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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
202/320

202.ふさわしい罰

 ゾンビの定番、死んでゾンビ化した身内と戦うことになる。

 いや、戦えればまだいい。本当に怖いのは、愛する者を信じたいがゆえに戦えなくなることです。

 クメはクルミと同じように、都合よく思い込む性質があります。そんな奴が身内が歩み寄ってくるのを前にしたら、どうなるか……だいたい想像通り。


 現実が見えていない一人舞台の弱点です。

 あまりにも残酷な母子の再会に、村人たちも軍人たちもさすがに息をのんだ。

 クメはクルミの仇を取ろうとここに来たのに、こんな形で敵となった娘と対峙することになるとは。

 クメは必死でクルミの名を呼び、クルミもそれに応えるように吠える。

 二人の距離は、だんだんと縮まっていく。

 野菊は、冷たい目をしてクメに声をかける。

「ほら、そんなに大事なら抱きしめてあげたら?

 この子今、ものすごく飢えて苦しいのよ。それはもう、どんな人間も食べ物にしか思えないくらい。

 娘が何しても許せるなら、あなたがかじられたって許せるわよね?」

 これは、おぞましい問いだ。

 クメはクルミが村人を何十人殺しても、その罪を無視してクルミをかばおうとした。そこまで娘を思うなら、自分が食われてみろと。

 おまえが無視した人の痛みを、身をもって味わえ。

 それが嫌ならおまえが村人たちを憎む資格はない。自分が拒むことを人に押し付けるのは、ただの身勝手だから。

 それを聞いて、クメの顔が引きつった。

 だが、それでもクメはぐっと口を引き結んで、クルミの方に向き直る。

「私は……ハァッ……娘を、そんな風に育てていません!

 娘は……ゲホッゲホッ……あんたの、思い通りに……なったりしない!」

 その言葉に、野菊と村人たちは呆れ果てた。

 クメのこの都合のいい思い込みは、まさに禁忌を破った時のクルミにそっくりだ。クルミもまた、最期まで都合のいい持論を振りかざしていた。

「そう……なら、あなたも娘と同じように持論に殉じるといいわ。

 その方が、私が戦うよりあなたにふさわしいかもね」

 クルミはじりじりと、クメに歩み寄る。目の前の生きた肉の塊に両手を伸ばし、大きく開いた口からだらだらと涎をこぼして。

 そのよろめく体が、クメの腕の中に飛び込んだ。


「ぐっ……つううっ!!」

 クルミに抱き着かれた勢いと痛みで、クメは思わず悲鳴を上げて一緒に倒れ込む。それでも、クルミを抱きとめた腕は緩めない。

「うっ……うっ……クルミ!かわいそうに……ケフッ……こんなになって!

 大丈夫よ、お母さんが守ってあげる」

 クメの目からこぼれた温かい涙が、クルミの冷たい肌を濡らす。触れ合った肌から伝わるクルミの体温が、死の実感となってクメの胸を打つ。

 クメは、もう離さぬというようにクルミを抱きしめていた。

 死んでいたっていい、大切な娘はここにいる。ちゃんとこの手に取り戻せたのだから、これからも一緒にいられる。

 動いているんだから、きちんと自分に抱き着いてきたんだから、この子はちゃんと自分を分かっているじゃないか。

 野菊のような化け物の脅しになんか、乗らない。

 自分は見事、試練を乗り越えて娘を取り戻したんだ。


 愚かにも、そう思い込んでいた。


 しかし、現実はすぐに牙をむく。

 クメの胸に顔をうずめて頬をすり寄せていたクルミが、ゆっくりと顔を上げた。その口元は、べっとりと血で汚れている。

 甘えていた訳ではない。胸の傷から着物にしみ込んだ血をすすっていたのだ。

 だが、それっぽっちの血で腹は満たせない。もっともっとうまみに満ちて歯ごたえのある、腹にたまるものでないと。

 クルミは、白く濁った目でクメの首元を見つめた。

「クルミ……?」

 クルミの冷たい手が、クメの襟首にかかる。そして、そのまま着物の合わせを力任せに開いた。

「な、何……ゼィッ……クルミ、やめなさ……」

 それでも抵抗しないクメの白い肌めがけて、クルミが大口を開けた。むわっと濃厚な腐臭が、クメを咳き込ませさらに血を流させる。

 鮮血にデコレーションされた艶やかな肌に、クルミの歯が食い込んだ。


「ああっ……痛っ……やめて、クル……ひいいぃ!!」

 死んだ娘に覆いかぶさられた、鬼女の体が跳ねる。何が起こったかはすぐに分かって、村人たちはたまらず目をそむけた。

 クメは今、黄泉の尖兵となったクルミの牙を身に受けた。

 このまま食い殺されるにしろ何とかこの場を逃れるにしろ、呪いを受けてしまった以上はもう助からない。

 クメももうすぐ、クルミと同じになるのだろう。

 そして娘と同じように、独善的な思い込みで人を傷つけた罰を受ける。

 黄泉の呪いに意識を塗りつぶされ、お互いが誰であったかも分からなくなり、隣にいてももう慈しみあうことはできず……。

 歪んでいたとはいえ強く愛し合った母子には、この上なく残酷な罰。

 村人の中で子供がいる者は、母子が何をしでかしたか分かってなお、こみ上げてくる涙を止められなかった。


 しかし、野菊はそんな村人たちに頭を下げて謝った。

「ごめんなさい……今夜もまた、村の者が犠牲になってしまったわ!

 私もこんなことにはなってほしくなかったのだけど、黄泉の神様が決めた制約はとっても意地悪なのよ」

 そう言う野菊の隣に、一人の死霊が歩み寄る。

 そいつが顔を上げると、村人たちはぎょっとした。

「私は死霊の最後の一人が地上に出るまで、地上に出て死霊たちを操ることができないの。

 だから、黄泉の口のすぐ側にいたこの人だけは、間に合わなかった!」

 ボロボロに破れた着物をかろうじて縛り止めている、たすき。もう二度と災厄を起こすまいと、村人たちの決意の象徴。

「嘘だ、そんな……あいつは、自警団の……!」

 残念ながら、クメの思惑を完全に防げた訳ではなかった。

 住宅の近くで怪我をして倒れた者は、軍人たちと無事な村人たちにより助けられた。しかし最後まで塚を守っていた一人は、助からなかった。

 村人たちの守りたい意志は、踏みにじられた。

 村人たちにあったわずかな哀れみの心は、怒りに塗りつぶされていった。

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