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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
215/320

215.安全地帯なし

 安全地帯がすぐ近くにあると、ついそれにすがりたくなりましよね。

 しかし、それをひっくり返しても社長に従うのが白川鉄鋼の汚れ役です。奴らにまともな人間の思考が通じると思ってはいけない。


 一方、中にいる女子供も無抵抗ではありません。

 特に、自分たちの安全が失われた場合は……窮鼠猫を噛むです。

 宗平は、ぐっと歯を噛みしめ苦渋の表情で叫んだ。

「くっ……入れ!だが、その二人には手を出すな!」

「へへっそうこうなくっちゃ!」

 亮と父親を助けに走る宗平と森川と入れ替わるように、元犯罪者たちが役場に駆けこもうとする。

 すれ違いざまに元犯罪者たちが宗平たちを攻撃しようとしたが、これは宗平たちを守るように一緒に来た大樹の両親に阻まれた。

「宗平さんはやらせないぞ!」

「チッ……今はとにかく、中に入っちまえ!中に入ればどうとでもなる!」

 ここで宗平たちを倒せなかったのは残念だが、ぐずぐずしていては死霊に捕まってしまう。やむなく、元犯罪者たちは宗平を見逃して役場に入った。


「亮くん、早くお父さんの手を!」

 宗平と森川は、すぐに亮の父親の手を取った。といっても立たせている余裕などなく、結局引きずるしかないのだが。

「ごめんなさい、宗平さん!森川さん!

 俺たちのせいで……!」

 亮は悲痛な顔で謝るが、宗平はそんな亮を優しく励ます。

「大丈夫だ、君たちのせいじゃない。

 むしろ、君たちが無事で本当に良かった。

 君たちを見殺しにしてしまったら、浩太君に何て言えばいいか分からないからね。さあ、早く中に入って浩太君に会おう!」

「はい!」

 この時、まだ宗平たちは楽観していた。

 中では、妻の美香が子供たちと石田を守っている。いざという時は中でスペースを区切れるようにバリケードを作ってあるから、自分たちと元犯罪者は両方生き残るだろう。

 そして夜明けが来てしまえば、自分たちの勝ちだ。

 ひとまず痛み分けにして時に任せればと、思っていた。


 しかし、役場に入ろうとした宗平たちは異常に気付いた。

「お、おい……扉が……!」

「ああ大丈夫、鍵はあるので裏口から回り……え?」

 玄関で立ちすくんだ大樹の父の側に森川と宗平も駆け寄って、ぎくりとする。玄関は、あってはならない状態になっていた。

 中から鍵をかけられたなら、まだ良かった。それを想定して、ちゃんと別の出入り口の鍵は持ってきているから。

 しかし、逆……正面の扉は、一部が壊されて外れていた。

 これでは、死霊が中に入るのを防げない。

「あいつら……何が何でも僕たちを殺す気か!」

 大樹の父が、真っ青になって呟く。

 元犯罪者たちが生存のみを目的として、適当な部屋に籠ってくれれば良かった。だが、そう穏便にはいかない。

 元犯罪者たちは、死霊を交えてのデスマッチを屋内でも続ける気だ。たとえ自分たちの身に危険を残しても、宗平たちと戦い続ける気だ。

 それでも、宗平たちが逃げることはできない。

 死霊たちはのろのろとしかし確実に役場を囲み、宗平たちの逃げ場などとっくになくなっている。さっきの元犯罪者たちと同じように。

 元犯罪者たちに先に入られたことで、宗平たちは外からの死霊と中にいる元犯罪者に挟撃される位置になってしまった。

「クソッ俺たち家族のせいで……!」

 己を責めるように呟く亮の背中を、宗平は軽く押す。

「そんなことより、今は早く入るんだ!

 戦うにしろ他の隠れ場所を探すにしろ、少しでも死霊と距離を取れ」

 人の命を救ったために安全ではなくなってしまった役場に、宗平たちは素早く駆け込む。といっても、ここももう屋外と変わらないが。

(咲夜、大樹君、浩太君……どうか生き延びてくれよ!)

