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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
221/320

221.切る

 ゾンビ化を防ぐために体の一部を切るのは、ゾンビもののよくある展開ですね!成功にしろ失敗にしろ、ドキドキのドラマが生まれます。


 亮の場合は、それを実行するのにいくつもの障害がありますが……その過程で、亮は足以外にも大切だったものを「切る」ことになります。

 そして実行において、一番難しいのは……「弱いわよねえ、守るものがあると」

 皆、一言も発せずにその言葉を頭の中で反復した。

 亮の足を、切る。

 平時ではとても思いつかない、思いついても実行することなど考えるべくもない手段。乱暴で残虐で、野蛮極まりない方法。

 やられたら亮は無事とはいえない状態になるし、やる方だって人を傷つけることになる。

 だが、そうすれば亮の命は助かる。

 これから亮が死ぬのは足の怪我ではなく、足からうつされる呪いのせいだ。なら、呪いを受ける前に足を切り離すのは有効だろう。

 そして、亮が呪われるのを防ぐにはそれしかない。

 命を助けるには、それしかない。

 田吾作の意見はとんでもなく荒っぽいが、それでもこの場で亮に残されたたった一つの希望だった。


 だが、亮の両親の口から漏れたのは見当違いな言葉だった。

「そ、そんな事したら……この子はもう走れないじゃない!」

「そうだ、おまえらが助けられなかったのに、この子から足を奪うつもりか!?

 責任の取り方を考えろ!!」

 なんと、両親は亮の足がなくなるのを拒んだのだ。放っておけば命がなくなるのに、それでも亮の自慢の足にすがりつこうとしている。

「この子はねえ、足が一番の取り柄なのよ!

 来月にはインターハイだってあるし、もっともっと上に行けるのよ!」

「自分の子は五体満足で助かるのに、他人の子は足を切ろうってのか!?なら俺だって、おまえらの子を潰してやるぞ!

 嫌なら、もっといい方法を考えろ!!」

 自分たちは騒ぐだけで足を引っぱってばかりなのに、あまりな物言いだ。

 これには、普段温厚な宗平や森川の額にも筋が立った。こっちだって必死で亮を助けようとしているのに、こいつらは一体何がしたいんだ。

 そう言っておいて足を切らずに亮が死んだら、どのみち他人を責めるくせに。

 もうこいつらは発言も行動もできないようにして、村のために村八分にした方がいいんじゃないか……そんな不穏な空気が場を覆った。


 その時だ、他でもない亮が声を上げたのは。

「お願いです、切ってください……俺を、助けてください!」

 亮は、覚悟を決めた顔で両親を見上げ、諭すように言う。

「父さん、母さん……お願いだから俺を殺さないでくれ。足が片方なくなっても、俺は生きたい!死ぬのは嫌だ!

 父さんと母さんは、俺より足と陸上の方が大事なのか?]

 途端に、両親の肩がびくりと跳ねて目が泳ぐ。

「いや、そ、そんな事は……」

「じゃあどんな事だよ!?俺が生きるには、これしかないのに!!」

 亮の言葉には、今だけではない積年の思いが詰まっていた。

 亮本人が、ずっと前から一番よく分かっていた……両親は亮という子供ではなく、強く輝く陸上の才能の方を溺愛していると。

 今までは、それに応えた方がうまくいくので従ってきた。

 それに応えて両親に聞く耳を持たせることで、かけがえのないものを守れるからと思って我慢してきた。

 しかし、もう限界だ。

 今ここでそれに従ったら、自分は死んでしまう。

 死んでしまったら、かけがえのないものを守ることもできない。

 亮にとって、それだけは譲れなかった。それに、自分そのものではない才能への偏愛には嫌気がさしていた。

 だから、この機に平和な家庭が壊れるのを覚悟で反抗したのだ。


 亮に鋭く突き上げられて、父親は目を白黒させてうろたえ、母親は泣きだしてしまった。

「ち、ちがっ……そんなつもりじゃ……私は、ただあんたを……わあああん!!!」

 痛々しく膝をつき泣き崩れる母親を見ても、亮はもう従う気になれなかった。だってこの親は今、明らかに自己満足のために自分を殺そうとしたのだ。

 代わりに、宗平に心からお願いした。

「やってください、俺は決して恨みません」

「分かった、私もそのつもりだ。

 ……親を拘束しろ!」

 宗平も覚悟を決め、非情な指示を飛ばした。あっという間に大樹の両親と森川が亮の両親を押さえつけ、ガムテープで拘束する。

 亮の助かりたい意志を阻む者は、もういないかに思えた。


「さあ、決めなら早う!

