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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
227/320

227.盲目のヒーロー

 これまで悪く見えなかった親と、悪いと言いにくい亮に、真の勇者とダークヒーローのお説教タイム。

 何でもかんでも勇気と善意で突き進んでもいいことにはならないと、これまでの亮の動きを見ていればお分かりですね。


 それ自体がいいものでも、周りを見ずに突っ走れば悪となり、囚われて周りに押し付けたら悪となって破滅する。

 ……そんな親子が昔、この村にいませんでしたか?

 さっきの会話を他に聞かれたらまずい……高木夫婦にもそれは分かるのだろう。

 高木夫婦は、世の中の常識的な善悪が分かっていない訳ではない。これまでは、それと自分の夢を叶える手段がぶつからなかっただけだ。

 むしろ高木夫婦は、自分たちの作品が傷ものにならないように他人の評価に気を遣ってきた。浩太に価値を見出せなくても、自分たちの汚点が人から見えないようにやってきた。

 だからこそ、分かる……世の常識から見て、周囲を巻き込んで自滅するような要求をすることがどんな身勝手か。

 それで自分たちが、どんな評価を下されるか。

 母親の祥子は、青ざめて震えた。

「そ、んな……わ、私はただ、いつもみたいにあの子を最優先に……!

 なのに、それが悪い……?あれっ私……こんなことって……」

 その反応は、これまで作品をきれいに守ることが世の善と対立することを考えなかったと、如実に語っていた。

 小山は、それを苦笑いで見つめて呟く。

「おーおー、俺も逮捕された時そんな感じだったぜ。

 おまえらが本当にあの頃の俺見てるみたいでさ、ガキがそれで身も心も殺されそうになっててさ……こりゃ俺が助けるしかねえなって。

 いやー、罪滅ぼしの時って来るもんだな!」

 小山の嘲笑は、過去の己に向けられているようでもあった。


 だが、父親の俊樹は祥子の肩を強く抱きしめて言う。

「大丈夫だ、亮は何も悪いところのないヒーローだ!

 子供を見れば親が知れるって言うだろう。きっと亮が、俺たちの正しさを証明してくれる。これまでの努力は、完全に無駄じゃない!」

 さっきだって、村の大人たちは亮を傷つけるのをためらっていたじゃないか。

 それはきっと、亮が正しい事をしようとしてこうなったからだ。善意からの行動で窮地に陥ったなら、何を置いても助けようとするのが人道だからだ。

 自分たちだってそこで情状酌量してもらえるはずだと、俊樹は確信していた。


 そんな美しい正義感に浸る二人に、田吾作は冷ややかに言う。

「やれやれ、完全無欠の正義漢か……親は盲目とはよく言うたもんじゃ」

 その言い方に、再び高木夫婦は怒りを露わにする。

「何だと、亮のどこが悪い!?亮は常に他人のことを考え、最も正しいように行動してきた!自分にできる、最善を尽くしたんだ!

 不幸な結果だけ見て叩くんじゃない!!」

「ああ、不幸な結果のう……本当にそれは、普通に考えて予想できんものか?