 宗平は分断されてしまった子供たちの無事を祈りながら、浩太の父に肩を貸して歩いた。


 外での戦況の変化に、咲夜たちは気づいていた。

 咲夜たちは安全のため、正面が見える位置にはいない。役場の奥の放送室を含む一画をバリケードで区切り、そこで動けない石田と共にいた。

 しかし、外の状況が全く分からない訳ではない。

 宗平たちが出ていってから、咲夜たちは玄関の監視カメラの映像を食い入るように見ていた。

「お父さん……お願い勝って!

 浩太のお父さんとお母さんも、無事でいて!」

 当の浩太も父と母のことは冷たく言っていたが、いざ人質に取られたことが分かると瞬きもろくにせず映像を見つめている。

 何だかんだ言って、心配なのだろう。

 そのうち、浩太の母を捕まえた一人が映って美香に手をガムテープで縛られる。

「やった!後は、お父さんだけ……」

 しかし喜びの束の間、敵の怒号が響き宗平と森川が血相を変えてそこから離れてしまう。

「え……何、お父さん!?」

 次にカメラに映ったのは、役場になだれ込む残りの元犯罪者。咲夜たちは、ここがもう安全ではないことを知った。


 程なくして、美香が浩太の母親と降伏した元犯罪者を連れて駆け足で戻ってきた。

「早く、扉を閉めて!バリケードは間に合わなかった!」

 浩太の母親と手を縛られた元犯罪者は使い物にならず、美香はここまで一人で二人連れてこなければならなかった。

 そのため手が足りず、バリケードを閉じることができなかったのだ。

「そんな、でもこんな薄い扉一枚じゃ……!」

 咲夜たちは、恐怖の眼差しで向こうの廊下を見つめた。

 玄関付近とここを区切る二重のバリケードでここを守ることを考えていたため、それを突破されてしまうともう放送室と前室の扉しかない。

 このままでは、ここに籠っていても助かるかは分からなかった。


 その時、玄関の方でゴーンと大きな音がした。

 浩太が、額に汗をにじませて呟く。

「どうやら、罠の方はうまくいったみたいだ……人間用じゃなかったんだけど」

 咲夜たちは、バリケード以外にも役場の中に罠を仕掛けてあった。もっとも時間がなかったので、そんなに高度なものではないが。

 バリケードの作りかけに見せかけて、出っ張っている部分を力ずくで押しのけようとすると上から重いものが落ちてくる程度のものだ。

 人間なら避けようと思えば避けられるが、知能のない死霊なら足止めできる。

 ……はずだが、どうやら侵入してきた元犯罪者が引っかかってくれたようだ。

 死霊から逃げようと焦っているのか、ここが敵地だと思わず侮っていたからか……元犯罪者たちも決して余裕がある状態ではない。

「打って出た方がいいかもしれない。

 今なら、宗平さんたちと奴らを挟撃できる!」

 浩太が、はっきりと言った。

「奴らがここまで来て、扉を壊されたり爆薬を投げ込まれたりしたら終わりだ。

 それに、道中の罠には手動で当てられるものもある。反撃は、できるうちにやらないと。動けなくなってからじゃ遅い!」

 危険な意見だが、防御がおぼつかないのは事実だ。

 社長の竜也が拳銃なんてものを隠し持っていたように、ここに攻めてきた元犯罪者たちがどんな危険なものを持っていてもおかしくない。

 それに対し、こちらは正面から戦える力を持っていない。

 座してやられるのを待つよりは、全力で立ち向かうべきだ。

「そうね、私は……お父さんを殺す人質になんかなりたくない。

 それに、あのひな菊のせいで死ぬなんて絶対に嫌!!」

 咲夜も、決意を込めて叫んだ。

 竜也はここで、自分とひな菊のためにどんな手を使っても宗平と咲夜たちを殺す気だ。抵抗し損ねれば、それに屈することになる。

 咲夜たちは、即席の武器を持って放送室から飛び出した。

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