242.逆襲放送
ついに勝負を決める、五回目の放送!
前々回に四回目と書いてしまいましたが、五回目の間違いでした。修正済みです!
村人たちと社長、そして社長から離れられない人々に、村役場からの痛烈な一撃!
白川鉄鋼は勝利を期すなら、工場内と近くのスピーカーをまず壊すべきだった。
ピンポンパンポーン、と村中のスピーカーが鳴る。
『防災放送、防災放送、こちらは菊原村役場です。
日の出まであと一時間弱となりました。ここまで生き残った皆様におかれましては、引き続き不用意な行動をとらず安全を確保していただきますようお願いします』
最初の一言に、村中で死霊に怯えている村人たちは少し安堵した。
伝説上の存在だった化け物が村にあふれて、備えも機能していなくて、恐ろしくてたまらなかった。
自分が今夜生き残れるのか、不安で押し潰されそうだった。
しかし、それももうすぐ終わる。
いつ終わるのか本当に終わるのか手元の時計すら信じられなくなりかけても、信頼できる人がこうして言ってくれると少しは信じられる。
宗平はさらに、村人の命に関わる状況の変化を報告する。
『白川鉄鋼の妨害工作により、住宅地にあるスピーカーの多くが破壊されております。そのせいで、死霊をそこに引き付けることができません。
屋内にいる方は、日の出まで絶対に外に出ないでください。大きな音を立てる行為も、できる限りやめてください。
この放送は最大ボリュームで流していますが、これが小さく聞こえたらその辺りは危険です。
家を暗くして、静かに日の出を待ってください』
それを聞いて、住宅地にいる村人たちははっとした。
さっきからスピーカーが歌謡曲を流してくれないのは、こういうことか。
それに、言われてみれば妙に遠くから放送が聞こえたり、逆に一方向からやたらでかい音で聞こえたりする。
この聞こえ方から、放送インフラの破壊具合がよく分かった。
すると、村人たちの胸に白川鉄鋼への強い怒りがこみ上げてきた。
こんな大事なものを壊して、宗平たちが自分たちを守ろうとするのを台無しにして、完全に自分たちを殺す気じゃないか。
自分たちや身内に死者が出ても、どうでもいいと思っているんだ。
放送を流すことで露わになった命を守る設備の破壊に、村人たちは白川鉄鋼の悪意を骨の髄まで実感した。
そんな村人たちに、宗平はさらに衝撃の事実を伝える。
『それから、皆さんに安否情報をお知らせします。
この役場は先ほど、白川鉄鋼の社員に襲撃を受けましたが、高木亮君が片足を切断した以外は全員無事です!』
この短い報告には、実に様々な情報が詰まっている。
村を守る要である役場を白川鉄鋼が襲撃したこと、そこに守り手以外の人も避難していたこと、それが巻き込まれて重傷を負ったこと。
とんでもない事態だ。
さらに、そんな村の敵共の安否情報も続く。
『続いて、白川鉄鋼からみえた方々の安否をお知らせします。
五人おみえになったうち、二人は死霊に食われて死亡、一人は上半身に火傷を負っています。残りの二人は無事です。
なお、火傷はこちらの攻撃によるものですが、正当防衛です!
こちらの命を奪いに来たなら、無事でなくても異議は認めません!』
宗平はここで、白川鉄鋼に向けて啖呵を切った。
そう、この放送は白川鉄鋼に向けたものでもある。
おまえたちが送り込んだ部隊は既に無残に壊滅した、おまえたちの企みは失敗した。その証拠と証人はここにあるから、覚悟するがいい。
もう言い逃れはできないぞ、と。
竜也から離れられない人々に、突きつけるつもりで。
『無事な二人は、既にこちらに投降しております。
車も役場のすぐ側にありますので、朝警察の方が来たら引き渡します。犯罪の証拠は、まもなく見つかることでしょう。
なお、この方々が役場に連れてきた死霊は、こちらにおいでになる野菊様によって統制されております。
こちらに、これ以上の被害は出ませんので、ご安心ください!』
竜也の神経を逆撫でする情報を、これでもかというほどマイクに吹き込む。
竜也に従う者たちにも、もうそちら側には未来がないぞと教えるつもりで。逃げる背中を全力で押すつもりで。
これが現実であると思い知らせるべく、宗平は小山にマイクを譲った。
『どうも、白川鉄鋼社員の小山です』
さっきまで役場にいなかった、白川鉄鋼で死霊と戦ってくれていた、社員たちにとっては見知った同僚の声が響く。
『こんな事になってしまって、本っ当皆さまにゃ申し訳ありませんねえ。
俺らは社長命令で宗平さんたちを亡き者にしに来ましたが、思った以上に備えられててうまくできませんでした!
