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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
223/320

223.希望と絶望

 足を切られたことで希望を見る亮と、絶望する浩太。


 陽介の家庭とはまた違った意味で、歪んでいる高木家です。

 命が助かっても、兄弟の行く末は……。

 衝撃を感じたのは、一瞬。

 その後に津波のように押し寄せてきた痛みに、亮は眼球がひっくり返りそうになって悶えた。

「んぐっぐむううぅ~!!?」

 口に詰められた布をめちゃくちゃに噛み、くぐもった悲鳴を上げる。体は本能的に暴れるどころか、ガクガクと意味もなく跳ねるばかりだ。

 その動きを押さえつけられるのがなお苦しくて、息を吸って吐くことさえうまくできなくて……引きつったような切迫した呼吸を何とかつなぐ。

 そこにさらに、追い打ちをかけるような痛み。

「成功じゃ、骨は一撃で断ったぞ!」

「でもまだ肉が……調理鋏を!」

 周りで聞こえる大人の声を、必死に拾って理解しようとする。

 あの元犯罪者は、かなりうまくやってくれたらしい。それでも刃の狭い消防斧では足の肉まで一撃では断てず、他の誰かが調理鋏で切っているようだ。

(あ、がぁ……お、俺は……助かる……!

 だ、けど……さらば、俺の……!)

 暴風のような痛みの中でも感じる、命が助かるという安堵。それに反して、体の大事な部分を失った喪失感。

 引き延ばされたような時間の中で、様々な感情が爆発する。

 走馬灯のように、足と共にあった思い出が頭の中を駆ける。


 幼い頃から、足が速いと皆にほめられた。

 両親もとても喜んでくれて、走るのが楽しくて仕方なかった。

 弟の浩太が歩けるようになると、一緒に走ろうと手を引っ張った。だが浩太は足がもつれて転んで泣いて……。

 そんな浩太を、自分はいつも強く熱く励ましていた。

 どんなに泣いても傷だらけになっても息が切れても、同じようにできると信じて。

 両親も全面的に自分の味方で、浩太は叱られてばかりいた。


 それがおかしいと気づいた時には、浩太は自分にも両親にも心を閉ざしていた。


「はぁっ……うぐっ……こ……た……こーた……!」

 亮は、己の意識を揺り起こすように弟の名を呼んだ。

 もう、自分の栄光と共にあった足はない。しかし同時に、自分たち家族に道を誤らせた忌まわしい足と別れられたのだ。

 今なら、自分と浩太は仲直りできるだろうか。

 もう浩太を脅かさなくなったから、浩太は受け入れてくれるだろうか。

 亮にとって、今はそれだけが希望だった。

 気を紛らわすように両親の方を見ると、両親はこの世の終わりのような顔をして糸が切れた操り人形のように脱力していた。

 しかし、それもいいと亮は思った。

 思い返せば、両親こそ自分の足という輝かしい糸にがんじがらめに縛られていたのではないか。

 それが解けたら、少しはまともになるかもしれない。

 むしろ今味わっている痛みは、これまで浩太を辛い目に遭わせた報いかもしれない。

 そう思うと、受け止めて耐え抜こうという気力が湧いて来た。

(大丈夫だ、俺は耐えられる……これからも浩太と、生きていける!)

 石田がくれた鎮痛剤のおかげか、最初に食らった時よりは痛みを冷静に処理できる気がする。

 動くのはとても無理だが、何とか意識を保って話をすることができるだろう。

 亮はその状況に感謝し、ここまで自分を導いてくれた人たちに心から感謝した。


「亮くん、もう大丈夫よ!

 血はそんなに出てない、あなたは死なないわ!」

 傷から来る波のような痛みとともに、周りの大人たちの声が亮の耳に飛び込んでくる。

 痛みの追加は、大樹の母親が傷口にきつく布を巻いてくれているから。痛みを増幅する進藤は、宗平と大樹の父親が自分を少しずつ引きずっているから。

「悪いな、もう少しバリケードから離れるぞ。

 生き血を通して呪いがうつるかどうか、まだ分からないから」

 少しずつ、足があるバリケードから体が遠ざかっていく。

 その時、田吾作が声を上げた。

「おい、あの班長が死霊になった!切られた足を食いよるぞ!」

 だが、亮の体はもうその先にない。亮自身と大人たちの決断、そして小山の勇気が亮を死の淵からすくい上げたのだ。


 一方、美香に連れて行かれた放送室で、浩太は親と同じように生ける屍と化していた。

(終わりだ、もう……。

 僕を守ってくれる力を持った兄さんは、もういない……光なんて、ない……)

 その目はどこまでも暗く、死霊がうろつく外の闇よりも深い闇に染まっている。


 兄を強烈な光たらしめていた、ヒーローたらしめていた足がなくなる。兄は、普通の人よりも力を失った弱者になる。

 ただキレイなだけの、犠牲者になる。

 崇拝の代わりに同情がもらえるだろうが、それでは何も守れない。


 これから自分はどうなるのか、考えたくないが考えてしまう。

 兄と自分の立場が逆転することは、ないだろう。力を失っても兄はかわいそうだと守られ、結局親はそちらを優先するに違いない。

 もし自分が何かを期待されるとしても、それは一家の稼ぎ手というだけ。

 兄がこんなになってしまったのはおまえのせいだと責任をなすりつけて、それこそ一生兄のために働かされるのだろう。

(それでも、何も見てもらえなかった頃よりはマシか……?

 いや、自由を失う割に合うとは思えない)

 無視されているなら、逆に自由でいられる。だから自分は親の目を気にせず、咲夜ともひな菊とも一緒にいられた。

 だが、これからはもうそうはいかないだろう。

 自分は兄が得られるはずだったものを補うために家に縛られ、いい職に就くためだけに勉強し働くだけの責任奴隷になる。

(あんなに、頑張ったのにな……その結果がこれかぁ。

 結局、持ってない奴は何してもダメなんだよなぁ……)

 浩太は、自分の努力が全て無に帰したような無力感を味わっていた。

 さっきから咲夜と大樹が自分を励まそうと何か言っているらしいが、全く耳に入ってこない。だって、聞いたところでどうにもならない。

 しかししばらくすると、二人は両側から自分を支えて歩き出した。

「行こう、お兄さんが呼んでるって」

 何もかも空虚な世界で、かろうじてそれだけは聞き取れた。

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