210.受け継がれる恨み
楓さんと司良木親子、隠された因縁が明かされる!
楓さんが強いのは、こういう血筋もあってのことです。
世代を超えたリベンジマッチ……になるかと思いきや……。
次回から、話が咲夜たちの方に移ります。
残忍な笑みを浮かべ、一人で槍を構えるクメ。
竜也は、内心舌打ちした。
(くそっ……あの猛に弾を二発も使ってしまったというのに……これ以上使ったら、ひな菊を守る分がなくなってしまう!
それにこの女は、大人しく撃たれてくれないだろう。
たった一人でも厄介だ……どうするか)
相手はクメ一人とはいえ、残りの弾だけで勝負をつけられるとは思えない。そして、もし弾が尽きたらそれこそ竜也は終わりだ。
まだ逃げずにいる社員と村人たちも、銃に希望と恐怖の両方を抱いてここにいるのだ。それが使えないと分かれば、一気に味方はいなくなる。
ただでさえさっきの石田の放送で、内心竜也を疑っている者が多いのに……。
それもあって、もういくら竜也が報酬をちらつかせても、体を張ってわざわざ危ない役を引き受けてくれる者がいない。
いや、一人だけ……。
楓が、竜也をかばうようにクメの前に出て、すっと棒を構えた。
「社長さんは、ここにいるみんなは殺させないわ!
這いつくばるのはあんたの方よ!」
楓は、刺し殺すような眼差しをクメに向け、啖呵を切る。唯一自分を守ってくれそうな人を、何としても守るつもりだ。
いや、それだけではない。
楓の目には、まるで親の仇を見たような憎悪が燃え上がっている。
「司良木クメ……最初は分からなかったけど、あんたがそうだったんだ。
だったら、さっき倒した時にもっと徹底的に……バラバラにして別の場所に打ち付けるくらいすれば良かった。
あたしは、あんたを絶対許さない!
これ以上、あんたにあたしたちを傷つけさせはしないわ!!」
いきなり許さないと言われて、クメは訝しそうな顔をした。
「フゥん……おまエに、特別何カした覚エは……なインだけど?」
それを聞いて、楓は鬼のような形相で吼えた。
「うっさい!!あんたはしたのよ……あたしたちの一族に……正確には、あたしのばあちゃんに!
あたしの旧姓は田辺……田辺カツミって覚えてない?いや、ばあちゃんの旧姓だから……橘、橘カツミだよ!」
その名を耳にした途端、司良木親子の顔色が変わった。
クメは噛みつきそうに怒りに顔を歪め、クルミはあっけに取られて呟く。
「カツミ……カツミちゃん!?お母さんノ一番弟子で、アノ夜私を殺そウトして……襲いカカッてきた……あの?
あ、あナタ……カツミちゃんの、オ孫さんナノ!?」
その言葉で、周りで見ていた者たちも悟った。
楓は、司良木製糸に勤めていてこの村の男と結婚した、クルミの愚行に怒り狂って襲い掛かりクメに返り討ちにされた女工の孫なのだ。
楓は、積年の恨みを絞り出すように告げる。
「ばあちゃんはあんたに足を折られて、一度は被害者として村で受け入れられた。でもね、それをクメ、あんたが台無しにしたのよ!
司良木とつながってる奴がいつまた災厄を起こすかって、ばあちゃんもその家族もみんな村から疑われるようになって……。
おまけに軍人たちが村の不満をそらすために、ばあちゃんたちを槍玉に上げたって……!」
楓の口からは、クルミとクメが起こした災厄のせいで苦しい暮らしを余儀なくされた元女工の嘆きが語られる。
「……そのせいで、父さんは戦争が終わって男不足になってもしばらく結婚できなくて。村にいると母さんとあたしに迷惑だからって、年甲斐もなくキツい出稼ぎに行って病気で死んじゃって……。
母さんもこの村にいたくなくて、あたしが結婚したら村を出ちゃって……。
おかげで猛がこんなだって気づいても、戻れる場所なんてなかった!
若い人があたしを助けようとしても、年寄り共がそれを止めるのよ!あいつにゃお似合いだ、あいつに甘い汁を与えるなって……!」
楓の人生の苦しみは、猛のせいだけではない。
元女工である祖母の代から続く、司良木親子が起こした災厄に端を発する、謂れなき村での冷遇があったのだ。
その全てを叩きつけるように、楓はクメに牙をむいた。
「ばあちゃんの恨み、父さんの恨み、あたしの恨み……あんただけは、絶対に許さないから!!」
それに真っ先に声を上げたのは、意外にもクルミだった。
「エえっ……何よソレ、ひどイ……あなたハ悪くナイのに、ナンで??」
話を聞いて、どうやら楓の不幸の原因が自分たちだということは分かったらしい。しかし、どうしてそうなるのか理由が分からず困惑している。
そんな愚かなクルミを、竜也が呆れながら諭す。
「あのね、失敗というのは被害によっては、謝るだけじゃ取り戻せないんだよ。
そしてそれだけの被害が出たら、その原因と関係の深いものを憎み避けるのは危機管理上当然の感情だ。
楓くんとおばあさんが冷遇されたのは、君たちがその引き金を引いたからさ」
「わ、私のセイで……関係ナイ人まで、あ……あんな、ニ……?」
クルミは、恐怖に顔を歪めてがたがたと震えていた。
今さらながら自分がやってしまった事がどんな不幸を生み出したか分かって、その大きさと根深さに恐ろしくなったのだ。
自分が取り戻せると信じて罪なんか跳ね除けてやると意気込んでいたことで、まさか世代を超えても被害者が出続けていたなんて。
「分かったかい、失敗の被害ってのは簡単に取り戻せるものばかりじゃないって。
だから、それを知っている大人の言うことは聞かないと大変なことになるのに、いくら言われても君は聞きやしなかった。
その結果が、これだよ。
君と君にそれを教えなかったお母さんは、ここまでに相応の罰を受けるんだ!」
竜也にそう突きつけられると、クルミは完全に戦意喪失してしまった。代わりに、クメが娘を傷つけられたと激しく逆恨みして竜也たちをにらみつける。
「いいわ、やってやろうじゃない。
あたしたち三代の恨み、思い知れぇ!!」
そうして楓とクメが激突しようとした時……。
ピンポンパンポーン、と、防災放送が鳴り響いた。
はたとお互い動きを止め、しばらくその放送に聞き入った後……。
「何よ、これ?」
楓の恨みの詰まった視線は、竜也に向いていた。




