244.はがれる人垣
白川鉄鋼に、竜也の悪事の決定的証拠が届く!
役場の言う通りでなければ、今あちらにいるはずがない味方のはずの人、その2。
投稿者の肉声と悪ならではの突っ込みは、こんなに強い!
次々明かされる恐怖の陰謀に、竜也を囲っていた人たちは……。
気が付けば、竜也の周りにいる村人や社員たちは皆が言葉を失っていた。真っ青な顔で、化け物を見るような目で竜也を見ている。
「ま、待て、惑わされるな!
本当に奴らの言う通りである証拠など……」
竜也は頭の中がぐちゃぐちゃだったが、放送を否定する言葉だけは口をついて出た。
そうだ、まだこちらから目に見える証拠はどこにもない。まだ、諦めてたまるか。諦めたら、そこで終わりだ。
しかし、そんな竜也の足搔きをへし折る声が響く。
『どうも、白川鉄鋼社員の小山です』
その声を聞いた瞬間、周りの人々の恐怖が確信的なものに変わった。
「小山……さん?何であいつが、役場にいるんだ!?」
だって、今役場のマイクの前でしゃべっているのは、白川鉄鋼の同僚だ。いつも一緒に働いて、さっきまで死霊と戦ってくれた頼もしい味方だ。
そこで人々は気づく……小山たち戦える同僚の一部が、さっきから姿を消していることに。
今、白川鉄鋼は死霊に侵入されてこんなにピンチなのに、一体どこへ行ってしまったのかと思えば……その答えがこれだ。
『俺らは社長命令で宗平さんたちを亡き者にしに来ましたが……結局死霊に囲まれて、命が惜しくて投降しちまいました!
社長、これ思った以上に割に合わない……もう辞めます俺!』
いつも社員たちが聞いているのと同じ声と、口調。
間違いなく、なじみの同僚があちらにいる。
その理由は、今彼自身が言った以外に考えにくい。
だって役場は安全だったからわざわざ守りに行く必要などないし、ここにも自分たちという守らねばならない命があるのに。
それを放り出して行くような用事が、他にある訳がない。
竜也の後ろにいた人々が、ずざっと距離を取るように後ずさる。
ここに至って、気づかざるを得ない……竜也は自分たちを守るよりも、村を壊す恐ろしい陰謀を優先する男だったのだと。
衝撃の知らせは、まだ止まらない。
『社長、馬脚見せたくないなら、お嬢の行動はしっかり見ててくださいよ。
お嬢が猟師のジイさんたちを眠らせるために作った、ビールもどきの缶……あれがなきゃ、猟師さんたちの件はうやむやで済んだと思うんですがね』
それを聞いて、平坂神社から逃げてきた村人たちはぎくりとした。
確か、田吾作以外の猟師は皆、白菊塚の不寝番をしていて逃げ遅れて食われて死んだと聞いている。
だが、寝なかったなら逃げ遅れることなどないはずだ。
自分たちはそれを聞いて、何て頼りにならないジジイどもだと憤慨したが……裏にこんなからくりがあったとは。
なら、猟師たちは何も悪くない。
騙されて眠らされてしまったなら、完全に被害者だ。
自分たちはそんな事も知らず、猟師を無残に死なせる仕掛けをした側にホイホイと助けを求めて……。
愕然とする人々に、さらに恐ろしい情報が届く。
『ところであのビール、俺らは作らされてないんですけど。
誰か他に、使い方と本当に入れるものを知らずに手伝わされた奴がいないか?……心当たりがあるなら、指紋が出るかもな』
途端に、年配の女性社員が悲鳴を上げた。
「いやああぁ!!まさか、そんな、アレ!?
だって、ただの激辛パウダーとか渋みとかだって……罰ゲーム用だって……」
周りで見ている人々の顔が、どんどん驚愕に歪んでいく。
本当に小山の言う通り、手伝わされた奴がいた。全然関係ないお楽しみのフリをして、人殺しの片棒を担がされた奴が。
しかも、証拠があちらの手にある。
「う、嘘ですよね……嘘だと言ってください!!」
噛みつくように迫る女性社員に、竜也はどう答えることもできなかった。
しかしその時、なおも竜也をかばう声がかかった。
「黙りなよ、その程度で!
