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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
249/320

249.怠惰な愛情

 清美さん視点、話はあまり進まない。


 清美はとんでもない利己的な性格ですが、娘への愛はありました。

 しかし、怠惰を幸せとし、娘のそれを叶えようとしたがゆえに……自分の感覚だけで人の幸せを判断すると、自分だけでは負いきれないものを背負わせてしまうこともあるのです。

 聖子が玄関から逃げようとしているのを見た時、清美は安堵した。

 良かった、あの子は自分より冷静だ。このまま夜明けまで逃げ切れば、聖子は次の当主として何とか生きられるだろう。

 さっきは自分に責任を押し付けられて面食らったが、それで聖子が生きられるならば。

(そう……よね。あの子から見ればそうなるわね。

 でも、私だって聖子に幸せになってほしかったのだから……それでも、いいかぁ)

 清美は清美なりに、聖子が大事で幸せを願っていた。

 ただその願っていた幸せというのが、今よりもっと楽に生きたいという怠惰な望みだっただけ。

 黄泉と村に奉仕するんじゃなくて、自分の思うようにやりたいことだけやりたい。押し付けられる役目を、少しでも減らしたい。

 どんどん明るくなっていく現代の世の中で、実体を持った怪異などないと思っていた。

 見たこともない怪異を防ぐために厳しい修行や面倒な儀式をやるのが嫌で、何も起こらないからやりがいなんて欠片も見つからなくて。

 こんな役目に縛られた自分がかわいそうで、運命に抗ってやると躍起になって。

 自分はそんなもののせいで人生の何割か潰されてしまったけれど、聖子にはそうなってほしくなくて。

 だから、修行をまともにさせなかった。

 母から受け継いだ知るべきことを、しっかり伝えなかった。

 それでも子供ながらにのしかかる期待と重圧に、聖子はかつての自分と同じように辟易し、だいぶ軽くしてもまだ嫌がった。

 それを見ているとますます自分の子供のころを思い出して……もっともっと、絶対に自分の代で終わりにするんだと意固地になっていた。


 ……それが誤りだと気づいたのは、今夜ヨミ条例の放送を聞いてから。

 こんなはずじゃないと、かぶりを振ろうとした。

 嘘だ嘘だと、何度も心の中で叫んだ。

 それでも現実は容赦なく押し寄せて来て、いくら守ろうと足掻いても、自分たちの立場は果てしなく崩れるばかりで。

 今さら後悔しても、この汚名と被害は元に戻せない。

(ごめんね、聖子……母さんのせいでこんな目に遭わせて。

 だから聖子が生きるためなら、私はどんなに叩かれても仕方ないのかも)

 清美にとって聖子は、自分が失った自由を掴みかけているヒロイン。

 全力で応援して幸せにしたかったからこそ、こんなになってしまって奈落のような後悔に襲われた。

 そして、どうにか助けてやりたいと願った。

 清美にも分かっている……聖子に罪はあるけれど、それは自分に起因するもの。だから聖子が許されるために、自分が引き受けるよりほかはない。

 それに、自分が生きるための打算もあった。

 聖子が生きて当主を継げば、自分も生きることを許されるのではないかと。

 何たって、自分は聖子の母だ。聖子がまだ知らないことも、たくさん知っている。親としても師匠としても、聖子にはまだ自分が必要だ。

 聖子が責めをそらして楽になるにも、必要だ。

(ふふふ……どんなに他の人に叩かれても、聖子がいる限り私は必要だものねえ。

 私も、聖子と一緒なら……聖子を今度こそ、助けて生きていけるかしら)

 親子として、師弟として、同志として、聖子とはたくさんの絆でつながっている。何人たりとも、それを切ることなどできるものか。

 聖子が希望をつなげるなら、自分だって同じ。

(そうよね、諦めちゃダメ……大罪人は他にいるんだから、私も生きる努力を……)

 清美はそう思い直し、自らも玄関に足を向けた。


 しかし、聖子の側で何かが動いた。

 陽介にぶつかられて足を止め、受付カウンターにもたれた聖子の背後から……受付カウンターの陰から聖子に忍び寄る人影。

 それが着物姿の少女だと気づいた時、清美は背筋が凍り付いた。

 さらにその手には、忌まわしい宝剣が握られている。

「ダメ……聖子、逃げ……!」

 必死で絞り出した声が届く前に、呪いの宝剣が聖子の背中を貫いた。


 清美は、声も出せず震えながら娘の終わりを見ていた。

 ずぶずぶと、暗い炎をまとった刃が聖子の体に沈んでいく。聖子の体がビクビクと跳ね、悲鳴になり損ねた吐息が漏れる。

 刺しているのは、黒字に色とりどりの菊模様の着物の少女……間白喜久代だ。

 かつて罰せられた大罪人が、次代の巫女を黄泉に引きずり込もうとしている。

「何よ……あんた風情が、うちの子に何してんのよー!!」

 清美は、思わず逆上して叫んだ。

 同時に、手で印を組んで力を込める。

 今聖子を刺しているのは、野菊じゃなくて喜久代。ただの大罪人に、黄泉の呪いが使いこなせるものか。

 ならば、まだ希望はある。

 自分は母に厳しい修行をさせられて、力の使い方がしっかり分かっている。

 今こそ、自分にあらん限りの力で聖子に注がれた穢れをはらい、何よりも大事な娘を己の手で救う時だ。

 清美は、初めて母と使命に感謝して力を放とうとした。


 ……が、そこで喜久代が振り返って口を開いた。

「あんた風情、ね……誰に向かって言っているのかしら?」

 伝えられる人物像に似つかわしくない、落ち着いた口調。その表情は凛と引き締まり、しかし焼けた鉄のような怒りをたたえていた。

「ずいぶんとなめてくれたものね、怠け者の恥知らずが。

 それとも、身内の気配すら分からない?」

 その一言に、清美は総毛だった。

 慌てて意識を集中すると、喜久代の中に自分と同じような力を感じる。ただ呪われただけの普通の娘が、持つはずのない力。

 今、ここに来られる身内で、こんな力を持っているのは……。

「あ、ああ……まさか……!!」

 ガチガチと歯の根が合わなくなる清美の前で、喜久代の形をしたものは名乗った。

「私は、野菊。不届きな巫女を粛清しに来た、黄泉の将よ」

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