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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
238/320

238.別れあれど

 死霊と化した康樹を、野菊たちが連れてきた意味は。

 死霊化してしまった仲間は、どうするのが一番いいと思いますか?幸いそれができる人材は、役場にいます。


 そして兄を失った大樹に、咲夜と浩太の心からの謝罪。

 それに心を動かされて、一番謝らなければならなかった彼女もまた……。

 ……という悲しく凄惨な旅路を経て、二人は今ここにいる。

 野菊が坂巻家で起こったことを説明すると、皆あんぐりと口を開けていた。信じがたいことだが、事実なので信じてもらうより他はない。

「……ええ、信じられないのは分かるわ。

 でも夜が明けて家に帰ったら、信じてもらえると思うの。

 台所の戸は壊れてないし、この男が皿に盛った生肉とこの子が吐き出したものが残っているはず。

 本当にあっけないくらい、何も壊れてないわよ」

 野菊の説明に、大樹の両親は力なくうなずいた。

「ああ、あんたが言うなら……多分本当のことなんだろう」

「そうね、ちゃんと……放っておかないで誠意を見せに来てくれたわ。

 何より、あなたも私たちもやれることはきちんとやったんだもの……それで助けられなかったのを、責めたりしない」

 二人は己に言い聞かせるように、野菊への許しを口にした。

 本当は、今すぐにでも息子を返してほしい。できることがあったなら、なぜもっと早く気づかなかったのかと怒りをぶつけたい。

 だが、それは自分たちにも当てはまる。

 康樹が夢見がちで白菊姫に妄想し恋していたのは、家族である自分たちがよく知っている。その康樹を一人にしたのが、そもそもまずかったのだろう。

 康樹はゾンビについても詳しいから大丈夫だとか言っていたが、創作の中のゾンビが村にいる死霊と同じとは限らなかった。

 むしろそちらの危うさを重視し、離れないように行動すべきだった。

 それを考えると、野菊と白菊姫を責めるのは筋違いだ。

 大樹も涙を拭って、野菊に頭を下げた。

「分かったよ……ありがとう、兄貴を連れて来てくれて。

 これで、無駄にあんたたちを恨まずに済む。

 それに、最後に兄貴に一言……」

 大樹は康樹の前に立つと、胸が破れそうなほど大きく息を吸って叫んだ。

「勝手に死んでんなよ!!バカ兄貴いいぃーっ!!!」

 大樹の思いのたけを込めた怒鳴り声が、役場にこだまする。無感情な死霊となり果てた康樹も、この時ばかりは申し訳なさげに見えた。


 一しきり別れが終わると、小山が消防斧を手にして声をかけた。

「……で、そいつはどうする。

 すぐ介錯して、墓に入れられるようにするか?」

 言わんとすることは分かっている。今この場で康樹の頭を潰し、ただの死体に戻して解放するかということだ。

 それを聞いて、大樹は迷った。

 兄の行動は愚かだったが、長年の夢を叶えたともいえる。今すぐ頭を潰せば、その願いも終わらせることになる。

(……いや、そんなの兄貴のためじゃない。

 分かってる……兄貴をこれ以上傷つけられたくないだけだ)

