220.囚われた足
助かりそうで、助からなさそうで……このドキドキがゾンビものの醍醐味!
ヒントはタイトルの通りです。
ワールドウォーZの映画で、噛まれてしまった軍人のお姉さんがどうやって助かったか、見た人は思い出してみよう。
ガンガンと頭に響く音を立てて、バリケードの上が崩れる。亮の足をそれでも放すまいと掴んでいた宗平たちに、そして亮自身にも容赦なく物が降り注ぐ。
「あっ!がっ!ぎゃっ!」
「うわっ……いでぇっ!?」
「あなた!森川さん!」
ようやく落ちてくる物がなくなった時、バリケードの出入り口は塞がっていた。落ちてきた物が、ちょうど隙間にはまる形で。
そのうえ、バリケードはまだ死霊の胸から上ほどの高さを保っていた。
死霊は音に引かれてさらに集まって来て、ひたすらバリケードを押しているが、バリケードがこれ以上崩れる様子はない。
結果的に、死霊の侵入を防ぐことができている。
「ふう、助かった……後は亮君を引っ張り出せば大丈夫だ」
森川たちは額の汗を拭い、何人もの力で亮を引っ張り出そうとした。
だがその途端、亮が目をむいて絶叫した。
「うおああぁ!!?足が、抜けな……痛っもげるうぅ!!」
その声に、大人たちは驚いて手を止めた。多少痛くても抜ければ問題はなかったのだが、大人四人の手で引っ張っても動かないのだ。
どうやら、亮の足は落ちてきた物と床に挟まれ潰れかけているらしい。しかも、相当な力がかかって押さえつけられている
このままでは、亮は動けそうになかった。
森川は、悔しそうに言う。
「すまないが、今これをどかすことはできない。
でも大丈夫だ、これなら君は噛まれないだろうから……」
しかし、亮は青ざめた顔で呟く。
「いいえ、ダメです……みんな、早く俺から離れてください。
足の先が、まだあいつに捕まれたままで……その、靴も脱げかけてて……多分もう少ししたら、俺は噛まれると思います」
その言葉に、全員が総毛だった。
亮は、助かっていない。
不幸にも亮の片足は、バリケードの向こうに少し突き出したまま。しかも、今食われて死にゆく元犯罪者のリーダーに掴まれたまま。
上を覆うバリケードが邪魔で、すぐ死霊に噛まれる訳ではない。
それでも、時間の問題だ。
亮の足を掴んだまま横たわっているリーダーは、このまま死ねば確実に死霊になる。そして、手の中にある餌に噛みつくだろう。
そうなったら、亮は終わりだ。
たとえ致命傷を負わなくても、死霊に噛まれて呪いをうつされたら一巻の終わり。そうなったらもう、死を免れることはない。
このままでは、遅かれ早かれ亮は死ぬのだ。
それに気づいた母親の顔が、みるみる激情に歪んでいく。
「いや……そんな、亮……死んじゃ嫌ぁっ!!
まだよ!待って!こんなものすぐどかして……!」
半狂乱になった両親は、勢いよくバリケードに駆け寄って亮の上にある物をどかそうとする。さっきまで腰を抜かしてまともに立てなかったとは、思えない力だ。
だが、目の前で自分の子が死にそうになったうえ他の誰も助けないなら、自分が動くしかない。二人はただ子を助けたい一心で、バリケードに手をかけた。
しかし、宗平たちは血相を変えてそれを止める。
「やめろ、そんな事をしたら全員が死ぬぞ!!」
宗平たちとて、亮を助けたくない訳ではない。
だが今それのみに囚われてバリケードを崩す訳にはいかない。そんな事をすれば、死霊がなだれ込んできて全滅あるのみだ。
宗平たちや大樹の両親だって、自分の子や貴重な証人の命を背負っているのだ。一人のために全てを投げ出せる訳がない。
「放せ、この人殺し!!」
「私たちの亮を助けて!!」
喉が裂けんばかりの両親の絶叫に、死霊たちが一段と大きな唸り声を返した。
この絶体絶命の状況を前に、浩太は今度こそどうしていいか分からなかった。
兄を助けるために、浩太は自分が噛まれるの覚悟で死地に戻って戦ったのに。兄を取り戻すために、良心も冷静な判断も殺して己の手を汚したのに。
それでも、この甘すぎて正義すぎる兄はだめだった。
だというのに、誰も兄を責められない。兄はどこまでも可哀想な完全なる被害者で、両親はそちらばかり見ている。
もしこのまま、兄が失われたら……自分は……。
その未来を想像すると、全身の血が温度を失っていくような心地だ。
(兄さんがいるから、兄さんが大事にしてって言うから、僕はこんな親にも捨てられないで生きていられた。
だから、どんなに自分が汚れても……助けなきゃ、いけなかったのに……)
浩太は、元犯罪者の血でべっとりと汚れた自分の手を眺めた。
キレイな兄の手と、汚れた自分の手。いつも輝いている兄と、日陰者の自分。兄という光を失ったら、もう自分には闇しか……。
浩太の目から、ゆっくりと光が失われていった。
だが、そこで田吾作が声を荒げた。
「静まらんか!こいつを助ける方法は、まだある!!」
「えっ!?」
思わず、全員が口をつぐんで田吾作の方を向いた。それは、今この場で誰もが心の底から欲する言葉だった。
期待と希望にすがるような目をする皆に、しかし田吾作は険しい顔で言う。
「言っておくが、そう穏やかではないぞ。
足が抜けん事はどうにもならん。足がそのうち噛まれることも、どうにもならん。じゃが、幸い体はこちらにある。
なら、やる事は一つ」
田吾作は、厳しい目で亮を見下ろし、重く一言呟いた。
「その足を、切ることじゃ」




