211.迫る悪意
ようやく咲夜ちゃんたちサイドに戻ってきました。
また行方不明の人が見つかって喜ぶ咲夜たちですが、まだ行方が分からない人もいます。
咲夜たち以外に、他の場所にいる家族たちもちょろっと。彼らがいきなり遭遇した異変の正体とは……。
白川鉄鋼が、役場に攻撃をかけさせたことを覚えていますか?
時は少しさかのぼり、白川鉄鋼がようやく内部の敵に気づいた頃……咲夜たちのいる役場にも新たな者がたどり着いていた。
「ふぅ……ふぅ……やっと着いたぞぉ、大樹!」
「父さん、母さん!良かった!!」
緊張が解けてへたり込む両親に、勢いよく飛びつく大樹。ついに、大樹の両親が役場に着いたのだ。
「もう、俺はここにいるって放送したのに……無茶しやがって!
無事は分かったんだから、夜明けまで隠れてりゃ良かったじゃないか」
照れ隠し半分本音半分でそう言う大樹に、母親は泣きそうになって言い返す。
「バカ、そんな事できる訳ないでしょ!
こんな化け物だらけの中に、しかも無実の子供を放り出したのよ。すぐ行ってあげたくならない方がどうかしてるわ!」
「そうだぞ大樹!
神社では、本当にごめんよ……親なら、あんなことしちゃいけなかったな」
父親と母親は、神妙な顔で大樹に謝る。
「いいよ、もう……俺はちゃんと生きてるから」
大樹が許しても、両親はしんみりしたままだ。巫女の言葉と他の村人たちの圧力があったとはいえ、命の危険に晒してしまった我が子を前に自責が止まらないのだろう。
すると、そこに宗平がお茶を出しながら声をかける。
「大樹君の言う通りですよ、許してもらえたならそれでいいとしましょう。
私だって、一人娘の咲夜をあんな目に遭わせてしまって……お宅はまだ康樹君も守らないといけなかった訳ですし。
何より、あの時あの場で清美さんを否定するのは困難でした」
「ええ、本当にそうです。
今は悪いことは清美さんのせいにして、再会を喜びましょう」
美香も、汗を拭くタオルを差し出しながら言った。
そう言ってもらうと、大樹の両親もようやく表情を緩めて、受け取った茶を飲み干す。それから、二人で大樹をひしと抱きしめた。
清美の悪意で引き離された親子が、また一つ元に戻った瞬間だった。
しかし、未だ戻らない家族もいる。
浩太は、再会を喜び合う大樹と両親を寂しそうに見つめていた。
そう、浩太の両親と兄は未だにどこで何をしているか分からないのだ。家にも何度か電話したが、誰も出なかった。
それに気づいた咲夜が、大樹の両親に尋ねる。
「逃げてくる途中に、浩太の家族に会いませんでしたか?」
大樹の両親は、揃って首を横に振った。
「見てないし、それらしい声も聞いてないなあ。
でも、僕たちだって死霊に見つからないように、静かに隠れながら動いていたんだ。向こうもそうなら、近くにいても分からないよ」
もっともな意見である。
スピーカーから歌を流して死霊を引き付けているとはいえ、不用意に姿を見せたり声を立てたりすれば襲われる。
それを防ぐために行動していれば、お互い近くに居ても気づかないことは自然だ。
沈痛な顔になる浩太を励ますように、咲夜が言う。
「でも、それは浩太の家族も慎重に行動してる証拠かもしれないし。
それに大樹が言ったみたいに、浩太の居場所が分かったから夜明けまで隠れてるのかも。むしろその方が……」
しかし、浩太はそう思っていないようだった。
「そうだといいんだけどね……」
とはいえ、今ここにいる者たちが浩太の家族にできる事は、歌を流して死霊の気を引きながら待つことくらいだった。
浩太の兄と両親も、役場に向かってはいた。ただ、両親が疲れているのと兄の亮が通りづらい近道を選ぶせいで、移動がひどく遅くなっていた。
それでも、もうすぐ役場が見えるというところまで来ていたのだが……。
「ついて来るならもっと速く歩いてよ!浩太がどんな……ん!?」
両親を叱りつけていた亮は、ふと異変を感じて辺りを見回した。
ガシャンという何かが壊れるような音とともに、大音量で流れていた歌が止まったのだ。そして、別の大音量の歌が近づいてきた。
その頃、一人で留守番をしていた康樹も異変を感じた。
康樹は三度目の放送の後スピーカーが死霊を引き付けてくれると、ヘッドセットをつけて周りの音を遮断しまたゲームを始めた。
しかし、そのヘッドセットごしにも不快極まりない爆音が響いてきたのだ。
「むううっ何でありますかこの音は!?」
思わずゲームを中断してヘッドセットを外すと、爆音のロックと歌謡曲が重なって聞こえた。しかも、爆音のロックはだんだん大きくなる。
「スピーカーだけではない……もう一つはカーステレオか?
