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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
239/320

239.無能じゃない

 謝り合って未来へ進む子供たちと坂巻家を見ていて、もう一つ崩壊しそうだった家族も己の過ちを認めてやり直そうとします。

 ……が、個別の案件は認められても浩太の両親の考えにはとんでもない偏見が根を張っていて……両親の浩太への評価はなぜこんなに低かったのでしょうか。


 そして、今夜の戦いで明かされた浩太の能力とは。

 この家族は、果たして未来へ踏み出せるのか。

 謝り合う子供たちと死霊の姫を、大人たちはしみじみと見ていた。

「いや、素直っていいねえ……あんなひどい事があっても、許し合って前に進める」

 小山が、羨ましそうに呟く。あれより軽いことでも過ちを認められず、結果家族を失ってしまった自分と見比べているのだろう。

 小山は、欠けた家族を呆然と眺めている高木夫婦に声をかけた。

「……で、あんたらはどうするんだ?

 兄ちゃんをああしようとして、弟の努力を全否定して。

 これからも家族としてやっていくつもりなら、どうすればいいか分かるよな?」

 そう言われて、高木夫婦はひどく辛そうに顔を見合わせた。

 二人とも、自分が正しいと信じてやってきたことを否定したくなんてない。だがそれでは、亮が康樹と同じになって良かったことになってしまう。

 たとえ自分たちはごまかせても、亮本人は放っておけばそう取って傷つくだろう。

 祥子は、覚悟を決めて亮を抱きしめた。

「ごめんね、亮!

 私、あなたにあんなになってほくしなんかなかったのに……ひどい思いをさせちゃったね!」

「母さん……!」

 亮も、感極まったように両親を見上げる。

 亮の手が、両親の手をぎゅっと握りしめた。

「やっと……分かってくれた。いや、俺も父さんと母さんがどんな風に考えてるか全然分かってなくて、目の前しか見えてなくて……同じだった。

 周りの人からどう見えてるか、周りの人にどんな思いをさせてるかも全然考えてなくて……正しければそれでいいって。

 俺も父さんも母さんも、それじゃダメだって分かった!」

 亮は、周りの大人たちや咲夜たちを温かい目で見まわして言う。

「でも、みんなのおかげで俺は助かった。まだ生きてる、やり直せる!

 だから父さんと母さんも、みんなに謝って感謝して、一緒にやり直そう。走れなくても、父さん母さんの誇れる息子になってみせるから!」

 そう言われて、高木夫婦ははっと周りの大人たちに頭を下げた。

「本当に、ご迷惑をおかけしました!」

 子供たちを手本に、高木夫婦の不毛な岩山のようなプライドもついに砕けた。亮は両親に抱かれながら、これでうまくいくと安堵していた。


 ……が、次の瞬間、高木夫婦は浩太にこんなことを言ったのだ。

「ほら、あんたもきちんと謝ったんだからこっちへ来なさい。

 これからは、走れなくてもきちんと守ってあげるから」

「すみませんね、こいつも何もできないくせに性格だけは似て頑固で無茶をしがちで……どうもご迷惑をおかけしました」

 その言葉に、浩太は怒ったようにぎゅっと唇を噛みしめた。

 周りの大人たちも、驚いて眉をひそめた。

 しかし、高木夫婦はどうしてそうなるのか分からずきょとんとしている。自分たちのどこが間違っているのか、全然分かっていない。

「ちょっと、あんただけ悪くないつもり?