結局死霊に囲まれて、命が惜しくて投降しちまいました!
社長、これ思った以上に割に合わない任務だったッスよ。もう辞めます俺!』
小山は、緊張をほぐすように軽い口調で訴えかける。
小山の脳裏には、白川鉄鋼で自分たちの帰りを待っているであろう社長と同僚たちの姿が浮かんでいた。
その社長に叩きつけるように、裏の顔を知らなかった同僚たちに見せつけるように、小山はしゃべり続ける。
『社長、馬脚見せたくないなら、お嬢の行動はしっかり見ててくださいよ。
お嬢が猟師のジイさんたちを眠らせるために作ったビールもどきの缶、あれは俺らが回収してきて車ん中です。
多分、もう日の出までに処分できませんよ。
あれがなきゃ、猟師さんたちの分はうやむやで済んだと思うんですがね』
そこで小山は、哀れな同僚の目を覚ます特大のビンタをお見舞いする。
『ところであのビール、俺らは作らされてないんですけど。
誰かほかに、使い方と本当に入れるものを知らずに手伝わされた奴がいないか?月見の宴の小道具、とかいう感じでさ。
もし心当たりがあるなら、指紋が出るかもな。
共犯になる前に、そこから逃げて自首した方が身のためだと思うぞ』
ひな菊が誰かに手伝わせたというのは小山の憶測だが、小山には自信があった。
竜也は後ろ暗いことをする時、自分たちのような専属の手駒に事情を知らせたうえでやらせる。
だから、綻びはほとんどない。
しかしひな菊は、そうではない。まだ世の中をなめていて、報酬につられやすい者やお人よしに簡単に罪の片棒を担がせる。
それが無効を崩壊させる糸口になると、小山はにらんでいた。
最後に小山は、偽りの希望に引きずられる哀れな女に残酷な真実を告げる。
『それから、楓姐さん……あんたは社長について行っても、幸せになんかなれない。
社長にとってあんたは都合のいいスケープゴートで、自分が償いを逃れつつ金を稼がせるための道具でしかない。
あんた、息子の償いの支払いを続けるためにどれだけ稼がなきゃいけないか考えたか?そんな額、体を売りでもしなけりゃ不可能だ。
社長は、この任務を終えたらあんたを好きにしていいと俺らに言ったよ』
憧れた美しい女が少しでもましに生きられるよう、小山は想いを伝える。
『俺は正直、姐さんと新しい家庭を作るのもいいかもって思った。
でも、俺も姐さんもそれじゃだめだ。さっきまでの俺みたいに、ちょっとの希望と引き換えに命まで使い潰されるだけだ。
俺は潔くブタ箱に戻る。姐さんはどうする?
よく考えて、後悔しないように動いてくれ』
小山は、自分の選択を支えるように言い切った。
村の因縁に振り回され、どこまでも男の食い物にされていた楓……あの強く悲しい女が、自分のように解放されることを祈って。
それから、田吾作がマイクを取って呼びかける。
『よう考えい、おそらくもう、社長におまえたちを守る力も縛る力もないぞ。
銃は怖い、だが有限じゃ。社長がこれだけ追い詰められた局面でおまえたちに撃つ弾なんぞ、ありゃせんわい』
田吾作は、ふてぶてしい若者の顔を思い出しながら続ける。
『社長はおまえたちが思っとるほど、万能じゃない。
分かっとるじゃろ。おまえが社長に外の真実を告げた時、社長はどうした?
儂はな、未来ある若者があんなものの道連れになってほしくないんじゃ。そんなことより、もっと勇気を見せてみい!
安心せい、野菊様は死霊を操れる。おまえたちは襲われん。
今度こそ、信じて行動して、金より尊いものを守ってみい!』




