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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
209/320

209.止まらぬ鬼母

 猛のことで決着がついても、司良木親子が去る訳ではありません。

 しかし、積極的に攻撃してこない司良木親子に竜也は交渉の余地を見出します。

 何かを待っているような態度、そして待っているであろうものをこちらが潰せば……竜也だってこれ以上戦いたくないんです。


 しかし、クメの復讐心は止まりません。

 たとえ、大切な娘がそれを望んでいなくても……。

 陽介を完全に支配下に置くと、竜也は司良木親子の方に向き直った。

 司良木親子は猛の亡骸を貪っていたが、竜也が来たのを見ると食べるのをやめて立ち上がり、少し後ずさって距離を取った。

「さすがに、撃たれるのは怖いか」

 銃の威力を恐れて数の不利を悟っているのか、どうもこちらから少数で向かわなければ攻撃してくる様子がない。

(このまま社員たちを連れて別の場所に避難できればいいが……敵がこいつらだけではないのが痛いな。

 こいつらも、自分たちだけでは勝てないとみての援軍待ちか)

 司良木親子とにらみ合いながら、竜也は考える。

 司良木親子は出会った当初はすぐにでも食い殺しに来たのかと思ったが、どうもそうではないと分かってきた。

 自分たちに向かってくる者の相手はするが、積極的に他の者に手を出そうとしない。

 よく見れば、限られた戦闘員を削りつつ何かを待っているような……。

 その心当たりもある。斥候に出した楓たちを襲った、もう一人の大罪人と既に襲われた社員たちのなれ果てだ。

 そいつらが来るのを待って、挟み撃ちにしようとしているのか。

 もしくは、野菊の復活を待っているのか。

 竜也は、チラリと時計に目をやる。

(夜明けまで、あと一時間ちょっと……今から野菊の復活は見込めん)

 野菊の頭はさっき再度潰したから、もう夜明けまでに野菊が復活することはない。ならば、こちらも勝機は十分ある。

「おまえたち、玄関と他のドアを閉めて鍵をかけろ!」

 竜也は一瞬の判断で社員たちに指示を飛ばす。

 ホールへの他の侵入路を断ってしまえば、司良木親子以外の脅威は大幅に減る。野菊さえいなければ、神通力を使われる心配はないのだから。

 竜也は、銃を向けたまま楓の隣に立ち司良木親子に声をかけた。

「さて、そのゴミで腹は満たされたかな?

 それは食いたいなら持ち去っても構わんから、ここらで退いてはどうかね?」

 さっきは向こうから交渉を持ち掛けてきたが、ならこちらからの交渉も可能かもしれない。少なくともこの親子には、人の意識がある。

 不利が分かっているなら、適当なエサを与えれば下がるかもしれない。

 野菊が行動できない以上、禁忌を破った者に黄泉の呪いをかけることはもうできないのだから。

 しかし、クメは残忍な笑みを浮かべて答えた。

「それは、できないネェ……だッテ、こんナニ仇がいるノよ。

 私ハねぇ、村の奴ラに復讐スルために、黄泉から戻ッタの。

 憎き村の子孫ドモ、一人でも多ク道連れにシテやるわァ!」

 その返答に、竜也は落胆しつつぼやいた。

「なるほど……君は、死んでも人の話を聞かないのか」

 だが、清美の話を聞いた後ではさもありなんといったところだ。この女の身勝手な復讐心は、死んでも変わらないらしい。

 だが、それを止めようとする者がいた。

「ダメよ、お母さン……そんなコトしたラ!

 元々、私が悪カッタの……だから……こんナノ、いい事デモ何でもナイ!あんナニ、迷惑をカケてしまッタんだから、これ以上ハ……」

 クメの袖にすがったのは、なんと娘のクルミだ。

 どうもクルミは、野菊の命令がなければ無関係の人を殺したくないらしい。そして、自分のやってしまったことを悪いと認めている。

 清美の話によると、それもうなずける。クルミは独善で暴走して悲劇を起こしただけで、基本的に人を害そうと考えていないのだ。

 父や野菊に一応謝ったように、悪かったとは思っている。

 ただその重大さが死ぬまで理解できず、被害を軽視していると見られてしまっただけ。根は悪い子ではない。

 そんなクルミにとって、意識がある以上無駄に人を殺すのは嫌だった。


 しかし次の瞬間、バシッと鈍い音と共にクルミはよろめいた。

「えっ……お母サン……?」

 クルミは、信じられない顔で母の顔を見る。クメは平手を振り抜いた姿勢でこちらも信じられない顔をしていた。

 次の瞬間、クメはクルミの方を掴んで揺さぶる。

「しっかりシなさイ……クルミ!

 あんタハ、悪くナンカないの!アンな奴らノ話……聞かナクてイイの!

 そレトも、まだ惑わサレているの!?正気に……戻ッテ!

 あんタハ、いつも元気で明るクテ……やりタイようにヤッて、笑ッテいれバイイの!可愛いあんタヲ、悪者ニナンか……させナイ!」

 なんとクメは、クルミが自らを悪いと認めることを許さないのだ。

 なぜなら、クメにとってクルミは幸せな自分だから。自身はどんな尻拭いをしても、娘という分身が笑顔を失うのが耐えられない。

 クメの復讐の原点は、そこにある。

 そしてクルミは死ぬまでおおむね、クメの期待通りでいて、そのうえクメを否定して反発したことがなかった。

 だからクメは、娘が自分と違う意見を持つことさえ認められないのだ。

 クメはとても心配そうな顔で、クルミの肩をさする。

「大丈夫よ、しッカリ自分を持ッテ!

 あンたを悲しまセル奴は、ミンな母さんが払ッテあゲる。見てらっしゃイ……すぐ、改めサセてあんタニ謝らセテあげるカら!」

「え……えエッ!?」

 あからさまにうろたえるクルミを座らせて、クメは村人たちに吼えた。

「さっさと……謝りナサいよォッ!!

 さもなイト、もう二度とシャベれなくしてアゲるわァ!!」


 この暴挙には、竜也も清美も村人も社員も開いた口が塞がらなかった。

 人の意識があってしゃべれても、話が通じるとは限らない。元の仇と同じ側の自分たちならまだしも、娘に対してすらこれでは……。

 会社側が最強戦力を失っても、司良木親子が人の意識を取り戻していても、戦いを避けて通れそうにはなかった。

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