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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
248/320

248.怠惰の報い

 今度は竜也ではなく、もう一組の罪深い親子中心です。

 死霊の知識で竜也の悪行に手を貸すも、野菊に裏をかかれた平坂親子。


 力への期待にあぐらをかき驕った親子と、たゆまぬ努力でなお新たな力を探る野菊……その差は、残酷な報いとなって母子に降りかかります。

 五度目の放送で、平坂親子も竜也に負けず劣らず衝撃を受けていた。

(野菊が向こうにいる!?死霊を統制している!?

 どういう事なの、野菊の体はここにあるのに……確かにさっき頭を潰したのに!復活なんてできないはずよ!!)

 平坂親子のこれまでの知識では、説明のつかないことばかりだ。

 これでは、黄泉の専門家としての面子が丸つぶれではないか。

 黄泉と野菊に対抗する知識と能力で、村の中で特別扱いされて恩恵を受けてきたのに。

 竜也との取引でも、それを一番有効な手札として手を組んで自分たちを守らせてきたのに。

 それが役に立たないとなれば、それを振りかざして当たり前に得ていたものが全て失われてしまうじゃないか。

 ただでさえ、今夜は村に致命的な失態をやらかしてしまったのに。

 いや、あれは何とか夫の達郎のせいにできた。

 だが、今ここには清美と聖子しかいない。ここでの失態は、もう他の者に押し付けて逃れることができない。

 村から見限られ、さらに竜也からも見限られたら……。

(嫌よ嫌よ死にたくない!

 捨てられてたまるもんですか!)

 平坂親子は、必死で助かる道を探そうとした。

 しかし、もはや竜也もそれほどあてにできる状況ではない。これまでうまく隠してきた悪行を晒され、社員や村人たちの支持を失っている。

 もう竜也がどれだけ呼びかけても、人々は動かない。

(チィッあいつはもうだめね!

 肝心な時に役に立たない男め!)

 自分たちのことは棚に上げて、平坂親子は舌打ちする。

 社員の若者が言うように、竜也はもう安全地帯などではない。野菊と黄泉に狙われる、この上ない危険地帯だ。

 むしろこいつにすがれば、巻き添えで死ぬだけだ。

 平坂親子はあっさりと、次にくっつこうとしていた男を見限った。


 それからすぐに、聖子が叫んで走り出した。

「お願い、私も一緒に行かせて!

 私は何も知らなかったの!全部……マーマが悪いんだぁ!!」

 聖子はそう喚いて、廊下に避難していく村人と社員たちの列に飛び込もうとする。全ての罪を、母親の清美に押し付けて。

 だって、自分は母親に従っただけ。

 結界を張らなかったのも野菊の予想外の反撃を許したのも、自分のせいじゃない。

 自分は母親にこんな風に育てられたから、こうなったんだ。知らないことがあったとしても、母親が教えてくれなかったせいだ。

 だから自分には、死ぬほどの責任なんてない。

 心を入れ替えたフリをしてしばらくしおらしくすれば、許してもらえるはずだ。

 そうしたら自分が当主になって、みんなに助けてって言いながら楽をして、母よりもっといいやり方をしてみせる。

 聖子は、無責任にそう考えていた。

 しかし、人々はそんな都合のいいことを許さない。

「ふざけんな!てめえも力があるのにやらなかったくせに!!」

 聖子がどんなに懇願しても、人々は決して廊下に入れてくれない。むしろ皆が恨みに満ちた顔で、無数の手足で聖子を阻む。


 それを見て、今度は清美が都合よく滑り込もうとする。

「そうよねえ、こーんな流されるだけの子供、何の役にも立たないわよね!

 でも私は、昔はちゃんと修行してたし母さんから受け継いだ知識もある。儀式だって、これからはきちんとやれる。

 だからここは、私の顔を立てて……ね?」

 厚かましくも聖子にまで恩を売り、自分がさせなかった経験の差でマウントを取り、役立たずの子供と比べさせて助かろうとする。

 ……が、ここまでのクズを人々が受け入れる訳もない。

「あんたたちだけは、社長といていいぜ!