それにしても、誰が何のために……?」
気にはなるが、こううるさくては窓を開けて見る気になれなかった。それに、不用意に姿を見せれば死霊に見つかるかもしれない。
耳を押さえて耐えていると、いきなり歌謡曲が止まって爆音のロックだけになった。そして次の瞬間、テレビとゲームが唐突に切れた。
「なっ……停電、だと……!?」
その大樹の家の近くに、見覚えのある車が止まっていた。
他でもない、ちょっと前に大量の死霊を住宅街まで誘導してきた車だ。爆音のロックはそこから流れていた。
その車の側で、スピーカーがガシャンと音を立てて地面に落ちる。
「よし、ここもやったぞ!」
「これでスピーカーはだいぶ潰したな。
後はこいつらを、役場に連れて行くだけだ!」
白川鉄鋼の作業服を着た男たちが、さっと車に乗り込む。
その後ろからは、大量の死霊が唸り声をあげてにじり寄ってきていた。この車から流れる爆音に引かれているのだ。
スピーカーから流れていた歌謡曲がなくなって、死霊たちの気を引くのはこの車が流す爆音だけになった。
車はその死霊たちについて来いと言わんばかりに、低速で走り出した。
もうお分かりであろう……この車は、竜也の指示で役場に死霊を誘導している、白川鉄鋼の元犯罪者たちである。
元犯罪者たちは多くの死霊を集めるべく、村のスピーカーを壊して回っていた。
一度車で近づいて死霊を車の方におびき寄せ、その間にあらかじめ降りていた者がスピーカーを破壊する。
こうすればスピーカーは沈黙し、そこにいた死霊はほとんど車について来る。
時間が限られているため、やり方はとんでもなく荒っぽい。
スピーカーを落とすだけならず、それがやりにくい場所では近くにある電線やコードを切りまくっている。
おかげで近隣が停電を起こしているが、彼らは気にしない。
「大丈夫さ、こんなもの社長がもみ消してくれる。
何なら、全部死霊のせいにしちまえばいい」
「全くだ。そもそも、この状況で外に出て見ようなんて奴はいねえよ。目撃者さえなきゃ、どうにでもなる。
ついでに村の若頭を葬っちまえば、村で社長に逆らえる奴なんかいねえ!」
手段を選んでなどいられない。元犯罪者たちも後がないのだ。
竜也が負けて白川鉄鋼が倒れれば、自分たちの生活の場も糧もなくなる。おまけに、これまで竜也の指示でやってきた数々の悪事が明るみに出てしまう。
どうあっても、負けられない。
勝てば天国負ければ地獄だ。人生を賭けた戦いだ。
「それに……勝てばあの楓って女をモノにできる!」
「ああ、社長が約束したなら間違いねえ。
この村の奴らにゃ災難だが……あいつらは、俺たちが住み着くことを嫌がってた。人の人生を切り捨てようとする奴らは、同じ目に遭ってもしゃーねえ!」
元犯罪者たちは口々に言い訳をし己を正当化しながら、役場に向かう。
これまでさんざん悪い事をして人から嫌われ疎まれてきたから、こんなのはもう慣れっこだ。
車に積んだスピーカーから垂れ流す爆音のロックで余計な思考と感情を流し、車は川のような死霊の流れと共に役場に迫った。




