240.望む決着
浩太と亮を巡って子供たちが話している裏で、もう一つの話し合いが進行していました。
白川鉄鋼に最後の攻撃をかけて最良の結果を出すために、どうしたらいいか。
野菊と村の守り手たち、全てを見通す者とそうでない人間の意志が寄り添います。
人心を掌握し犠牲を強いる竜也に、対抗する道は……。
一方、白菊姫が謝罪を終えると野菊は再び白菊姫の体を借り、宗平や森川と打倒白川鉄鋼について話していた。
「正直、ここまで苦戦するとは思わなかったわ。
日の出までの時間も、もう残り少ない。
でもだからこそ、向こうは油断しているだろうし、勝算はある。だって私は、すぐにでも他の大罪人の体に移って向こうで戦えるから」
それを聞いて、宗平と森川は息をのむ。
ついに、白川親子への全力攻撃が始まるというのか。
白川親子にはこれまで散々厄介を押し付けられたし、今夜の人を人とも思わぬ攻撃で完全に愛想が尽きた。
むしろ今夜死んでいった村人たちのためにも、必ず報いを受けるべきだ。
ただし、決着にしても望ましい形というのはある。
宗平は村の未来を考え、野菊にお願いをした。
「私も、ここまでやった白川親子を許そうとは思いません。
しかしどうか、父親の竜也だけは生かしていただきたいのです。
なぜなら、遺された村人たちには真実の究明と経済的な償いが必要です。もし竜也を殺してしまえば、それが為されず村に禍根が残るでしょう」
許せぬ相手だからといって、殺していいとは限らない。村ができるだけ今回受けた被害を精算できるようにする、守り手としてのかじ取りだ。
それを聞くと、野菊はうなずいた。
「ええ、できる限りそうするつもりよ。
罪深いとはいえ、償わせるための命まで奪うことはないわ。
それに……死ぬのが一番つらい罰とは限らない。あの男、娘のひな菊が余程大事みたいね。なら心を折るのは、簡単」
野菊は残忍な笑みで、白川鉄鋼の方を見つめた。
彼女が何をする気かを悟ると、宗平は思わず胸を押さえた。
同じ子を持つ親として、一人娘の父親として、これから竜也が味わう痛みは嫌と言うほどリアルに想像できてしまう。
それでも、止めようとは思わなかった。
竜也によって同じ目に遭った者が、すぐ側にいるのだから。他にも多くの村人が、同じ目に遭って胸を抉られているのだから。
恨みは、晴らされねばならなかった。
だが、その白川鉄鋼にはまだ社員や村人がたくさん残っている。新たな恨みをつなげないために、そこをこれ以上殺される訳にはいかなかった。
森川は、野菊に頭を下げて頼む。
「白川親子については、それでよろしいでしょう。
しかしどうか、その他の社員や村人はこれ以上巻き込まんでください。
いくら自分たちが悪い社長を信じていても、関係ないのに殺された恨みは残り続けます。それが新たな禍根とならないように、どうか」
それを聞くと、野菊は顔を曇らせた。
「私も、それは考えているわよ。
でも、どうやったらあの社長から他の人を引きはがせるの?
これだけ悪い状況になっても、あそこにいる人たちはまだあの社長にすがっている。そうして側にいる限り、どうしても巻き込まずにはいられないのだけど」
野菊としても、そこは苦々しく思っていた。
だが解決の方法が浮かばないから、必要な犠牲と割り切って彼らを襲い、死霊として戦力に加えていたのだ。
だって、このままでは戦力差がありすぎる。
あちらの戦力はだいぶ削いだものの、このままでは竜也とひな菊の首に手が届かない。怯えている一般人とはいえ、竜也の指揮の下で死力を尽くして抵抗されたらそれなりの力と防壁になってしまう。
三度の防災放送で呼びかけても、彼らは竜也の下を去らない。
それこそ竜也を殺して元を断たないと、無理じゃないのか。
これまで肉体のない死霊の耳を借りたり自らも霊体で竜也周辺の様子を見ていた野菊は、あの人心掌握にどうしていいか分からなかった。
しかし、そこで森川が指摘する。
「野菊様がそう思われるのは、野菊様に全てが見えているからです。
片や、竜也の周りの人には情報が断片しか見えていません。一度目、二度目の放送の失敗もあって、我々への信用を失いかけているのでしょう。
竜也はそこに付け込み、自分を正義に見せかけているのでは」
森川は、野菊の不安を解すように提案した。
「なのでまず、あちらの方々に見えていることと見えていないことを整理ましょう。
そうすれば、あなたも我々も望む結着になるはずです」
それから少しの間、宗平と森川、それから救命士の石田も加わって白川鉄鋼の人々が受け取った情報を整理した。
「……正直、もう一押しだとは思うんです。
竜也にとって、私の生存は想定外のはず。
だから三度目の放送で、人々の中に竜也を疑う心は芽生えているはず。竜也の救世主としての信頼は、既にだいぶ揺らいでいるはずですが……」
石田が、苦しい息の下で告げる。
宗平も、真剣な顔で続けた。
「だが人々は未だ、竜也の周りから離れようとしない。
となると、竜也への信頼と言うより不安と恐怖に縛られている方が大きいか。その最たるものは、自分が死霊に食われること。何でもいいから、守る力にすがりたい。
そして極めつけは、守り力にも殺す力にもなる銃か……これが竜也の手にある限り、周りを引きはがすのは難しいだろう」
「……しかし、弾には限りがあるはずじゃ。
竜也が補給に戻れておらんなら、そう無駄撃ちできる数は残っとらんはずじゃぞ」
話が銃に及んだところで、田吾作が突っ込む。
すると、野菊が何かに気づいたように言った。
「私が一発撃たれて、それから……待って、今!」
いきなり、白菊姫の体からがくんと力が抜け、次の瞬間驚いたように目をしばたいた。また少しすると、引き締まった表情に変わって告げた。
「……また、二発使ったわ。
今度は人間に向けて……まあ、みんな殺せって言ってる迷惑な乱暴者だけど」
宗平たちは、思わず目を見張った。
野菊は本当にこうしていながらも、他の大罪人の体に一瞬移ってあちらの様子を監視できているらしい。
田吾作の目が、ギラリと光った。
「好機じゃぞ、奴に補給する暇を与えるな!
次の放送で、奴から人間の盾を奪いとどめを刺せ!!」
野菊のおかげで、宗平たちは竜也に気づかれることなく向こうの様子をうかがえる。こちらが見えて向こうが見えないものを最大限に生かすべく、宗平たちは五度目の放送の準備に入った。