 とにかく重くて丈夫な刃物を持ってこい!あとは、紐じゃ!」

 やることが決まると、田吾作が迅速に皆に指示を飛ばす。猟師として怪我の応急手当てを熟知している田吾作は、何をどうやればいいか分かっていた。

 さらに、放送室の方から救命士の石田も這いずってくる。

「話は聞かせてもらいました。

 どうかその子に、この痛み止めを打ってあげてください!こちらの錠剤も、飲ませてあげて!」

 石田は自らも激痛に耐えて脂汗を垂らしながら、それでも自分以外のために取っておいた鎮痛剤を差し出した。

 石田は、亮の手をぎゅっと握って励ます。

「大丈夫だよ、止血さえしっかりやれば君は死なない。

 朝になったら救急車が来るから、おじさんと一緒に病院に行こうね」

 石田は、亮に釘の刺さった自らの足を見せた。こうなっても人は生きられる、君だけじゃない、共に歩もうというメッセージだ。

 亮は一瞬目をむいて息をのんだが、石田の手を握り返してうなずいた。

「……はい、ありがとうございます!」

 そうしている間に、美香と宗平が必要なものを持ってきた。

「はい、紐……どこを縛ればいいの?」

「ああ、足の付け根より少し下をきつく……輪を作って棒を通して、ねじることで動脈までしっかり締め付けて……」

 石田の指示に従い、美香と大樹の母親がてきぱきと止血の準備をしていく。他人の子を死なすまいと、容赦なくぎりぎりと締め付けていく。

 これまでにない締め付けに亮は声を上げそうになったが、助けようとしてくれる人に感謝して傷つけまいと耐えた。

「田吾作さん、消防斧と鉈ならあったが……」

「鉈をあてがってその上から斧……いや、肉は一撃で切れずとも骨を一撃でやることが大事じゃ。斧をアルコールで消毒せい。

 それから、肉を断つ調理鋏を持ってこい!」

 脚と引き換えに亮を助ける準備は、着々と進んでいった。


 道具が揃っていよいよとなったところで、一同にはまだ大きな問題が残っていた。足を切るという作業を、誰がやるかである。

 すさまじい苦痛と危険を伴う作業だ。失敗すれば、亮の命が危ない。

 そのうえこんな作業は、これまで誰もやったことがない。

 それでも何とかやろうとしているのに、亮の両親は血眼になって喚いている。手を下した奴は、一生何があっても許さないと。

 失敗したら言わずもがな、成功しても亮の両親に尋常でない恨みを向けられる。

 今は拘束しているが、夜が明けて解放された後にどうなるか分からない。場合によっては、ある日突然刺されるかもしれない。

「宗平さんと田吾作さんは、やらない方がいいでしょう。

 あなた方を、危険に晒す訳にはいかない」

 森川が、苦渋の表情で言う。

 今夜改めて重要性が分かった守り手の当主と最後の銃持ちを、逆恨みで死なせてはならない。だが、かといって他の人が死んでいい訳でもない。

 それでも、誰かが引き受けねばならない。

 本当は悩んでいるこの時間すらも危ないのに。いつ元犯罪者のリーダーが死霊になるか分からなくて、すぐにでもやらないといけないのに……。


 その時、拘束されている元犯罪者の一人がぼやいた。

「へっ……楓さんの言う通りだねえ。弱いなあ、守るモンがあると」

「ぐっ……!」

 だが、宗平たちは言い返せない。自分たちは自分の守るもののために、本来なら一分一秒を惜しむ時間を浪費している……この男の言う通りだ。

 唇を噛んで拳を握りしめるばかりの宗平たちをどこか空虚な目で見上げ、男は煽るように言う。

「なあ、キレイなお手手の甘ちゃん共よ。

 押し付けりゃいいじゃねえか……ここに、汚れ仕事に慣れた奴がいるぜ?」

 男の目には、妙な自信が宿っていた。

「ここは、俺がやってやる……こいつ、ほどいてくれよ!」

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