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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
206/320

206.親評定

 陽介と猛と楓、取り返しのつかない決裂とそれぞれの親としての評価です。

 司良木親子との対比も添えて。


 陽介がピンチになると他の誰かに責任を求めて変に抗ってしまうのは、もう本能のようなものです。そして、自分の考えに都合のいいところを敵の中に探し出してしまうところもまた。

 しかし、これに関しては司良木親子の方がまだましだった。

 陽介の両親それぞれの司良木親子との共通点と相違点があぶり出されます。

 その瞬間、村人たちがしーんとなった。まるで世界そのものが死んでしまったように、一切の声と音が失われる。

 そこにかすかに空気が震えるような音が聞こえ始め、だんだんと波が寄せるように大きくなり、恨みの塊のような大音量に変わっていく。

「ふうううぅあああぁいぎいえええ!!!」

 そのあまりの禍々しい声に、陽介は思わず耳を押さえて身を縮めた。

 だが、その手を突き抜けて銃声が耳に刺さる。


 ズダーン 「ぐふっ!?」


 鈍い悲鳴は、すぐ側から聞こえた。見れば、父の猛が驚愕に目を見開いて胸を押さえ、ぐらりと傾いて膝をつくところだった。

 その手の下からシャツに広がる、真っ赤な血の色。

 猛が信じられない顔で咳き込むと、口の端から血が垂れた。

「……父ちゃん?」

 陽介は、何が起こったのか分からなかった。

 だって、自分たちの敵は目の前にいて少し離れた位置から動いていない。それ以前に、あいつらは飛び道具なんか持っていない。

 銃を持っているのは、この場に竜也社長ただ一人。

 自分たちを守ってくれる味方なんだから、父を撃つはずがないのに……。


 だが、そう思って振り返った陽介は信じられないものを見た。

 竜也社長が、怒りの形相でこちらに銃口を向けていた。その銃口からは、ゆらゆらと白煙が立ち上っている。

 そしてその隣には、いつの間にか母の楓がいた。

 その母の顔は、今まで見たことがないくらい、もはや人間とも思えないほどに怒りと恨みに満ちて歪んでいた。

 人を食い殺すためだけにあるような歯をむいた口から、溶岩のように煮えたぎる粘っこい声が漏れる。

「よぉすげええぇ……よぐもぉおおああぁ!!」


 その恐ろしい圧が自分に向いていると分かった途端、陽介は全身がすくんだ。

「ひっ!!」

 原因は分かっている。つい今しがた言った母はいらないという言葉を、いつの間にか戻って来ていた楓に聞かれたんだ。

 そりゃ怒るだろう。目の前で言われたら。

 思わず反省しそうになったが、陽介はぐっと踏みとどまる。

(……い、今さら聞かれたからって何だよ!

 決めたんだ、母ちゃんから離れて悪い流れを断ち切るって!俺は勉強漬けの役立たずにされたりしない、あの死んだねーちゃんみたいには……)

 反面教師に心を支えてもらうように、司良木親子の方をチラリと振り返る。

 クルミはなぜかとても痛ましい顔をして口を押さえ、クメは呆れたように冷え切った目でこちらを見ていた。

(悔しがってる、これでいいんだ!

 母ちゃんだって、俺が言うこと聞かねーから怒るのなんていつものことだ!

 それも、離れちまえばもうお終いだ!!)

 陽介は必死に、自分の選択が間違っていないと思える要素を探して、結びつける。敵が嫌そうにしているから、これでいんだと。


 だが、そんな陽介の目を覚ます別の声がかかった。

「全く、君の害悪もここまでとは……本当に見誤っていたよ。

 君は、もっと早くこうすべきだった」

 それは、一番頼れる味方であるはずの竜也社長の声だった。竜也はなぜか、楓を労わるように肩を抱いていた。

(あれ、何でだ……?

 社長は俺たちの味方のはずなのに、何でそっち……?)

