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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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23.屈辱の多数決

 夏休みが終わり、ついに因縁の多数決の日が訪れます。

 咲夜はいつもからは想像もできない姿で登場し、その場の流れを決めますが……それは咲夜自身がすさまじい屈辱に晒される方法でした。

 お金持ちのひな菊のいやらしさが、ここでも遺憾なく発揮されます。

 長かった夏休みが終わり、ついに始業式の日がやって来た。

 夏休みボケのだるい体を引きずって、まだ残暑が厳しい中を子供たちは学校に向かう。もう遊びの日々は終わり、二学期が始まる。

 といっても初日は始業式とホームルームだけなので、子供たちも気楽なものだ。

 しかし、その中で尋常でなくピリピリしているクラスがあった。

 五年生のとあるクラス……咲夜とひな菊がいる教室だ。全校出校日から持ち越しとなった、劇の主役を決める日がついに来たのだ。

 クラスのほぼ全員が、様々な理由で気を張っていた。


 そんな中、ひな菊はさっそうと教室に登場した。

「みんなー、今日はありがとう!」

 まるでアイドルのようにくるりと回って、自分の可愛らしい姿をクラス中に見せつける。

 ひな菊は姫役にふさわしい自分を見せつけるために、髪型も服装もきっちりキメてきていた。長い栗色の髪を編み込んで姫らしくカールさせ、それに似合うフリルとレースたっぷりのドレスのような服をまとっている。

(あいつ……こんな事にまで金かけやがって!)

 ひな菊を快く思わない庶民の子たちは、心の中で毒づいた。

 服は明らかにその辺の服屋では売っていない代物だし、髪だって朝早くから美容師を呼んでセットさせたのだろう。

 それに、顔にも違和感があった。

「ねえ、ちょっと……あの唇とほっぺ、化粧じゃないの!?」

 ませた女子の一部が気づいた。唇と頬に、明らかに鮮やかな色が足されている。

 それを指摘されると、ひな菊はすました顔で言った。

「え、これは普通にお薬屋さんで売ってるリップクリームだけど。色はついてるけど薬だから化粧じゃないもん、大丈夫だよねー先生?」

 可愛らしく下から見つめられて、先生はたじろいだ。

 可愛らしい顔をして、この子のバックについている力は絶大だ。色つきの医薬品で化粧をするという校則ギリギリの知恵も、この子を支える周りの大人が吹きこんだものだろう。

 それを校則を少し超えてまで厳しく跳ね除ける勇気は、先生にはなかった。

 先生は固い笑顔でうなずき、早く席に着くように促すことしかできなかった。


 ひな菊を着席させて一息つくと、先生は教室の中を見回して気づいた。

「おや、咲夜ちゃんがいないな」

 もうホームルームが始まる時間なのに、肝心の咲夜本人が教室にいない。いつも昨夜は時間をよく守るのにと、先生もクラスメイトたちも首を傾げた。

 その時……いきなり教室の扉が勢いよく開いて咲夜が飛び込んできた。

「みんな、お待たせー!」

 その姿を見て、先生もクラスメイトたちもぎょっと目を見開く。

 教室に入ってきた咲夜の格好は、明らかに常軌を逸していた。学校に来るにはあまりに派手すぎる、しかし安っぽいフリフリの服。頭には姫らしさをアピールするためにか、おもちゃのティアラが載っている。

