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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
213/320

213.亮の戦い

 初めての、浩太のお兄さんメイン回。

 これまでもちょくちょく登場していましたが、陽介と並んで運動神経抜群の体育会系お兄さんです。

 陽介と違って正義感が強く、己の力をみんなのため弟のために使おうと燃えていますが……燃えすぎると肝心な時にねえ……。


 そして前回の最後で、役場側は襲撃に気づいています。

 不意打ち作戦は不意打ちだから成功するのであって、基本は防衛側が有利なんだよ。

「へっへっへ……さあガキ、早く役場へ行け!

 でないとおまえの親が、腸引きずり出されるぜ」

 元犯罪者たちが、これ見よがしに浩太の両親を死霊たちに近づける。もう車からの爆音は止まっており、死霊の興味を引くのは目の前の人間だけだ。

「あっ……い、いやっ助けてえ!!」

 怯えて悲鳴を上げる両親に、死霊たちはごうごうと唸りながら迫る。汚れた口を見せつけるように開き、食いつこうとにじり寄る。

「ぐっ……やってみろ!

 本当に手が届くまで近づいたら、おまえたちだって無事じゃ……」

 亮は強がってそう言うが、元犯罪者のリーダーは余裕たっぷりに返す。

「ああん?俺らにゃ車があるからな、逃げようと思えばいつでも逃げられる。

 でもおまえはどうなんだ?ああ、おまえは足が速いらしいが……親はここに転がしたらどうなるかねえ?」

 そう、もう家族三人の中で元気なのは亮だけだ。両親は捕まる時にしたたかに殴られ、もう走れる状態ではない。

 亮が要求を拒んだら、逃げ切れるのは亮だけだ。

「り、亮……頼む、言う通りにするんだ!

 おまえをここまで育ててやった、私たちを殺す気か!?」

 父が、弱弱しい声で懇願する。

 その態度に、亮は歯噛みした。

 両親の死にたくない気持ちは分かる。誰だって、目の前に突然死が迫ったら何が何でも逃れようとするだろう。

 しかし、それが他の誰かを代償にするものだったらどうだろうか。

 しかも、今自分がこいつらに従って代わりに奪われるのは咲夜たち数人ではない。負ければ、村全体がこいつらのいいようにされるのだ。

 果たして、そうなっても両親を助けるべきか。

 かといって、亮も両親を死なせたい訳がない。いろいろと言いたいことはあるが、自分と弟をここまで育ててくれたのだ。

 失いたくないものを天秤にかけられて、亮が選んだのは……。


「嫌だ!!俺は……どっちも犠牲にしたりしない!

 二人を放せ!たああっ!!」

 亮は、猛然と父と母を掴んでいる元犯罪者に襲い掛かった。

 父と母を捕まえていなければならないから、五人のうち二人は動けないはずだ。おまけに死霊が背後から迫っているから、動ける範囲には限りがある。

 うまく立ち回れば何とかなるはずだ。

 何より、ここで自分が立ち向かわなくてどうするというのか。

 亮は、全身に勇気をみなぎらせて敵のリーダーに殴りかかる。これまで両親に愛され村でもてはやされてきた、己の運動神経を信じて。

 しかし、その拳は虚しく空を切った。

「チッ危ねえ!

 だけどな……こっちも人生かかってんだよォ!」

 お返しとばかりに、リーダーの振るう鉄パイプが亮に迫る。それをかわしても、すぐに他の奴が持つ工具が迫る。

「こんな……ぐっ!?」

 亮としては、軽くかわせるつもりだった。

 しかし亮の体はいつも通り動かない。頭と感覚ではこう動けばいいと分かっても、体がついていかない。

 踏み込みは思ったよりずっと遅れて拳も脚も空を切り、そのうえ次の動作に移るにもいちいち止まりそうになる。

 見切ったはずの攻撃をよけるタイミングが合わず、次の攻撃を避けるのに無理な動きを強いられてしまう。

 そのうち避けきれずにかすった痛みが、さらに動きを悪くする。

(な、何でこんな時にこんな……練習じゃないんだぞ!

 本番より大事なのに、命がかかってるのに……!)

 亮は、こんなもどかしい感覚を知っていた。陸上の練習が終わりに近づいて疲れてくると、いつもこうなってくる。

 亮は今、いつもの陸上の練習よりずっと疲れているのだ。だからいくら心で叱咤しても、思い通りに動けなくて当然なのだ。

 亮はようやくそれに気づいたが、もう遅かった。


 しかし亮が追い詰められてついに捕まるかと思われた時、役場の方から制止の声がかかった。

「やめろ!

 無関係の子に手を出すな、狙いは私たちだろう!!」

 はっと振り向くと、役場の玄関で二人の男が仁王立ちしていた。それは元犯罪者たちが潰せと言われている標的、泉宗平と森川だ。

「なっ……だめだ、こいつらの言うことを聞いたら……!」

 亮は助力を断ろうとするが、反撃もできないではどうしようもない。

 宗平は、観念したように役場の扉を全開にして言う。

「おまえたちの望み通り、私たちはここから出て行こう。役場にある物も、全ておまえたちに明け渡そう。

 だから、どうかその子の両親を放してほしい」

 それを聞いて、元犯罪者たちの表情が緩む。

「よしよし、いい心がけだ……が、田吾作はどうした?

 まずあいつを出して銃を置かせてもらわんことには、聞けんな」

 すると、宗平は困ったように告げた。

「悪いが……田吾作さんは今ここにいない。石田さんを連れてきた後、必ず白川鉄鋼を潰してやると息巻いて出て行ってしまった。

 今頃、また工場に戻っているんじゃないか?」

「何っ!?」

 その言葉に、元犯罪者たちに動揺が走った。

 もしこれが本当なら、すぐにここを制圧して工場に戻らないとまずい。しかし、宗平が本当のことを言っている保証もない。

「畜生、そこをどきやがれ!!」

 焦った一人が、役場に押し入ろうと突撃する。しかしその一人は、いきなり張られた縄に足をとられて転び、足を縛られてしまった。

 両側の植え込みに、大樹の両親が罠を張って待機していたのだ。


「しまった……ま、まずい、報告だけでも……!」

 思わぬ反撃に怯え、車に乗っている者がアクセルを踏もうとした途端……ズダーンと重たい銃声が響きタイヤがパンクした。

「儂はここじゃ、もう逃げられんぞ!!」

 屋上から、田吾作が猟銃を振って叫んだ。

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