 そこで、恐ろしい事に気づいた。

 父の猛は、銃声がして血を流している。この場で他人をそうできるのはたった一人。銃を持っている竜也社長だけ。

 そこに考えが至った途端、陽介は世界がぐちゃぐちゃに回転するような目まいに襲われた。


 竜也は楓を伴って、一歩一歩猛に近づいていく。その銃口は、揺るがぬ殺意をもってまっすぐ猛の顔に向いていた。

「よくも、ここまで悪い方向に子を引きずるな。

 せっかく私が、丸く収めようと力を尽くしたものを!」

 楓もさることながら、竜也もまた猛に耐えがたい怒りを覚えていた。

 せっかく楓と陽介を猛から切り離して、自分の言う通りになる低リスクの償いマシンを手に入れたと思っていたのに。

 まさかのタイミングで、陽介と楓に取り返しがつかないほどひどくひびを入れてくれた。

 陽介には、母と共に卑屈に生きていてもらわないと困るのに。

 そして理解した。言葉でどうにかするフェーズは、もう終わったのだと。

 だから迷わず撃った。せめて楓の信用だけでも強力につないでおくために。猛に、これ以上悪いことをさせないために。

 そして、陽介にどちらについていくべきか明確に分からせるために。

「がっ……はっ……し、社長、何で!?

 お、俺より戦える奴なんざ……ぐぶっ……他に、代わりは……!」

 信じられない顔で命乞いをする猛に、竜也は冷たく言い放つ。

「ああ、他にいないな……これほど悪い方にばかり事態を持っていく奴は。

 君、自分で気づかないのかね?君のせいでどれだけの社員や村人が命を落とした?君が他の社員や楓くんを不当に押さえつけたせいで。

 明らかにね、戦功より被害の方が多いんだよ。

 だからもう、君はいらない……この世から解雇しよう」

 それを聞いて、猛は愕然とした。

 その隣で変に抗おうとしていた、陽介も。

 竜也はむしろ陽介に言い聞かせるように、とうとうと語りながら進む。

「君、ずいぶんと勉強とお母さんが嫌いなようだね。でも私に言わせれば、それは人生において五本の指に入る大切なものだ。

 その証拠に見たまえ、お父さんを。

 生きるのに必要なことを学ばず力で押し通してばかりいたせいで、人の言うことを聞かず他人に迷惑をかけ続け、人殺しになって今処刑されようとしている。

 これこそ、そこにいるクメと全く同じだと思わんかね?」


 その言葉は、陽介を雷のように打った。

(え?え?母ちゃんより……父ちゃんが悪い?

 だから社長が母ちゃんの側にいて、父ちゃんを撃った?)

 陽介にとっては今日何度目か分からない、天地がひっくり返るような感覚。自分の見ている世界が、いとも簡単にひっくり返される。

 というか、もうひっくり返りすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。何が本当なのか分からなくて、自分の感覚すらおぼつかなくなる。

 それでも勉強が嫌いだという感覚だけは本物だから、それにすがって従ったが……。

 その結果が、これだ。

 だが確かに思い返してみれば、竜也社長の言うことは筋が通っている。

 父は力だけに驕って人の言うことを全く聞かず、何度も事態を悪化させた。家での暴力だって、ほとんどは父から母へだ。

 この辺りは、クルミを失ってからのクメにそっくりじゃないか。

 自分がこいつの言うことに甘えて生きてきた結果、大罪を犯すことになったのも。母ではなく、父を手本に、陽介は今日まで生きてきたのだ。

 クルミがクメに過保護にされた結果、暴走癖を増長させてしまったように。

 それに気づくと、今までたくましく思っていた父が悪魔のように見えた。


 さらにそこで、クメが反論する。

「同ジだと……そんナ訳ないでショう!

 私ハ、いつも娘を……きちント支えて守ってキました!こんな、都合のイイ時だけ誑かスような、何もシない男トハ違いマス!!」

 すると、竜也はこれにうなずいた。

「そうだな。失礼だった、訂正しよう。

 親としてやるべきことをやっていたという点では、君の方がこの男よりよほどましだ。

 君は内心君のためとはいえ、きちんと家事をして教育して娘を身を挺して守ろうとした。子にだけ戦わせて己の保身のみを考えるような、こいつとは違う」

 あろうことか、猛の親としての評価は底が抜けてクメ未満になってしまった。

 そしてそれは、この場のほぼ全員の共通認識であった。

 陽介と猛本人だけが、どうしてこうなってしまったのかと空っぽの頭をひねってとっくに出ている答えを探していた。

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