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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
228/320

228.失われた兄

 一難去って、今度は損傷じゃ済まなかった一難。

 なぜか他の死霊が退いた中、白菊姫と一緒に現れた大樹の兄は……状況からお察しください。


 さらに、康樹を連れて現れた白菊姫もどこか様子がおかしく……白菊姫がしゃべるのはどんな状況が有り得るか、考えてみよう。

 蛍光灯の光に照らされて、ここにいるはずのない二人が佇んでいた。

 一人は、白菊姫。数時間前にビニールハウスで別れてから、野菊が他の死霊たちと一緒に白川鉄鋼に連れて行ったはず。

 ただし、絶対に来ないとは言い切れない。

 野菊が白川鉄鋼で倒された後、車で誘導されてきたのだろうか。

 それにしても、さっきまで死霊たちの中に姿はなかったはず。

 だがそれよりもあり得ないのは、もう一人だ。白菊姫と手をつないで佇んでいるのは、大樹の兄の康樹だ。

 なぜ、家にこもっていたはずの康樹がここにいるのか。

 しかも、バリケードの向こう側にはあんなに死霊がいるのに。


「あ……こ、康樹……一体、どうしたのよ……?」

 大樹の母親が、呆けた顔でフラフラと立ち上がる。そして引き寄せられるように康樹に歩み寄り、手を伸ばす。

 その体を、田吾作が抱き留めた。

「待て、様子がおかしい!」


 その声に反応するように、康樹がゆっくりと顔を上げて口を開いた。

「うぅ~あぉ~……」

 発せられたのは、言葉ではなくただの呻き声。さっき死霊に囲まれていた時にさんざん聞かされたのと同じ。

 こちらを見つめる目は、死んだ魚のように白く濁っていた。

 その顔に表情はなく、こんな状況で再会できた家族を前にしても何も感じている様子はない。体も脱力して前かがみになり、およそ生気というものがない。

 バリケードに近づいて見ると、康樹も腹は無残に破れてちぎれた内臓が露出し、下半身は血で赤黒く染まっていた。

 その惨状に、一同は理解するしかなかった。

 康樹はもう、生者の側にいないのだと。


「ごめんなさい……」

 かすかな声が、静かな廊下に響いた。

 そして、か細くすすり泣くような声。康樹と手をつないだ白菊姫は、とても辛そうに唇を噛みしめて肩を震わせていた。

 しかしその口元には、まだ乾いていない血がべっとりとついている。

 それに気づいた途端、大樹の父が声を荒げる。

「お、おまえ……まさか康樹を!?よくも!!」

 息子の無残な姿に我を忘れ、大樹の父は白菊姫に飛びかかろうとする。だが、それを俊樹がタックルで止めた。

「やめろ!もう死んでる!おまえまで死にたいのか!?」

 しかし、大樹の父はそんな俊樹に別人のような低く重い声で言い放った。

「何だ、おまえもさっきは、僕ら全員が死にそうでも息子の足にこだわったくせに!!

 自分の子はよくて、他人の息子はだめなのか!?」

 その言葉に俊樹ははっと目を見開き、泣きそうに顔を歪めた。

「それは……その……すまなかった!!

 だも、だめなんだ!行ったらだめだ!人が自分で死にに行こうとするのを、止めないでどうしろっていうんだ!!」

 図らずも他の家の子が死霊になっているのを目の当たりにして、高木夫婦もさっき自分たちが子や他人をどうしようとしていたか気づいたようだ。

 後悔に震え必死で謝りながらも、大樹の父を押さえつけている。

「ぐっ……くそぉ……分かってるよ、こうなってしまったら……もう、どうしようもないんだ!」

 その姿に少し頭が冷えたのか、大樹の父は体の力を抜いて自らも泣き崩れた。

「そんなぁ……どうしてだよ、兄貴ぃ……!」

 今まで割と冷静に頑張ってきた大樹の目からも、どっと涙があふれた。他の大人たちからも、次々と嗚咽が漏れる。

 だってこんな悲劇は、誰も予想していなかった。

 康樹は大樹や咲夜たちと違って、安全な家で留守番をさせていたのに。今ここにいる誰よりも、生き残れるはずだったのに。

 全く予想外の惨劇に、一同の心は一瞬で悲しみの底に叩き落された。


「ごめんなさい……私の、せいで……!」

 再び、白菊姫の謝罪の声が響く。

「兄貴を食ったのは、おまえなのか!?」

 大樹が問い詰めると、白菊姫は泣きながらうなずいた。それを見て大樹も掴みかかりたい衝動に駆られたが、すぐにあることを思い出して怒りを収めた。

「そっか……野菊様が復活して、意識がなかったんだな。

 それじゃ、責められねえ!

 分かってる……全部、白川鉄鋼のせいだろ。こいつら、いろいろ破壊工作してたみたいだからな……きっとうちも……!」

 大樹がそう言ってにらむと、小山は苦々しい顔で首をすくめた。降伏したとはいえ、こいつらが一般人のことを気にせず無茶をしたのは事実だ。

 たとえ勇気を出して憎まれ役を引き受けて一人救っても、それ以前にやったことで死者が出ていたら結局罪人じゃないか。

 そんな視線が小山に突き刺さった。

 しかし、白菊姫はふるふると首を振って言った。

「違うわ、その人たちのは決定打じゃない!

 わ、私が……この子がどうなってるか気にかけるのが遅れてしまって……それで、気が付いて行った時にはもう……!」

「おまえが、兄貴の何を気にかけるんだよ!?」

 そこで、咲夜が大樹の前に割り込んだ。

「ちょっと待って、おかしい……そんなはずない!

 ねえ、あなたは……本当に白菊姫?」


 皆、咲夜の質問の意図が分からなかった。

 だが白菊姫は泣くのをやめてきょとんとし、それから合点がいったように答えた。

「ああ、そうか……そう言えば名乗ってなかったわね。無理もないわ、この姿じゃ……でも、あなたは気づいてくれたのね。

 そうよ、私は……」

 白菊姫は自分のことを、『わらわ』と呼ばなかった。

「野菊よ」

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