 極めつけは、ひな菊以上にあからさまに色を足した顔面だ。小学生に不釣り合いな真紅のリップに、自分で書いた感満載の歪んだ眉とアイライン。

 校則のラインを軽々と飛び越えた、完全なる違反である。

 それに気づくと、ひな菊支持派の子たちが一斉に騒ぎ出した。

「いーけないんだ、いけないんだ!学校に化粧はいけないんだ!!」

「学校におもちゃは禁止だぜ、没収だ!」

 方々から罵声が飛ぶが、それでも咲夜は逆ににらみつけて強弁する。

「ちょっと待って、いつもは禁止でも劇の小道具やメイクは禁止じゃないわよね?今日の話し合いは、学芸会のための活動……だったら許されていいはずよ!」

 だが、今回ばかりはあまりに無理がある。

 この話し合いは確かに学芸会のためのものだが、まだ配役すら決まっていないのに化粧だの小道具だのはどう考えても必要ない。

 今回の咲夜の行動は、明らかに自分勝手な規則破りだ。普段は咲夜を支持している子たちも、これはかばう気になれなかった。

 そんな生徒たちの気持ちを代弁するように、先生が渋い顔で言う。

「あのね咲夜ちゃん、いくら言葉を並べてもだめなものはだめなんだよ。

 君も公平な活動のためには、きちんと校則を守りなさい」

「じゃあ、ひな菊のあの格好はいいの!?色ついてるし、あれもダメじゃないの!!」

 逆上した咲夜が、ヒステリックに叫ぶ。

 すると、ひな菊は余裕の表情で言い返す。

「これはお薬屋さんで売ってる薬だから、校則で禁止されてないもーん。それに頭の飾りだって、一個一個は小さいしおもちゃじゃないもーん!」

 ひな菊は、これ見よがしに髪飾りを一本だけ抜いて見せた。それは確かに、イミテーションパールが一個だけついたただのU字ピンだった。

 それを真珠が連なったティアラに見えるほど挿すのに必要な手間と金には、もはや誰も突っ込まなかった。

 言葉に詰まった咲夜に、先生が優しく言う。

「咲夜ちゃん、悪いけどそのティアラは預からせてもらうよ。

 それを、顔を洗って来なさい。このままだと、公平な話し合いには参加させられないな」

 それでも、咲夜はぎゅっと唇を噛みしめたまま動かなかった。そんな咲夜に、数人のクラスメイトたちが迫る。

「おい頭でっかち、先生の言うことぐらい聞けよ。

 何なら、おれたちが手伝ってやるぜ!」

 それは、ひな菊の取り巻きたちだった。力の強い男子がひな菊に手柄を見せつけるように、咲夜に掴みかかって乱暴にティアラを奪い取る。

「痛い!」

 その拍子に、咲夜の髪が引っ張られ、咲夜は小さく悲鳴を上げた。さらにティアラを引き抜くどさくさに紛れて、まとめてあった髪をボサボサに乱される。

「ひな菊さん、顔洗うのも手伝っていいですか?」

 男子の一人が聞くと、ひな菊はニンマリと笑った。

「うんうん、丁寧にやってあげてね」

 男子たちはうなずくと、なおも動こうとしない咲夜を力ずくで教室の外に引っ張っていく。先生はさすがに焦ったが、ひな菊の顔色を伺って、

「あまり乱暴しないように」

と言うのが精一杯だった。


 十分後に始まった多数決で、白菊姫の役は決まった。

 元よりクラス内に多くの支持者を持つ咲夜とひな菊の戦い、他の候補者など出ても全く無力だ。しかも今回は咲夜が無茶をやったせいで、それをたしなめたい咲夜支持派の子たちの票がひな菊に回っている。

 見た目的にも、校則ギリギリできっちりキメてきたひな菊と違反を咎められてボサボサのびしょ濡れにされた咲夜では雲泥の差だ。

 白菊姫の役は、当然のようにひな菊に決まった。


 結果が出た瞬間、咲夜は壊れたように膝をついて笑い出した。

「あ、あは……あはははハハ!!」

 全てから目を背けるように目の焦点を失い、体をガクガクと震わせる。そのうち目を隠すように下を向き、顔を手で覆って泣き声とも笑い声ともつかない声を漏らし始めた。

 しかし、それを見てもひな菊はふんぞり返ってこう言うだけだった。

「あーあ、自業自得でひどい目に遭っちゃったね。

 これからはさ、自分の身の程ってものをよく考えて行動しようよ。そうしたらきっと、楽になるから、ねえ?」

 ひな菊は、面白がるようにクラスのみんなに言い放つ。

「えー、咲夜ちゃんにもここでふさわしい役を決めてあげたいと思います!

 この荒れ放題の髪と安くて品性の欠片もない服、ぴったりだと思いませんか?咲夜ちゃんの役は、一揆を起こした農民Aがいいと思いまーす!」

 ひな菊支持派から、そうだそうだと勢いよく声援が上がる。

 一方、そうでない子たちは心底胸が悪くなった。

 ひな菊は圧倒的な財力で校則の中でも自分を最大限に飾りたて、さらに親の影響力を盾にグレーゾーンを押し通った。それに、元はと言えばひな菊が咲夜を馬鹿にして怒りに狂わせたのではないか。

 逆に、咲夜はあまりにもかわいそうだ。家の都合で村から出られないのをからかわれて、怒りに任せて必死にあがいても潰されて。無残に乱された髪と、顔どころか髪全体と上半身までびしょ濡れにされた姿が、さらに哀愁を誘う。

 しかし、校則を破って勝手を通そうとしたのは事実だ。

 クラスメイトたちが何も言えずに見ている前で、咲夜は呆けたように言った。

「分かり……ました。やります……農民で、いいです……」

「おぉーっ!?物分かり良くなったじゃん。

 素直になった咲夜ちゃんに、拍手―っ!」

 ひな菊の無慈悲な号令で、ひな菊支持派の子たちから叩き伏せるような拍手が鳴り響く。もはや教室は、咲夜の処刑場と化していた。

 だが、そんな群衆の中で断頭台に立たされたような状況でも、咲夜は一言だけひな菊に言った。

「……あんたが姫を選んだのよ。

 ここまでやっといて、後で姫を捨てるとか許さないから!」

「捨てる訳ないじゃん、ハイハイ約束するわよ」

 ひな菊は、もう対応するのも面倒くさそうに軽くそう答えた。

 ひな菊にとって今の咲夜の言葉は、ただの負け惜しみにしか聞こえない。自分は姫にふさわしいから選ばれた、ひな菊に疑うべきところなどなかった。


 よもや、これが咲夜の狡猾な罠だなどと……既に姫気分のひな菊には、気づくはずもなかった。

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