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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
212/320

212.人質

 極限状況下であとちょっとで家族に会えると思うと、気が緩んでしまいますよね。そして、怪しいことがあっても都合よく考えてしまいがちですよね。

 亮が浩太との再会を心待ちにして、味方だと思って姿をさらした相手は……。


 宗平たちも、予測してはいたんですけどね。

 備えの元になる予測の斜め上をいく事態が起こるのがホラーの常識です。

「ハァ……ハァ……ようやく、役場よ!」

 浩太の家族たちはようやく、役場の向かいまで来た。両親は疲労困憊で、浩太に会えることより休めることが嬉しいようだ。

 亮はそんな両親に憤りを覚えつつも、ようやく浩太に会えると安堵していた。

 後は、この細い路地を出て道路を一本渡るだけ。

 その道路の方からは、耳が痛くなるような爆音が響いて来た。

「……何なんだ、この音は?こんなに音を立てたら、死霊が寄って来るじゃないか!」

 眉を顰める亮に、父親が耳元で言う。

「宗平さんたちが、車を出して住宅地の死霊を集めてきたんじゃないか?でないと、あのままじゃ住宅地が危険なままだ。

 村の命を守るのが、宗平さんたちの役目だからな!」

 母親も、やれやれといった様子で言う。

「あんたが考えるほど、宗平さんたちは暇じゃないのよ。自分の不手際でああなったんだから、責任取って動かないと。

 浩太だって、それを手伝ってここにいないかもしれないのよ。

 だから急いで来る必要なんて……」

「うるさいな!!結局少しでも逃げたいんだろ!?]

 亮はそう言って、両親を引きずるように道路に出た。そして、爆音とともに角を曲がってきた車に大きく手を振った。

「おーい宗平さん、俺だ!」


 だが、やって来たのは役場の車などではなかった。役場を襲い宗平たちを亡き者にしようとする、白川鉄鋼の車だ。

 そこに村の子供と疲れ切った大人が二人飛び出してきた。

 これほどいいカモはいない。

「ちょうどいい、あいつらを使って宗平たちを役場から引きずり出そう」

「いや、逆にあいつらと引き換えに宗平たちを追い出して死霊に食わせてもいい」

 悪意で一杯の元犯罪者たちが、獲物を見つけた肉食獣のように牙をむいた。


 急に、車が亮たちの目の前で止まった。そしていきなり扉が開き、五人ほどの大人がどかどかと降りてくる。

「……!?」

 亮は、違和感を覚えた。

 こんなにたくさんの大人が、役場にいただろうか。役場にいるのは宗平、妻の美香、森川、そして田吾作と怪我をしている救命士くらいのはず……。

 考えている間に、いきなり膝に痛みが走った。

「がっ!?」

 何かを勢いよくぶつけられたようだ。何かは暗くて見えないが……次の瞬間には、父親が顔を覆って身を屈めた。

「ぶわっ……め、目がぁ!」

「父さん!?」

 亮が慌てて振り向いた隙に、迷いのない足音が近づいて来る。

「あ、あなたたち……何?役場の人じゃないの!?」

 母親が気づいたが、もう遅い。

 亮たち親子に、白川鉄鋼の元犯罪者たちが襲い掛かる。鉈の背や鉄パイプで殴られ、ふらついたところを組み伏せられて、両親はあっという間に捕まった。

 亮は何とかかわして距離を取ったが、親を人質に取られていては反撃などできる訳がない。

 おまけに、車を追いかけて曲がり角の向こうから姿を現した、数えきれないほどの死霊……壁のように迫ってくる。

 このまま両親を捨てて逃げればどうなるか、亮にもすぐ分かった。

「へへっ……ガキ一人自由にしたところで、どうにもなるめえ!

 それよりも……おいガキ、こいつら殺されたくなかったら、役場に走って大人を呼んでこい!」

 もちろん亮は、そんなことに従いたくなかった。しかし、ぐずぐずしていたら両親がどうなるか分からない。

 だが、従ったら従ったで宗平や咲夜たちがどうなるか分からない。

 どうしていいか分からず、亮は両親の後ろから迫る死霊をただ見ているしかなかった。


 しかし、役場の中にいた者たちは外の異常に気づいた。

 少し前から、妙な兆候には気づいていた。スピーカーの近くにある監視カメラが、次々と映らなくなったのだ。

「おかしい……これはただの故障じゃないぞ!」

 宗平たちも時々カメラの映像を見るだけで実際どうなったかは見ていないが、これが人為的なものだと想像はついた。

 田吾作が、剣呑な顔で言う。

「こいつは、白川鉄鋼が動き始めたのかもしれん。

 さっきの放送で、竜也は相当信頼を失ったはずじゃ。もはやまともな手段で巻き返せん以上、どんな手に出てもおかしくない。

 それこそ、儂ら全員を抹殺するとかな」

 その過激な意見に、咲夜は目を丸くした。

「冗談でしょ!?あんなしっかり社会に出てる会社が……!」

 しかし、森川も恐怖を飲み込むように重い口調で言う。

「いや、その可能性が高いだろう。

 だいたい、今夜この村で起こったことが公になる可能性はほぼない。おまけに死霊という未知の存在によって既に何人も死んでいる。

 多少無茶をしても、隠し通せる状況はある」

「なら、こちらも全力で守るべきです。

 相手がどう出ようが、想定して備えることは罪ではありません」

 救命士の石田も、痛みに耐えて脂汗の浮いた顔でうなずいた。竜也社長の残虐なやり方をその身で知った石田にとっては、実感できる話だ。

 宗平たちはすぐさま手分けして役場の窓にシャッターを下ろし、正面と裏口もすぐ塞げるようバリケードを作った。

 これで、容易には侵入されないはずだった。

 しかし、爆音が近づいて来ておいでなすったと思っていると……窓から外を伺っていた浩太が、いきなり血相を変えて叫んだ。

「あれ……何やってるんだ兄さん!?それに……ああっ父さん!母さん!」

 窓の外には、人質となった浩太の家族の姿があった。

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