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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
229/320

229.副作用

 目の前に現れた白菊姫の様子に、咲夜は既に違和感を覚えて真実の一端を見ていました。

 これまでの知識と、今の状況の食い違いとは。


 そして、なぜ白菊姫は康樹を食い殺してしまったのか。

 野菊は新しいことを試してうまくいったけど、実はそれには大変な副作用がありました。司良木親子を目覚めさせる辺りをもう一度確認してみよう!

 白菊姫が目の前に現れてしゃべり始めてから、咲夜はずっと違和感を覚えていた。

 白菊姫自身の意識があってしゃべれるのは、野菊が気絶している間だけ。野菊が復活すれば、白菊姫は飢えに支配されて理性をなくす。

 だから白菊姫が康樹を噛んだのも、その間なら納得だ。

(……でも、白菊姫は今しゃべってる。

 野菊は白川鉄鋼で倒されたらしいけど……あれ、じゃあいつ理性がない状態で康樹のところに行ったの?)

 よく考えたら、時系列がおかしいのだ。

 白菊姫は野菊と一緒に白川鉄鋼に向かい、すぐに野菊が銃で撃たれて気絶したはず。そうなれば、白菊姫には人の意識が戻るはずだ。

 車で住宅地に誘導されたのは、その後のはず。

 そして、理性がある時の白菊姫はやみくもに人を噛んだりしない。少しは空腹感があるのかもしれないが、少なくともビニールハウスでは人間より菊を気にしていた。

 住宅地に行ってから理性をなくした可能性もあるが……一度倒した野菊の復活を許すようなへまを竜也社長がするだろうか。

 それに行動も不可解だ。

 白菊姫はビニールハウスで人の意識を手放してしまったため、咲夜たちが役場にいることを知らないはず。

 康樹を死なせてしまっても、役場に連れてくるという発想が有り得ない。

(私たちがここにいるって分かって、それができるのは……!)

 とどめは、周りにいる死霊たちの様子だ。

 さっきまで自分たちを食べようとバリケードに押し寄せてきていた死霊たちが、大人しく下がって遠巻きに見ている。

 こんな芸当ができるのは、一人しかいない。

 しゃべり方も、さっきビニールハウスで話した白菊姫と違う気がした。むしろその後で話した別人のような……。

 以上のことから、咲夜は目の前にいる白菊姫に尋ねた。

「ねえ、あなたは……本当に白菊姫?」

 答えは、咲夜の思った通りだった。

「私は……野菊よ」


 その名乗りに、大人たちが一斉にどよめく。

「野菊だって!?」

「あの、死霊を操るっていう?」

 大樹と浩太の両親は半信半疑の様子だったが、宗平と森川はすぐに頭を下げた。状況からして間違いないと気づいたのだろう。

「これは野菊様……ご足労ありがとうございます。

 しかし、その……これは一体どのような状況で?」

 森川が、戸惑いがちに尋ねる。

 白菊姫の中身が分かったにしても、今の状況は分からないことだらけだ。

 野菊にそんな能力があるとは聞いていないが、どうしてこうなったのか。康樹はなぜ死んだのか。そして、白川鉄鋼にいたはずの野菊がどうしてここに来たのか。

 いろいろな不可解がこんがらがって、想像もつかなかった。


 すると野菊はちょっと考えて、一つ一つ答え始めた。

「まず私が白菊姫の体にいるのは、自分の体が使い物にならないからよ。白川鉄鋼で撃たれて……見てた人もいるでしょう」

 そう言われて田吾作と石田、小山がうなずいた。宗平たちもそれを知ったからこそ、死霊の統制が取れなくなると気づき防災放送を流したのだ。

 つまり今、野菊の体はまだ白川鉄鋼で倒れている。

「でもね、私も何とかしなきゃと思って、新しい事を試したの。

 撃たれた瞬間に体から離れて……そうしたら、大罪人の体には入れたのよ。神通力も、いつもより弱いけど使えることが分かったわ」

 それを聞いて、宗平たちは内心感心した。

 どうもこの黄泉の力には、野菊自身も試したことのない使い方がまだまだあったようだ。野菊はそれに気づき、積極的に発掘しようとしている。

 おそらく白川鉄鋼側は、まだそれに気づいていないのだろう。

 小山は目を丸くして、

「うわぁ……そんなんアリかよ!」

 とぼやいている。

 白川鉄鋼の意表を突き邪悪な社長を打倒すうえでは、野菊が見つけたこのやり方はとても有用なものだった。


 しかしここで、野菊は顔を曇らせた。

「でもね、私はこれで大罪人の方に起こった変化をよく分かっていなかった。

 どうも私がこの状態で他の体を借りていると、他の大罪人への黄泉の力の伝わり方が中途半端になるみたいなの。

 具体的に言うと……人の意識はあっても、耐えがたい人肉への飢えに襲われるようになる」

 野菊の脳裏に、激しい後悔とともに喜久代の言葉が蘇る。

(あなたがいてくれないと、とってもお腹が空いて苦しくてたまらないの!!)

 思えば、その時に気づくべきだったのだ。

 喜久代は大罪人の中では最も自制心がない女だが、同時に野菊のことを家族の仇として誰よりも憎んでいた。

 その喜久代が、頼むから自分の中にいてと懇願するほどの飢え。

 さらにクメが黄泉に従うのに出した条件も、どうか娘のクルミをこの飢えから逃れさせてやってくれというものだった。

 クルミに優先的に肉を与え、肉がない時はできるだけクルミに宿って苦痛を除いてやってと。

 あの気丈なクメが、娘にこの苦痛だけはと折れるほどの飢え。

 そんなものに襲われたら、白菊姫とてどうなるか……。

 だが白川鉄鋼を討つことに集中していた野菊は、反撃を始めて少し余裕ができるまで白菊姫を気にすることがなかった。

 あの菊狂いなら大丈夫でしょう、と軽く考えて。

 ……その結果が、今のこの惨状である。

「本当に、ごめんなさい……こんな事になると思わなくて!

 私がもっと早く白菊姫を気にかけて、白菊姫に宿ってせめて集落から離れていれば、こんなことにはならなかった。

 ……ごめんなさい、私の不手際でこんな……!」

 野菊は、心の底からの後悔に泣いた。

 人の世の中でも、新しい便利な技術とその副作用による害は表裏一体である。賢き死霊の巫女たる野菊も、それを逃れることはできなかった。

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