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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
226/320

226.子供の努力

 高木夫婦の子育ては、自分たちのため以外の何物でもありませんでした。

 しかし周りから見れば……一見まじめで方向が間違っているだけだと、周りが気づかないことはままある。


 そんな高木家族の異常性に真っ先に気づいたのは、意外にも……。

 自分たちの努力を熱く語る高木夫婦の前で、聞いている者は皆ポカンと口を開けていた。

「まさか、そんな……!」

 ほとんどの者が、高木夫婦の子育てに対する思いを信じられなかった。

 だって高木夫婦はいつも家庭と子供優先で、真面目で節制に長けていて、他の親より大人でよくできた親だと思っていたのに。

 まさかこんな子供じみた発想で、今まで家庭を作ってきただなんて。

 浩太が冷遇されているのは知っていたが、それ以外は味気ない程非の打ちどころがなかったためいい親に見えていたのだ。

 それが、本当はこんなに子供を人扱いしていなかったなんて。

 皆、嘘だろと叫びたくなるのを必死でこらえていた。


 そんな村の大人たちをよそに、小山が短いため息とともにぶやく。

「……んな事だろうと思ったよ。

 最初見た時から、おかしかったもんな。

 そこの足切られたガキが親引きずってるみたいでさ、親は疲れきってヘロヘロでもガキを止められてなかった。

 こりゃ尋常な家庭じゃねえなって」

 小山の言葉に、一同は納得する。

 村の身近な大人たちはいつもの真面目で勤勉な高木夫婦をずっと見てきたから、非常時に言動がおかしくても心の底でそうじゃないと思ってしまった。

 だが、さっき初めて会った小山から見れば明らかに異常だと分かった。

 そしてどちらが正しいかと言えば、人の本性が出るのは非常時だ。いつもは表面をきれいに取り繕っても、非常時にそれはできない。

 図らずも、小山の方が真実を見抜いていたということか。

 いや、もう一人……。

「僕は何となく分かってたよ。

 だから何も知らずに僕を助けようとする兄さんが滑稽でかわいそうで、どんなに悔しくても嫌いになれなかった」

 浩太もまた、家の中での様子をよく見ていて気づいていた。

 だが周りがそれに気づかなかったので、浩太は孤独だった。


 奇異なものを見るように見つめる他の家族に、高木夫婦はなおも喚く。

「どうしてくれるんだ、こんなに俺もこいつも努力してきたのに!このために俺らがそれだけのものを犠牲にしたか、分かるか!?」

「よくも私たちの努力の結晶を無にしてくれたわね!

 ひどいじゃない!おかしいわよ!こんなに頑張ったのに!!」

 高木夫婦はひしと抱き合い、必死で傷口をなめ合っているように涙を流す。

 だが、そこに足を失った亮や傷つき続けてきた浩太への情はない。ただ、自分たちの人生の課題が失敗したことを嘆いている。

「努力は必ず報われる、か……まさに子供の発想だのう」

 田吾作は、呆れたように呟く。

 結局この夫婦は、それだけを心の支えにそれしか見ずに突き進んできたのだろう。

 人は普通、若い頃の挫折から世の中そうとは限らないと学び、現実と折り合いをつける術を学ぶものだ。

 しかしこの二人はそれを認められず、子育てという新しい競技を見つけてのめり込み、ついさっきまで順調にきてしまった。

 おかげで二人の精神は、どこまでも成功を信じてわき目も振らず努力するスポ根青春のまま。

 それがどんなに歪んでいるか、子供にどんな影響を与えるか、考えることもなく走り続けてしまったのだ。

 二人はそれに囚われるあまり、自分が浩太にどんな辛い思いをさせたか分からない。

 自分たちの意地で亮を殺そうとしたことも、周囲の人を、巻き添えに自滅しようとしたことも、認められない。

 だって、正しく美しい努力が悪い結果を呼ぶはずがないから。

 そうでなくては、自分たちの努力の意味がなくなってしまう。

「り、亮は……亮は私たちの、希望の全てだったのに……うわああーん!!!」

 母親は生きて自分を見ている亮を死んでしまったように絶望的な目で見返し、号泣した。

 これには、亮も他の大人たちもどうしていいか分からなかった。


 母親の絞り出すような泣き声が響く中、浩太は気分を変えるように小山に声をかけた。

「それにしてもおじさん、よく気づいたね。

 今まで誰に相談しても、注意しとくからあの親なら分かってくれるはずだって……誰も分かってくれなかったのに」

 すると、小山は苦笑いで告げた。

「ああ、そりゃな……俺も経験があるもんで。

 やっちまった方のな……それで俺は、有罪になって嫁と子供と引き離されたんだ」

 その言葉に、高木夫婦はぎょっとした。

「ゆ、有罪……優秀なアスリートを育てようとすることの、何が悪いんだ!?」

「ふざけないで!あんたみたいな悪い奴のことだから、どうせ私たちみたいにまっとうにはできなかったんでしょ!?」

 真っ向から否定しようとする高木夫婦を冷めた目で見て、小山は言う。

「いやいや、基本的にやってたことは変わらねえよ。

 違うのは、嫁は俺みたいなガキじゃなかったのと、そんな嫁がいたおかげで息子が俺を普通じゃねえって気づいたことだ。

 で、俺は全力でそいつらに根性を叩きこもうとしてよぉ……そしたら虐待とか強要とかで刑務所にブチ込まれたんだわ」

 小山は、高木夫婦を皮肉っぽい目で見つめて言った。

「その点おまえらは……夫婦揃ってそうだから、それが当たり前の家庭を築けちまった。で兄ちゃんに才能があって従順で純粋だったから、罪になるほど努力しなくても思い通りになっちまった。

 こりゃ、幸いっつーのか不幸なのか……」

 小山は、田吾作と森川を小突いて声をかける。

「なあ、あんたらはそこまで甘ちゃんでもなさそうだから……会話とか録音してねえか?」

「勘がいいな、もちろんだとも」

 森川が、ポケットからあっさりとボイスレコーダーを取り出す。

 小山はそれを見て、ニヤリと笑った。

「じゃ、さっきこいつらが全員の危機に喚いたことも今の語りも全部録れてる訳だ。こいつを警察とかに聞いてもらえば、判断してもらえるだろうよ。

 ……おまえらが、子を育てる資格のある親かどうか」

 その一言に、高木夫婦の喉がヒュッと鳴った。

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