 末永く幸せにな!」

 人々の新たな導き手となった根津が、何の能力も地位もない図太いだけの若者が、横から母子を蹴り飛ばす。

 信じられない顔で起き上がる二人の目の前で、廊下への扉が閉まり鍵がかかった。


「う、嘘よ、こんなの……ねえ、開けてえ!!

 私たちなしで、これからどう村を守るってのよぉ!?」

 清美は、固く閉ざされた扉を叩きながら叫んだ。

 こんなの有り得ない。あってはならない。

 だって自分は、特別な力を持った選ばれた存在なのに。村を守るために決して捨てられない、とても尊い聖なる力なのに。

 その自分たちが、捨てられるなんて。

 清美の脳裏に、何年か前の母の死に際の言葉が蘇る。

(清ちゃん……あんた、このままじゃ、生きていかれへんよ……)

 先代当主の光子は、清美がまさにこうなることを危惧していた。

(力や知識は、あるから敬われるんじゃない……それで多くの人を守れるから、尊いんじゃ。あっても他人のために使わんかったら、ないんも同じ……。

 むしろあるのに使わんのは、ないより悪いんじゃ……)

 真面目で厳しかった母の言葉が、今さらになって心の奥まで突き刺さる。

 今なら分かる、自分は世の中をなめていた。何も分かっていなかった。

 自分はどんなに手を抜いても黄泉を軽く見ても大丈夫だと思っていたけど、それは先代までの実績に情けと期待をかけられていただけ。

 これまでの自分の安泰は、自分の力で掴んだものなんかじゃなかった。

 むしろ自分の行動によってついたのは、悪評と失望だけ。それが今夜の大失態で、誰の目にも決定的になってしまった。

 もう、自分たちに味方する者は誰もいない。

 自分たちを守ろうとする者は、誰もいない。

「あ、ああっ……ごめんなさい!ごめんなさい!!

 お願い許して!助けて!次からは絶対真面目にやるから!!

 お願いだから……聖子だけでも……!!」

 清美は、必死に謝った。閉ざされた扉を懸命に叩き、その向こうにいる人々に許しを請うた。

 だが、返事はない。

 これまで母の忠告も村人たちの期待も邪魔で抗うべきものとしか考えていなかった彼女の声に、耳を傾ける者などいなかった。


 一方、聖子は良くも悪くも現実的だった。

 母も社長も頼りにならない、ひな菊や陽介ももってのほか。そうなると、もう自分で自分を守るしか道はない。

(とにかく、日が昇るまで逃げ切るのよ。

 そしたら、後はどうにだってなる!

 母さんがもうダメだって思われたなら、私が心を入れ替えますって言えばいい。私はまだ子供だし、唯一の平坂の血筋なんだから……)

 聞いてもらえない謝罪を繰り返す愚かな母を横目に、聖子は周囲の様子を伺う。

 開かれた玄関からはぞろぞろと死霊が入ってくるが、数は十体ほど。しかもその全てが、竜也に向かっている。

 今なら、死霊を避けて玄関まで走り抜けられる。

(そうよね、私がこんなになったのは母さんのせいだし。

 責任取るのは、母さんだけで十分。私だけでも、抗ってみせる!)

 聖子はそう考え、玄関に向けて走り出した。

 途中銃声が響いたが、足を止めずに走り続ける。

 死霊は聖子が近くを通ると少し反応したが、動きがのろくて手を出すには至らない。竜也を集中攻撃するよう、命令されているのかもしれない。

 とはいえ聖子はそれほど体力がある訳ではなく、死霊から距離を取ると気が緩んですぐに足が鈍った。

 脱出できる玄関は、目の前。

 しかしそこで、聖子は何かにぶつかられてよろけた。

「きゃあ!?」

 見れば、陽介が風のように玄関を走り抜けていった。

「はぁ……びっくりした。私も……」

 聖子は息を整えつつ、自分も続こうとしたが……。


突如として、聖子の背中に激痛とすさまじい悪寒が走った。体と魂が全力で拒むような、痛みよりもおぞましい気持ち悪さ。

「あっ……かっ……!」

 聖子の腹を破って、血まみれの刃が姿を現した。

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