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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
224/320

224.衝突

 お互い助かって喜び合う兄弟……ではなく、衝突。

 亮と浩太の認識の違いが露わになります。どちらが勘がいいかは、これまでのストーリーで想像がつくでしょう。


 亮と大人たちが気づかなかった、高木家の両親が亮の足にかける思いとは……普通、自分の命がかかっている状況で息子の足だけ守ろうとしますか?

 浩太が放送室から出ると、大人たちは気遣って道を開けてくれた。その向こうに、横たわる兄の姿が見える。

 蛍光灯の光に照らされた床には、引きずったような血痕。

 バリケードの向こうでは、死霊たちが生き血の臭いに反応したのかしゃがもうとして押し合いへし合いしていた。

 浩太の姿を認めると、亮は痛みに引きつった顔でそれでも笑おうとした。

「こう……た……浩太……」

 弱弱しく途切れ途切れの声に引き寄せられるように、浩太は亮に歩み寄る。そして、差し出された震える手を握った。

 いつも力強く温かかった兄の手が、今は信じられないほど冷たい。

 浩太は、改めてぞっとした。

 亮はそんな浩太を励ますように、必死で声を絞り出す。

「大、丈夫……だ……浩太。俺は、生きてる……。

 だけ……ど……もう、走れない……おまえから、父さんたちを……奪わない、から……」

 だから許してくれ、と言っているようだった。

 亮自身、親が自分ばかりちやほやするのに自責のようなものを感じていたのだろう。だから親に通る自分の意見として、浩太を大事にしろと言い続けた。

 結局、それは浩太への親の感情をさらに悪化させるだけだったが。

 しかし、そんな日々ももう終わりだ。

 浩太が亮ほど走れないと分かってから、兄弟の心は引き離されたままだった。だがその原因がなくなった今なら、きっと世の中の仲の良い兄弟のように……。

「浩太……これから、世話に……なっちまうな……。

 でも、これからは……おまえが、主役……だから……俺は……見守り……」

 自分がとてつもなく痛い思いをしながら、亮は浩太に声をかけ続ける。

 むしろそうすることで、痛みに負けず希望に満たされる気がするから。

「な、俺がこんなになったから……父さんも母さんも……きっと暇だ。俺が入院してる間に……溜め込んだモン、見てもらえよ……。

 作文の賞とか、満天のテストとか……な」

 それを聞くと、浩太は亮の手をぎゅっと握った。


「うん、見せるよ……きっと喜んではくれないけど、安心すると思う」

 浩太は、うつむいたまま返した。

「僕の成績がいい事は、父さんと母さんにとって必要なことだから。そうしたら、僕がいい職に就いて稼げるって分かるから。

 足を失った兄さんの分を補って、償い続けるために……」

「浩太!?」

 亮は、驚いて浩太の顔を見上げた。

 下からのぞき込んだ浩太の顔は、影になっている以上に真っ暗だった。

 そこでようやく、亮は浩太が全く希望を持っていないことに気づいた。

「稼ぐ?償う?……俺のために!?

 ち、違う……おまえはそんな事しなくていい!おまえは悪くない、何の責任もないんだ!だから、おまえがそこまで気に病むことは……」

「違わないよ!!兄さんは全っ然分かってない!

 父さんと母さんにとって、兄さんの足がどんなに大事なものだったか!!」

 亮の慰めに、浩太はいきなり激昂して亮の手を振り払った。亮を見下ろす目には、怨念ともとれる積年の怒りと嫉妬が渦巻いていた。

「浩……太?」

「ただ足が速いから気に入られたって、そんな簡単なものか!

 なくなったらすぐ諦めて他に乗り換えられるような、軽いものか!

 兄さんの足は……陸上は、父さんと母さんの一生の夢だ!課題だ!それこそ自分の何を犠牲にしても守りたいくらい、世界一大事なものだったんだ!!

 それを兄さんは、知ろうともせずにキレイなことばっか言って……!」

 浩太は、溜めに溜めた思いをぶちまけるようにまくしたてる。

「知ってるくせに……母さんは兄さんの練習や大会をサポートするために、仕事を辞めた。父さんともども、他の楽しみをゼロにして兄さんに全てを注ぎ込んでた。

 今夜だって、体力がついていかなくても決して兄さんから離れなかった」

 浩太は、己の中の闇を注ぎ込むように真っ暗な目で亮を見据えて言い放った。

「ねえ、そんな大事にされてた自分を大事にしないで、僕のせいにしてむざむざ失ってみせた……馬鹿な兄さん?」


 咲夜と周りの大人たちは、固唾を飲んで兄弟の会話を聞いていた。

 兄が助かったから、親の偏愛の元凶がなくなったから万々歳ではない。浩太はこの結末を、これっぽっちもいいと思っていないのだ。

 浩太はまだ、両親の偏愛は続くと思っている。

 亮が思うより周囲が思うより、高木家の問題はとんでもなく根が深いらしい。

(高木家の親が亮君中心にしか物を考えていないのは、分かっていたが……一応私も注意したことはあったし、浩太君の居場所になれるならとよくうちに受け入れていた。

 しかし、ここまでとは……)

 宗平も咲夜がよく浩太を連れ回していたので、それとなく気にかけてはいた。兄の才能に舞い上がって入れ込んで……という程度にしか考えていなかったが。

 だが、確かにさっきの執着ぶりは異常だった。

 自分たちの命どころか他人の命だってかかっているのに、両親は亮の足だけは守ろうと分別を失って喚いていた。

 おそらく、今浩太が言ったのが正しいのだろう。

 両親にとって亮の陸上は、世界の何よりも大事。自分より他人より亮自身より。それがないと、彼らにとって世界の意味すらなくなるほどの。

(……かといって、あの状況で切らないという選択肢はなかった。

 どうしたものか)

 正直、大人たちもここまで深刻なことだとは思っていなかった。しかし、やったことは取り消せないし、自分の命の灯火が消えるのを黙って見ている訳にもいかなかった。


 動けない大人たちを横目に、咲夜と大樹は意を決して亮と浩太の両親に歩み寄った。

 浩太はああ言っているけれど、親が子供をそんな風に扱うなんてとても信じられない。自分の親を見る限りどんな時でも心の奥底では子供が大事なんだから、きっと話せば何とかなるはず。

 もし今までがそうでも、これから変わってくれれば……。

 そう思って、咲夜は浩太の母親の肩を揺らした。

「ね、起きてください!

 亮君も浩太も生きてます、どうか二人とも抱いてあげ……」

 母親の目がギンッと開き、咲夜を刺し殺すようににらみつけた。

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