなかった娘により生じた分家が三つあります。
桃門、竹垣、紫蔓……ただし紫蔓は今の所在が分かりません。
一週間以内に必ずこの村に引き継ぎに訪れるよう、桃門と竹垣の女に伝えておきます。どちらも死霊の声を聞く力はありますので、ご安心ください』
守りを捨てるか怠惰の罪人を許すかの二択を迫られていた村人たちに、野菊はどちらもしなくていいと伝える。
『守りを放棄し、さらに己の身勝手で被害を広げた本家は黄泉が罰します。
聖子はすぐに、清美は引継ぎのためすばらく生かしますが……死ぬ方がましな日々が彼女には待っているでしょう。
重ね重ね、一族の不手際をお詫び申し上げます。
このことを、清美が意図的に隠していたことも』
これが、平坂の血筋の真実。
どんなに今を生きる者が隠そうとしても、黄泉には隠せない。清美の怠惰を守る計画は、母子の魂と共に黄泉に引きずり込まれた。




