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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
219/320

219.すれ違う兄弟

 兄弟力を合わせて大団円……なんてうまくいくはずがありません。

 浩太と亮は、お互いにすれ違う思いを抱えていました。


 人のために自分に鞭打つ献身は美しいですが、命の危険が差し迫っている状況では全員の足を引っ張る行動になり得ます。

 浩太はどこまでも合理的に考えて行動しますが、亮は……。

「兄さん、早く向こうに!」

 浩太はようやく解放された兄の手を取り、宗平の手を握らせようとする。だが亮はその手を取らず、膝立ちのまま浩太の体を押し出した。

「おまえが先に行くんだ。

 でないと、俺は動かないぞ!」

「こんな時にまで、何を!?」

 浩太は余裕がなくなって叫ぶが、亮は強い意志をみなぎらせた目で言う。

「ごめんな、俺の甘さでこんなことになって……でもだからこそ、おまえが食われたらダメだ!助けてくれた弟を後回しにするなんて、そんなことできるか!」

 亮の目には、浩太への感謝と兄としての使命感があった。

 それを見て、浩太は唇を噛みしめる。

「分かってるのか……兄さんがそうだから、こんな……!」

 この期に及んでまだ正しさにしがみつく亮が、浩太には恨めしい。

 そもそも亮が正しさにこだわって、他人できるだけ助けようと善意を最優先に行動したせいで、今こうなっているのに。

 それでもその行動は人として模範的でとても正義に見えて、誰も本気で叱れない。こいつが悪いと言えない。

 そのせいでどんどん事態が悪化しているのに、明らかにそれで自分の方が深手を負っているのに、まだそれにこだわって。

 さっさと助けられて他人を安心させるということが、できないのか。

 大人たちももう自分の両親を除いてそうしろと叫んでいるのに、亮は頑として己を曲げない。

 だけど、きれいで正しいから責められない。

「ああああ、もうどっちが先でもいいから早く来て!

 お願い亮、そんな奴いいからあんたが助かってえー!!」

 母親が、涙で顔をぐしゃぐしゃにして叫ぶ。亮が素直に先に行きさえすれば、浩太はこんな言葉を聞かなくて済んだのに。

「分かった、先に行くよ。

 ……これだから、キレイなものは憎らしい!」

 浩太はそう吐き捨てて、バリケードの向こうに踏み出した。だがそれでも振り返って差し出した手を、亮は悔しそうに取った。


 浩太は亮の手を握ったまま、宗平と大樹の父に迎えられてバリケードを越える。後は、亮をこちらに引き寄せるだけだ。

(……良かった、これで仲間は誰も死なずに済む)

 亮は案外頼もしい弟の背中を見ながら、安堵した。

 神社で浩太が追放されてから、気が気ではなかった。あの過ちを止められなかったことを悔やみ、力の限り浩太を探し続けた。

 それでも自分だけならもっと頑張れたのに、両親が何も考えずについて来るから。おまけに自分からついて来たのに、足を引っ張ってばかりで。

 そのうえ、せっかく再会できた浩太にあんな扱いを……。

(冗談じゃない、浩太だって大切なあんたらの子なんだぞ!

 だから……俺が何としても浩太を守らないと!)

 温かく迎えるはずだった浩太に迷惑をかけておまけにあんな言葉まで浴びせてしまって、亮は自分が情けなかった。

 今だって、浩太が危険を冒して助けに来なかったら、自分はきっと助からなかった。

 それも、浩太は何も悪くなく自分の甘さと不用心でこうなってしまったのに。

(ごめんな浩太……でも、俺にはこうしかできないんだ)

 両親の浩太に対する態度は、側で見ていて嫌というほど分かっている。そのうえ自分が改めるように言っても、両親はさらに浩太を嫌い自分の機嫌を取ろうとするばかりだ。

 だから自分が、誰よりも浩太を守るしかなかった。

 正しいことをして他人に優しくして味方を作って、少しでもそんな自分が声を上げることで浩太を守れたらと。

 自分が正義の味方である限り、両親は自分を否定できず浩太にも多少優しくなるから。

 自分はいついかなる時も、全力で正しいことをしなければならない。

 なのに……それが原因で、死にそうになって多くの人を悲しませそうになるなんて。

(それに……結局、こいつは助けられない)

