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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
236/320

236.新たな使命

 引き続き、野菊と白菊姫。

 謝る気になって、謝れることが分かった白菊姫に、野菊は新たな提案をします。

 たとえ謝るのが遅すぎても、全くの無意味とは限らない。白菊姫を見ていて野菊が気づいた、新たな可能性とは。

 しばらく顔を覆っていた白菊姫の体は、すくっと立ち上がった。

「さあ、行きましょう。

 いつまでもこうしてはいられない、他の死霊を回収しなきゃ」

 野菊は白菊姫の手で側にいた男の手を握り、血まみれの家を後にする。

 目指すは、多くの死霊が誘導されて集まっている村役場だ。あそこにいる現代の守り手と、この男の親たちを死なせる訳にはいかない。

 特にこの男の親には、事情を話して謝らねば。

(白菊、あなたを飢えさせたことは謝るから、あなたも謝るのよ。

 これまで村をつないできた、全ての人たちに)

(おお、謝るとも!謝らねばならぬ!!

 わらわのせいで、どれだけの者が心を狂わされ命を奪われたことか……謝り切れぬとしても、謝らねば!)

 白菊姫は、心の底から絞り出すように叫ぶ。

 それを聞いて、野菊は達成感と同時にかすかな虚しさを覚えた。

(これが生きている間にできたら、どんなに良かったかしらね……)

 いくら今謝っても、失われたものは取り戻せない。過ぎた時は戻らない。どんなに悔いても、やり直すことはできない。

 白菊姫と自分だけではない。

 禁忌と災厄に運命を狂わされた、クメとクルミ、喜久代も……。

 それでも、気づいたなら謝ることは無駄ではないと思う。

 白菊姫は血も涙もない悪女ではなかったのだと、少しでも伝えられれば。たとえ恨みを買った本人でなくても、罪を雪げれば。

(今回の災厄で、また多くの人が狂わされ、罪を犯してしまった。

 そういう人たちが、少しでもやり直す希望を持てれば……)

 巻き込まれて心に傷を負った者たちが、また他者を傷つけていく……黄泉の神々が喜びそうな悪循環。

 それを少しでも断ち切れるよう祈って、二人は役場に向かった。


 その道中、二人は積もる話に花を咲かせた。

 再開直後はあんなになってしまったけれど、二人ともまた話したくて仕方なかったのだ。

 野菊は長く黄泉で過ごしながら、ほんの時々災厄で地上を歩きながら。白菊姫はごく稀に戻った意識の中で、それができたらと切に願っていた。

 だが、叶わないと思っていた。

 野菊は今宵まで、白菊姫が意識を取り戻せると知らなかった。理性をなくして人を食うだけの白菊姫を見て、本当にこれで良かったのか何度も自問した。

 咲夜たちが白菊姫と話したのを聞いて驚きつつも、自分が気絶している間だけでは意味がないとひどく落胆した。

 白菊姫は、目覚めた時いつも一人だった。

 どうしてここにいるのかもなぜ村が様変わりしているのかも分からず、孤独と不安に押し潰されそうになりながら悪夢の続きのような世界をさまよった。

 二人が交わることはもうないのかと、諦めていた。

 しかし今、二人はこうして再会した。

 野菊が己の知らぬ可能性に気づいていろいろ試したおかげで、今まで見えていなかった道を見つけることができた。

 そのせいで犠牲は出てしまったが、二人はこれを喜ばずにはいられなかった。

(なあ野菊……わらわたちは、罪深いなぁ。

 殺してしまった男と手をつないでいても、今おぬしと話せて幸せでたまらぬ)

(そうね、被害者や家族からしたらあり得ないかもね。

 でも、人間なんてそんなものよ。たとえ大切なものを失って悲しくてもいくら己を嫌って責めても、喜びを失わなければまた立ち直る。

 だから、あんな事があっても村は続いてこられた)

 しかし野菊は、己を律するように続けた。

(でも、だからこそけじめは必要なのよ。

 悪かった人が悪かったって謝って、残された人の心を軽くしてあげる。それができれば、残された人が未来へ踏み出せるから)

 自分たちが取り戻したからこそ、失わせてしまった人には謝らねばならない。

 野菊は白菊姫にそう言い聞かせ、残された者の幸せな未来を祈った。


 それから野菊は、なぜあんな事があったのに菊が守られているかも教えてやった。

 自分たちが呪いを残した後、菊を忌避するようになっていた村。己の身を犠牲にそれを解いた、平泉宗吾朗のことを。

 それを知ると、白菊姫はまた自責に涙ぐんだ。

(宗吾朗おじ様……親類の集まりで、わらわの菊を誰よりもほめてくれた……!

 わらわは、菊のためにあのおじ様を死なせてしもうたのか!)

(……死ななくてもよかったような気はするけど、あの方は死を選んだ。

 やっぱり、けじめは必要だって思ったんでしょうね。村があなたのことを吹っ切って先に進むために、自ら身を捧げたわ)

(そうか……そのような犠牲の上に、今の菊畑があるんじゃな)

 そう呟いて道端の菊を眺める白菊姫の目は、これまでと違っていた。

 自分と白菊姫が愛した菊が再び愛されるのにすら、犠牲が必要だった。本来何の罪もない菊に、それほどの業を背負わせてしまった。

 そう思うと、白菊姫は申し訳なくてたまらなかった。


 聞けば聞くほどしょげかえっていく白菊姫に、野菊は新たな役目を与える。

(ねえ、過去は戻らないけど……罪を認めれば未来の後押しはできるわ。

 だからね、私はあなたがそうなってくれてとても嬉しいの。

 あなたが罪を認めて心から謝ってこれまでのことにけじめをつければ、他の大罪人たちも同じように救えるかもしれない)

(他の、大罪人……?)

 野菊は白菊姫に、これまで禁忌を破って村に災厄をもたらした者たちのことを教えてやった。同じように己を省みず罪を犯し人を狂わせた、三人の女のことを。

(そうか……わらわだけでは、なかったのだな!)

 仲間を見つけて安心するように呟く白菊姫に、野菊はささやく。

(ええ、今からでも謝れると分かったなら、彼女らも放っておけないわ。

 あなたは同じ体験をした者として、彼女たちがけじめをつけるのを手伝ってほしいの。そうして彼女たちが遺した狂いを直せば、村はきっともっと幸せになる)

 その提案に、白菊姫は力強くうなずいた。

 同じ罪を犯した者だからこそ、分かってやれる気持ちがある。導ける人がいる。やれると分かったら、少しでも罪滅ぼしになるなら、やらない道理はない。

 これが領主の娘として役目を果たせなかった自分の新たな使命だと、白菊姫は心に刻んだ。

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