 頭の中で、大樹は独り言ちる。

 さっき死霊化した兄を見た悲しみが、兄がさらに傷つくことを拒んでいる。もう一度兄が死ぬところなど見たくないと、駄々をこねている。

 このままにしておいてはいけないと、頭の冷静な部分は分かっている。

 康樹をこのままにしたら、夜明けとともに黄泉に引きずり込まれ、災厄が起こるたびにまた現れることになるだろう。

 それでは、康樹がまた他の人を引き込みかねない。

 兄にそんな罪を犯させぬためにも、ここで介錯しておくべきだ。

 それでも迷いを捨てられない大樹を、母が後ろから抱きしめる。

「大樹は優しいね、私だって康ちゃんに動いててほしいって思っちゃう。

 でもね……このままじゃダメなの。たとえ人の心がなくなっていても、康ちゃんが飢えて苦しみ続けるのは嫌。

 それに、いつかの災厄で誰かが康ちゃんに噛まれてからじゃ遅いの」

 父と母は、もう覚悟を決めていた。

 母が大樹の目を塞ぐと、父は小山に頭を下げる。

「お願いします……嫌な役目で、申し訳ありませんが」

「いいってことよ!今の俺にゃ、こんな事ぐらいしかできねえから」

 小山は皮肉っぽく笑って、消防斧の刃を返して構えた。意図を察した野菊が、康樹をうつぶせに寝かせる。

 その後頭部めがけて、小山が消防斧を振り下ろした。

 残ったのは、後頭部が潰れて顔はきれいなままの死体だった。


「兄……貴……!」

 大樹が目隠しを外されると、兄の姿はもうそこになかった。大人たちが、大樹の目に触れないところに引きずっていったのだろう。

 次に会うのは葬式かな、と大樹はぼんやりした頭で思った。

 もっと悲しみとか悔しさとかが押し寄せてくるかと思ったのに、大樹はふしぎなほど何も感じられなかった。

 心が、感じるのを拒んでいるのかもしれない。

 ただ胸にぽっかり穴が開いたような喪失感と虚無感だけが、大樹の心を満たしていた。

 これでは、自分の方が生ける屍になってしまいそうなほどに……。


 そんな大樹の体を、温かいものが包んだ。気が付けば、咲夜と浩太が大樹を温めるように抱き着いていた。

「ごめんね……ごめんね大樹!

 こんな目に遭わせて!こんな事にまで付き合わせて!

 私、ひな菊と喧嘩することで身近な人がこうなるなんて思わなくて……ううん、言い訳だね。身近じゃない人たちが、もうたくさんこうなってたのに……」

 昨夜は、己の行いを悔いて泣いていた。

 自分が引き金を引かなければ、こうはならなかったのにと。

「それを、言うなら……僕だって!

 僕は、家族があんまり好きじゃなかったから……何かが変わればとか、どうせ変わらないならウサ晴らしとか……そんな気持ちで。

 本当に家族が大好きな人が、どんな思いをするかなんて……!」

 浩太も、己の考えと行いを悔いていた。

 自分に取って家族が傷ついても良かったから、どんな争いを招いてもキレイなものを叩くことを優先してしまったことを。

 その結果、かけがえのない友のかけがえのない家族が失われてしまった。

 いくら後悔しても、後悔しきれない浅はかな罪。

 何の罪もない兄を失った大樹に、二人はわんわん泣いて謝ることしかできなかった。


 大樹は、止めどなく涙を流す二人の友に自らも腕を回した。その涙で肩が濡れるのも構わず、強く抱きしめる。

「ありがとな……俺たちのために泣いてくれて」

 大樹は、二人の心を解きほぐすようにささやいた。

「分かってるよ、おまえらは悪くない。

 俺だって、おまえらがひな菊を叩くのに協力してた。周りに迷惑がかかって村がギスギスしても、俺たちが正しいって思い込んでた。

 それにおまえらは、その手で災厄を起こした訳じゃねえ。

 なのにそんなに謝ってくれて……それで、十分だ」

 大樹のその優しさに、咲夜と浩太は感極まって泣くのをやめられない。

 その涙に氷が溶かされたように、大樹の目からも再び涙があふれ出た。そしていつの間にか、二人よりも大きな声で泣いていた。

 兄がいなくなっても、大樹にはまだ心を重ねられる友がいる。

 心の穴はすぐには塞がらないだろうが、心の温もりが失われることはなかった。


 そんな三人に、白菊姫がすっと近づく。

「童よ、誠にすまなんだ!

 そも大元は、わらわの罪にあるのじゃ……。なのにおぬしの兄にあれだけ優しくされておいて、仇でしか返せなかった……。

 謝り切れることではない、だが謝らせてくれい!

 災厄の全ての罪は、わらわにあるのじゃ!!」

 さっきとはうって変わった、聞き覚えのある姫口調。

 大樹には、今目の前にいるのが誰かすぐに分かった。

「白菊姫……か。

 なあ、兄貴はあんたに優しかったか?」

「おお、もちろんだとも!

 罰として飢えておるわらわを、何とか助けようと手を尽くしてくれた。わらわが与えられた肉を受け取れなくても、決して逃げなんだ。

 こんなわらわを、どこまでも人として扱ってくれた。

 あれ程の気高い慈悲を持つ男を、わらわは知らぬ!」

 それを聞いて、大樹は満足げに微笑んだ。

「ありがとう……おかげで俺は、兄貴を誇っていられる」

 咲夜たちの謝る姿は、何より白菊姫の手本となった。それに背中を押された白菊姫の謝罪と証言は、大樹と失われた兄の誇りを守ったのであった。

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