 これまでの行動を見るに、亮にはその判断力がまるでない。他人と自分の置かれた状況や相手の性質を、全く考えとらん。

 ただ善意と希望だけに引きずり回されて他人にもそれを強要する、勇者という名の愚者になってしもうとるぞ」

 田吾作の指摘に、周りの大人たちは控えめにうなずいた。

 田吾作は、言いにくい事をずばりと言ってくれた。

 亮の行動は、がむしゃらで楽観的すぎるのだ。それこそ、善意で力を尽くせば必ず報われると信じ切って、どんな望み薄な希望にも当たり前に手を伸ばす。

 普通に考えれば分かる危険を、平気で人に押し付ける。

 人食いの化け物がうろつく中、家に籠っていれば自分と親は助かるのに、居場所が分からない浩太をやみくもに探して外を走り回っていた。

 それで親が疲れ果てても、親の役目を説いて叱って強引に引きずり回していた。それで何度か危ない目に遭っても、自分が守れたから良しと省みなかった。

 これがなければ、親が体力を温存していれば、元犯罪者たちと遭遇してもあそこまで無様を晒さなかっただろうに。

 役場の戦力の足を引っ張り、あんな危機を招かなかっただろうに。

 いっそ亮たちが来なければ、それでももっと余裕のある戦いができただろうに。

 亮の行動は、リスクを無視し続けた末、とんでもない危機を他人に被せたのだ。

 もしこれで誰か死んでいたらということを、亮は臆病と頭から追い出して全く考えていない。これはもう、無謀という害悪でしかなかった。

 小山も、付け足すように言う。

「そうそう、こいつ自分の努力じゃどうしようもないモンを知らねえんだよ。

 人の心だってそうだ、いくら善意で相手したってどうしようもない悪を認めねえ。

 こっちは本気であんたら殺しに来てたのに、いつまでも隙っつー名の情に縛られて自分が助かるタイミングをいくらでも逃して。

 世の中に良くねえことは実在するんだから、きちんと考えなきゃダメだろ」

 小山から見て、亮は村側の誰よりも飛びぬけて甘ちゃんだ。

 同時に、自分を信じすぎていて無鉄砲だ。

 元犯罪者たちに親が捕まった時も、疲れた自分が相手になるのではなく素直に役場の戦力に助けを求めれば良かったのに。

 最後のバリケードで二人の元犯罪者を打倒した時も、情けをかけず迅速に撤退していれば捕まらずに済んだのに。

 全部、亮が己の善意と勇気を最優先にしたから悪いことになったのに。

 自分が正しい事をしようと全力を尽くせば、良い結果になると頑なに信じている。それしか見えていない。

 もはや、自分と周囲を気合で何でも為せば成るのブラック企業に押し込めているようなものだ。

 普通に考えて無理だ、針の穴の先のベストより実現できそうなベターを目指すという、普通の感覚が育っていない。

「おまえらなぁ、こういうのは社会じゃ通用しねーんだよ。

 どんなに理想的な目標掲げたって、結果が出ないで破滅したら意味ねえ。

 いくらキレイな言い訳したって、失ったモンは戻らねーんだぞ?今回はこいつ自身が失ったが、失ったのが他人の命だったらそれは被害者にゃ最悪だ。

 おまえらは、こいつが足を失ったことで皆の命が助かっても許せてねえくせに!」

 小山に突きつけられて、高木夫婦は返す言葉を失う。

「おまえらが育てたのは非の打ちどころがないヒーローなんかじゃねえ。

 善意と勇気だけで何も見えてねえ、ただの馬鹿だよ!

 良かったな、こいつが社会に出て周りを破滅させる前に荒療治できて」

 小山は、残酷なほどはっきりと言い切った。その言葉には、そうならなかった自分への皮肉が重く込められていた。


 正しいと信じて育て上げた子を否定され、高木夫婦は全身の力を失ってうなだれた。

「な、何でよ……私はただ、この子のいい所を伸ばそうと……汚れたり曲がったりしないように、一生懸命守って育てたのに。

 それが、いけなかったって言うの……?」

 亮自身も、改めて突きつけられた現実にショックを受けていた。

「お、俺が……周りも破滅させる害悪?

 いや、確かに何もかも裏目に出て……申し訳ないって思ってたけど……!」

 案の定、亮は自分がリスクを考えないことの害に気づいていなかった。皆に迷惑をかけたことも、自分の努力が足りなかったからとか運が悪かったからとしか考えていなかった。


「あのですね、善意や勇気や才能自体は悪いものではないんです。

 ただ、それしか目に入らなくて他の人の現実を無視したらだめでしょう。

 あなた方が亮くんを育てたのは、盲目なまま人を傷つけさせるためではないでしょう。

 だったら、きちんと亮くんに他人の立場と状況を考えることを教えてください。ご両親も、亮くんと一緒にそれを学んでください」

 宗平は、ようやく価値観が揺らいだ高木親子に語り掛ける。

「いつの時代も、きれいな考えや素晴らしい才能は人の目をくらまします。

 だすが、それのみに囚われて周りを省みなければ、取り返しのつかないことになります。

 あなた方は、白菊姫の両親と同じになりたいですか?亮くんを、白菊姫と同じにしたいんですか?」

 宗平の問いかけに、高木親子は揃って首を横に振る。

 そう、高木親子の大先輩のような親子がこの村にはいたじゃないか。

 他ならぬ、白菊姫とその両親だ。親は白菊姫の才能と集める評価に囚われ周りが見えなくなり、白菊姫をそのためだけに全力で努力する盲目娘に育ててしまった。

 それが招いた結末を思うと、高木親子も心を改めようと決意せざるを得なかった。

 その心を少しでも軽くしようと、大樹の父親が声をかける。

「まあまあ、実際そうならなくて良かったじゃないか。まずは、亮を助けるために力を貸してくれた人に感謝だな。

 おまえらだって、亮が死霊になるとこなんか見たくないだろ。見てみろ……あれ?」

 バリケードの向こうの死霊を振り返って……皆はあっけに取られた。


 バリケードの向こうで押し合いへし合いしていた死霊たちは、いつの間にか大人しく離れたところにいた。

 側にいるのは、二体だけ。

 その姿を認めると、大樹は信じられない顔で呟いた。

「白菊姫……と、兄貴?……なんで?」

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