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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
222/320

222.適材適所

 ホラーあるある、絶体絶命の危機を前に人間同士の敵勢力が手を取り合う。

 そして、足を引っ張る味方がその決め手になるという皮肉。

 噛まれると感染するゾンビものにおいて、善悪とか報いとかを理由に感染の現実を拒否する奴は最悪の味方殺しになりかねません。


 キレイで輝く息子を誰よりも求め守りたいと願うゆえにできないことが、できる人間は……。

 その言葉に、一同はぎくりとした。

 これからも高木家と付き合っていく誰がやっても危険なことを引き受けるという、申し出だけは渡りに船だ。

 しかし、こいつは自分たちを殺そうとした白川鉄鋼の刺客である。

 言われるままに拘束を解けば、また何をしでかすか分からない。こいつらのリーダーは、自分が焼かれても死霊に食われても竜也への忠誠を貫いた。

 こいつがそのために誘っていることは、十分考えられる。

 一同の疑いの視線に、男は軽く首をすくめて言った。

「ああ、俺は班長とは違う。あんな風にゃなりたくねえ。

 俺は、死にたくねえからあんたらに降伏した。むしろ恩を売って少しでも罪が軽くなれば御の字だと思ってる。

 お互い困ってるんだから、手ぇ取り合おうや!」

 それから男は挑発的に口元を上げて、煽るように言う。

「早く切っちまわねえと、ヤバいんだろ?

 なのにこれだけ大人がいてもできない、とんだ甘ちゃんどもだぜ!

 それとも、人の一部を切るなんてやった事がなくて怖いか?守りに入ってばっかで守れねえなんて、ザマあねえなあ!

 オラ、早く認めて、経験者で犯罪者の俺に任せちまえよ!」

「くっ……こいつ!」

 思わずムッとした大樹の父が掴みかかろうとするのを、田吾作が止めた。田吾作は静かに男を見下ろし、短く言う。

「信じられたくば、名乗れ!」

「小山淳だ。

 偽名なんかじゃないぜ、きちんと白川鉄鋼の名簿にもある」

 男……小山はあっさりと名乗った。

 そして、表情を見極めようと顔を近づけてきた田吾作に小声でささやいた。

「俺にやらせてくれるなら、今みたいに煽りまくってあの親どものヘイトを引き受けてやる。そうしたら、あんたら助かるだろ?」

 これもまた、願ってもない申し出だった。


 田吾作は宗平たちの方を振り返り、低い声で言った。

「こいつの拘束を解け!

 だがその前に……宗平と森川と坂巻は武器を持ってこいつから目を離すな。子供たちは女と一緒に放送室へ!」

 田吾作は、小山に賭けることを決めた。

 宗平と森川も、反対しなかった。

 亮を助けることと自分たちの安全が両立する道があるなら、選ばない手はない。選ばなければ、どちらかは失われるのだから。

 ただ石田だけは何があっても死守すべく、森川が石田の盾になるように小山との間に入った。

 美香と大樹の母は、子供たちを連れて放送室に引っ込む。だが放送室に入る直前、咲夜は振り返って小山に声をかけた。

「お願いします、亮を助けてあげて!

 あなたにしか、できないから!」

 自分を殺そうとした者にすら頭を下げ、咲夜は懇願した。

 それを見て、小山は不敵に笑う。

「いい心がけだぜ……んじゃ、やるか!」

 ガムテープが鋏で断たれ、小山は弾むように立ち上がった。


 小山の武骨な手が、消防斧をむんずと掴む。それだけで、周りにいる者たちはごくりと唾を飲んだ。

 本当にこいつに武器を持たせて良かったのか、不安がひっきりなしに押し寄せる。

 一応武器を持った大人で囲んでいるが、こちらは荒事の経験など田吾作を除いて皆無だ。

 こいつが消防斧を振り回して襲ってきたら、対抗できる保証はない。それこそ、ここで全滅することも有り得る。

 一同は祈るような気持ちで、小山を囲んでいた。

 小山は少し体をほぐすと、迷いのない足取りで亮の隣に立った。そして一息つくと、にわかに引き締まった顔になり消防斧を両手で握った。


 それを見て血相を変えたのは、亮の両親だ。

「おい、何やってるんだ!?おまえが殺すのは宗平たちだろ!?」

「うちの子の足より、死霊の首を切りなさいよ!

 武器は、そのために……」

 二人は、亮の足を切られるくらいなら宗平たちを殺してくれとすら思い始めていたらしい。小山に向けられる失望混じりの眼差しが、その証だ。

 小山はそんな二人に、呆れて返す。

「あーあー、自分の子を助けようとする善人に何て言い草だよ。

 俺は、おまえらの子を助けるために、おまえらの子にお願いされてやるんだぜ?

 しかも信用できる村の仲間がためらったのは、おまえらのせいだってのに……子が助かるのをことごとく邪魔してんな。

 おまえら、俺より親失格だぞ」

 その言い方に、亮の両親は目を白黒させる。

「そ、そんな事ないわ!

 だって、亮は死霊になんかなったりしないの!あんな呪われて汚い存在になんか、なる理由なんてないもの……」

「で、そう言って息子が死んでも自分たちは悪くないって?」

「だ、だって、そもそもおまえらが来なければ……」

「俺らへの抵抗も息子任せにしといて、よく言うぜ。あのひ弱そうな弟よりも、こいつを守ろうとしてないくせに。

 かわいそうだな、こんな口だけの親のとこに生まれて!」

 小山は亮の両親に容赦なく嫌味や皮肉を浴びせ、煽っていく。二人はこんな奴に息子を傷つけられるのかと、怒りと屈辱と恐怖で頭が一杯だ。

 もう二人の目には、斧を振り上げる小山の姿しか映っていない。

 その間に宗平は亮が舌を噛まないように布を噛ませ、森川たちが亮の体を暴れないように押さえつける。

 そうされながらも、亮の気すら小山に釘付けになっていた。

 そして両親が訳も分からず喚き散らす中、小山は一息に消防斧を振り下ろした。

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