やったのは社長さんじゃなくて、お嬢さんなんでしょ。社長さんが知ってたとは、限らないじゃない!
社長さんはこんなにあたしたちを守ってくれた、優しい人なんだから!!」
それは、竜也に暴力夫から救ってもらった楓だ。
あんなひどい男と結婚して離れられなくなって、そのうえ息子が禁忌を破ってたくさん人を死なせて絶望のどん底にいた。
そんな中、竜也だけが自分に救いの手を差し伸べてくれた。
そうして人生最大の苦難から解放された楓は、竜也に言葉にできないほどの恩を感じていた。
誰が竜也をどんな風に悪く言おうと、自分だけは絶対に竜也を裏切らないと義侠心をたぎらせるほどに。
だが、それにも小山は冷や水を浴びせる。
『楓姐さん……あんたは社長について行っても、幸せになんかなれない。
社長にとってあんたは都合のいいスケープゴートで……息子の償いの支払いを続けるために……体を売りでもしなけりゃ不可能だ。
社長は……あんたを好きにしていいと俺らに告げたよ』
「え……え?」
楓は、必死で動揺する自分を押さえつけようとした。
しかし思い返してみれば、福山家に独身の男の社員を住まわせて世話をさせるとか、そんな話をされた覚えがある。
その時は深く考えなかったが、そういう意味もあったのか。
それに陽介の償いの額は、冷静に考えたら確かにそうだ。竜也はいい仕事を紹介すると言ったが、それがどんな仕事かは一言も聞いていない。
まともな仕事で稼げる額で死んでしまった人の遺族が納得する訳はないし、そうなれば自分はどんな立場に……。
考えると、頭がぐらぐらした。
楓の人生の絶望は、別の男に変わっただけだった。
あまりの衝撃に言葉を失う楓に、小山の優しげな声が響く。
『……俺も姐さんも、それじゃだめだ。……俺みたいに、ちょっとの希望と引き換えに命まで使い潰されるだけだ。
俺は潔くブタ箱に戻る。姐さんはどうする?
よく考えて、後悔しないように動いてくれ』
小山は、今の暮らしを捨てるのと引き換えに、また踏み出せる道を選ぶという。
(後悔しないようにって……動くって……あたしは……)
楓は、ぐにゃぐにゃに歪む視界を見渡した。
自分をすがるように見つめている陽介、額に脂汗を浮かべて歯ぎしりする竜也、そしてこれまで自分に冷たく当たっていた村人たち……。
(潔く、あたしを不幸にするものは……全部……)
ぐにゃぐにゃ歪む周りの全てが、疫病神の本性を現す。
手にした棒だけを握りしめ、楓の心は決まっていった。
もはや竜也への信頼など消え失せた人々に、駄目押しのように田吾作の声が届く。
『よう考えい……社長におまえたちを守る力も縛る力もないぞ。
銃は怖い、じゃが有限じゃ。……おまえたちに撃つ弾なんぞ、ありゃせんわい』
瞬間、心はついていけなくなっても固まっていた体がふっと軽くなった。人々を縛っていた最大の恐怖が、緩んだ。
自分たちが撃たれないなら、もう逃げるのにためらうことはない。
守る力も残っていないなら、留まる意味は全くない。
それから田吾作は、意味深なことを言った。
『……おまえが社長に外の真実を告げた時、社長はどうした?
未来ある若者が、あんなものの道連れになってほしくないんじゃ。……今度こそ、信じて行動して、金より尊いものを守ってみせい!』
その意味が分かったのは、たった数人。
根津はポケットの中のレコーダーと一枚の紙をなぞり、口角を上げた。
「分かったよ、ジイさん……やってやろうじゃないか!」