 亮は悲しそうに、足下に転がる元犯罪者のリーダーを見下ろした。

 自分を何としても人質にしようとし、浩太にやられて傷だらけ火傷だらけになっている男……どんなに悪くても人間だから助けようと思ったのに、通じなかった。

 気を失ったとはいえ、安全を考えるとバリケードの中には入れられない。

 せめて生まれ変わったらまっとうな人間になれと祈りながら、亮もバリケードの出入り口に痛む体を引きずっていった。


 たくさんの大人たちの大きな手が、亮を迎える。捕まった時はどこまでも遠く見えた安全地帯は、すぐそこだ。

 大人たちの温かく汗ばんだ手が、亮の体のあちこちを掴む。

「落ち着け、間に合うから。

 よく頑張ったな!」

 死霊はもうすぐそこに迫っているが、宗平たちの表情には余裕があった。

 なぜなら、死霊がすぐ亮に噛みつくことはないから。死霊たちと亮の間には、食べごろの餌が転がっている。

 気を失った元犯罪者のリーダーが、文字通り体を張って亮を守る形になっていた。


 先頭の死霊たちが身を屈め、リーダーの体を乱暴に掴む。そして獣のように大口を開け、その体にかぶりついた。

「うっぎゃあああ!!!」

 気を失っていたリーダーは、その激痛に跳ね起きる。

 だが、もう手遅れだ。死霊に噛まれてしまった以上、もう死を逃れる術はない。たとえここで助けられても、呪いからは逃れられないのだから。

「自業自得じゃ、悪党め!」

「助けの手を裏切ったのは、あんただからな」

 バリケードの向こうの大人たちは、凄惨な光景に顔をしかめながらもリーダーを責める言葉を浴びせ続ける。

 宗平たちとて、いかに敵とはいえ目の前で人に死なれるのは寝覚めが悪くなる。

 だがそれ以上に、こいつは善意で助けようとした亮を手酷く裏切った。何の罪もない子供たちまで巻き込んで、卑劣で不当な方法で殺そうとした。

 ならば、もう助けてもらえなくても仕方ない。助かるチャンスはあったのに、自分でそれを棒に振ったのだから。

 亮だけは、辛そうに動きを止めて見ているが……。

「もう気にしないで、早く来なさい。

 君が、あんな奴に殺されることはないよ」

 宗平はそう諭して、亮を一気に引き込もうと力を込めた。


 その時だ、リーダーがいきなり這いずってこちらに手を伸ばしてきたのは。満身創痍とは思えない力で死霊の手を振り払い、こいつの方がゾンビのように亮に手を伸ばす。

 指を折られた手を床につけて勢いよく体を前に押し出し、血まみれだがまだ動く手で亮の足首を掴む。

「うわっ!?」

「構うな、とにかく亮をこっちに!」

 だが今回は、大人が何人も亮の体を掴んでいる。宗平たちは力を振り絞って、亮の体をバリケードの内側に引き寄せる。

 しかし元犯罪者のリーダーも、一緒に引き寄せられてしまう。そのうえリーダーの体を死霊が掴んで、引っ張り合いになってしまう。

 バリケードを閉じようにも、亮の足一本だけが出入り口にかかったままだ。

「ぐっ……何で、ここまでやるんだ!?」

 森川が呻くように漏らすが、誰にもその答えは分からない。

 ただの社長と社員の関係でこんなになっても従うなんて、普通はあり得ない。このリーダーに一体、どんな事情があるというのか。

 しかし、今それを探っている暇はない。

 リーダーは無残に焼けただれた顔で、噛み傷だらけの体で、それでも片方焼けて白くなった目をカッと開いて亮の足を握りしめていた。

「お、俺は……送るんだ……あ……つらの、ために……。

 し、社長だけ……が……可愛い……つなげ……」

 うわごとのようにそう言って、死んでも離さないと言わんばかりにしがみついている。体はどんどん死霊の歯に削られているのに、すさまじい執念だ。

 そのうち、死霊がリーダーの横に回り込み押し合いへし合いになる。理性のないこいつらは、行く先が狭かろうが強引に体をねじ込んでくる。

 死霊たちが押したり引っかかったりして、バリケードの上の方がぐらぐらと揺れる。

「まずい、崩れる!!」

 浩太のその声が早いか、積まれていた物が大きな音を立てて崩れ落ちた。

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