214.三つ巴
主人公サイド、悪者、ゾンビの三つ巴の戦い!ゾンビものの醍醐味ですね!
退路を断てば悪者だって弱い立場に成り下がりますが……窮鼠猫を噛むという言葉もあってだな。特に人の命を気にしない外道は乱戦で強い。
白川鉄鋼の戦いで楓さんが言った「弱いわよねぇ、守るものがあると」これに尽きる。
そして、田吾作さんの銃も万能ではないのだよ。たった一つだからね。
「うぉっく、車が……!!」
白川鉄鋼のならず者たちが、ざぁっと青ざめる。
今までこれだけ死霊に迫られて余裕だったのは、車という確実な逃走手段があったから。それがなければ、状況は浩太の家族たちとさほど変わらない。
「ああっ動け、動けぇ……わぁっ!?」
車に乗っていた男はそれでも車で逃げようとするが、車はもうまともな速度で走らない。そのうち前方から来た死霊に張り付かれ、乗っていた男は半狂乱になってドアを勢いよく開けて死霊を弾き脱出する。
「何やってんだ、あれじゃもう車が……」
「でっでも、中にいたって助かるか!
それより、他に逃げ道は!?」
リーダーは車を捨てて逃げた男を叱責するが、もうどうにもならない。
そうしている間にも、死霊たちがじりじりと包囲の輪を縮めてくる。逃げ場をなくした人間を食い散らかそうと、迫って来る。
そう、包囲だ。死霊は全方位から来ているのだ。
大群なのは車が来た方向からだが、それ以外の方向からも来ている。
当たり前だ、これまで死霊を引き付けていたスピーカーを壊した上あれだけの爆音を流していたのだから。
意図して誘導した奴以外にも、離れた場所から音を聞きつけていろいろな方向から集まってきたのだ。
もっとも、役場に死霊を集めるという作戦としてはそれで良かったが……。
それで元犯罪者たちが生きられるのは、車という逃走手段あってこそ。それを失えば、ここは元犯罪者たちにとっても死地に他ならない。
「どうじゃおまえたち、生きたいか!?
役場の屋上から、田吾作が怒鳴りつける。
「このままでは、おまえらは食われるだけじゃ。
たとえ運良く生き残っても、白川鉄鋼には切り捨てられるじゃろう。こんなことを命じた事実が、あってはならんからな。
おまえらが生き残る道は、たった一つじゃ。
早う、その二人を解放して儂らに降伏せんか!!」
それを聞いて、元犯罪者たちははっとした。
そう、今すぐ逃げ込めて夜明けまで死霊の襲撃を防げそうな場所が一か所だけある。目の前にある役場だ。
生き残るには、そこに入れてもらうしかない。
思わず、浩太の両親を押さえつけている男たちの表情が緩んだ。
「分かった、入れてくれ!こいつはすぐ引き渡すから」
母親の方を捕まえている男が、あっという間に降伏して役場の方に歩いていく。リーダーは慌てて止めようとするが、生存欲求に突き動かされる部下は止まらない。
「コラッそんなことをしても、またブタ箱に戻るだけだぞ!
おまえはそんな事のために……」
「うるせえ!!死ぬのはもっとごめんだ!!」
その様子に強気を取り戻した亮が、リーダーと父親を掴んでいる男に迫る。
「さあ、早く父さんを放せ。死にたくないんだろ!?」
つい今まで追い詰めたと思っていた子供に言われて、リーダーは歯噛みする。さりとて、他に助かる道は……。
(いや、まだだ!
役場に入るのに、こいつらに従う必要はねえ。入りさえすれば……いや、奴らに近づきさえすれば……)
チラリと、屋上の田吾作を見る。
こちらに銃口を向けてはいるが、積極的に撃ってこない。人を撃ちたくないのか、仲間への誤射を警戒しているのか。
頭の中で算段がつくと、リーダーは卑屈な笑みで父親を掴んでいる男に命じた。
「へへっ分かったよ……おい、そいつを放してやれ」
そう言って、顎と目で後ろから来る死霊の方を指し……。
「オラッ行け!」
「わあぁっ!?」
いきなり、元犯罪者の男が亮の父親を乱暴に放り投げた。役場の方にではなく、壁のように迫ってくる死霊の方にだ。
地面に叩きつけられて無防備な亮の父に、禍々しく変色した手が伸びた。
「父さん!!」
亮が動いたのは、ほぼ反射のようなものだ。目の前で食われそうになっている父を助けようと、わき目も振らずに駆け寄る。
そこに横から、元犯罪者のリーダーがタックルを仕掛ける。
「おまえも、行けっ!」
いくら運動神経抜群な亮でも、備えていないことには対応できない。亮もあえなく突き飛ばされ、死霊の前に転がされる。
「がはっ……ぐ、くそっ!」
鼻先を死霊の指がかすめそうになったが、何とか身をよじって逃れる。鼻腔に入り込んだ濃い腐臭に、それだけで穢されてしまいそうだ。
だが、亮にとってはそんな事より父親だ。
アスファルトに体を打ち付けて動けない父親の前で、死霊が大口を開けて身を屈める。
「そんな、父さん……」 ズダーンズダーン
頭に響く銃声とともに、父親の一番近くにいた死霊が脱力して崩れ落ちる。田吾作が、屋上から狙撃してくれているのだ。
「早う、親父を連れてこい!長くはもたんぞ!」
田吾作の声にはっとして、亮は父親を助けに走る。
しかし、心身ともにダメージを受け続けた父親はすっかり腰を抜かしてしまった。やむなく、亮は重い父親を引きずって死霊から離れる。
だが、そこに元犯罪者たちが立ち塞がる。
父親を離す訳にいかず抵抗できない亮を横目に、リーダーは額に汗を浮かべながらも宗平に突きつける。
「この二人を助けたかったら、そこをどいて俺らを役場に入れろ!
俺がどかねえと、こいつらの命はねえぞ!!」
宗平と森川の頬に、冷たい汗が伝った。
この外道共の言う通り、外道共がどかないと亮と父親が先に食われてしまう。かといって、宗平たちが戦ってもそれまでにこいつらに勝てるかは分からない。
田吾作の銃は今にも亮と父親に届こうとする死霊たちに向けられており、元犯罪者たちに向ける余裕はない。
村人をこれ以上死なせたくない宗平たちに、二人を見捨てる選択はできなかった。