 あんただって、弱いくせに場を引っ掻き回して迷惑かけてたくせに。私たちも反省するから、あんたも身の丈に合わない無茶はやめて……」

 その的外れな物言いに耐えかねて、咲夜と大樹が高木夫婦の前に出る。

 そして、友への感謝を込めて一言ぶつけた。

「浩太は、無能なんかじゃありません!!」

「体力以外で何度も俺らを守ってくれた、浩太に謝れ!!」


 二人は浩太の両親に会ってから、ずっと感じていた。

 こいつらはずっと家族として浩太を育ててきたはずなのに、浩太のいい所が全然見えていない。

 終始面倒を起こすだけの無能扱いして、今だって無能だから自分たちに守ってほしかったんだと勘違いしている。

 だが、親友としてずっと浩太といた二人には分かっている。

 浩太は決して、弱いだけの無能じゃない。

 浩太が親に求めているのは、ただ甘やかして守ってもらうことじゃない。

 咲夜と大樹は憤慨していた。

 浩太と家族としてやり直したいと思うなら、こいつらに浩太の素晴らしい能力と思いを知ってもらわなくては。

 咲夜と大樹は、今夜浩太がどう自分たちを助けてくれたのかを何も知らない両親に力説してやった。


 二人の話を聞くと、田吾作は感嘆の息を漏らした。

「ほう、そんな事があったのか……こりゃ有能、見事なもんじゃ!」

「すげえな、兄ちゃんよりずっと他人を守れる参謀だぜ!」

 小山も、小気味良い笑みで浩太をほめる。

 実際、二人の口から語られた浩太の働きは大したものだ。派手に敵を倒すとかではなく、要所での的確な判断で咲夜たちを生存に導いている。

 咲夜たちが神社から追放された時、ビニールハウスで潜伏している時、外の状況と変化を読んで堅実な行動を促していた。

 もしこの時の的確な助言がなかったら、咲夜たちは行動を誤り死んでいたかもしれない。

「いいですか、浩太はすごく頭が良くて、私たちの命を助けてくれたんです!

 何もできないとか言ったこと、謝ってください!」

「それに、浩太は守ってほしいんじゃなくて認めてほしいんだよ。自分はこれだけできるんだって、きちんと見てほしいんだ!

 だから自分にできることを考えて、おまえらの前で無茶したんだろうが!!」

 咲夜と大樹に言い募られて、高木夫婦はポカンとしている。

「浩太に、そんな事ができた……の?」

「いや、だってあいつ、いくら励ましても頑張らなくて泣いてばっかりで……。そんなあいつが、役に立てるなんて……」

 高木夫婦は、心底不可解な顔をしていた。

 だって彼らの中で優秀とは、運動神経が良くて根性でいくらでも頑張れることだ。自分たちが育てられた時も、自分たちが親になった後も。

 だからそれができなかった浩太は、無能にしか見えなかった。

 小さい頃そう決めつけて失望してからずっと、それ以外の成績や人付き合いなど見ようともしていなかったのだ。

「そうだよ、俺だって気づいてた……大人になった時社会でうまくやっていくのは、きっと俺じゃなくて……浩太なんだろうって。

 父さんと母さんは、そんな事も分からないのか?」

「亮……!」

 しかし、亮には分かっていた。

 自分たちの過ちを突きつけられたあげく自分たちが死なせそうになった息子と周りの大人皆に言われて、高木夫婦は折れざるを得なかった。

「それじゃあ、まあ……信じてみようか」

 それでも高木夫婦は、半信半疑でとりあえず観察してみようかという感じだった。だって二人から見れば、浩太の実績はまだゼロなのだから。

 そこまでも謝るという発想ができない両親に、咲夜たちも浩太も呆れ果てた。

 浩太はふっと一息つくと、さらりとこう言った。


「ねえ大樹……僕、君んちの子供になっていいかな?」

 まさかの、親を捨てる発言である。

 周りの者たちは面食らったが、大樹の親はすぐに両側から浩太を抱きしめた。

「うん、うん……いいわよ、それであなたが生きづらくないなら、喜んで受け入れるわ!たっぷり可愛がってあげるから!」

「そうだ、あんな自分の子を殺そうとするような親といることなんてない。

 何なら、亮君までまとめて引き取ってもいいぞ!君は僕ら全員を守ってくれたんだ、君のしたいようにすればいいさ!」

 大樹の両親は自分たちが康樹を失ってこんなに悲しいのに、兄を守ろうとした浩太を認めない高木夫婦が許せなかった。

 これには、さすがの高木夫婦もうろたえた。

「え……え?待って、それじゃ私たちはどうなるの!?」

「浩太は、そんなすごい事をしたのか?全員守ったって……」

 目を白黒させる高木夫婦に、美香が浩太の実績を告げる。

「あのね、浩太君はこの役場を守った立役者なんですよ。引っかかったら崩れるバリケードとかドアを使った迎撃とか、全部この子が考えてくれて。

 特に、バリケードを組む時はすごくて……引っかかる所と崩れ方を全部頭の中で考えて組んでいくんです!

 俊樹、空手でも空間把握がすごかったわよね。きっとあなたに似たんだわ」

 それを聞いて、高木夫婦は息をのんだ。

 ならず者を足止めし、最終的に自分たちを守り抜いた、閉じなくても引っかかれば崩れて塞がるバリケード……あれは浩太の作品だったのだ。

 運動神経を引き継がなかった浩太が、空間認知能力とその他の能力で作り上げたあれがなければ、この場の全員が助からなかったかもしれない。

 その絶大な功績を前に、ついに高木夫婦は浩太にひれ伏して許しを請うた。

「ご、ごめんなさい!!」

「悪かった!認める!頼むから……捨てないでくれぇーっ!!」

 浩太は破顔しそうになるのを必死でこらえながら、両親の肩に手を置いた。

「うん、分かったよ。これからは、僕のことも見てほめてね」

 その返事に両親は泣きじゃくって返事もできず、ただ浩太と亮を力いっぱい抱きしめた。

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