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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
201/320

201.残酷な再会

 手負いのクメの前に、ついに野菊が現れます。

 大切な娘を消し去られた怒りをぶつけようとするクメですが……大罪を犯した人は、どうなっていましたか?


 また会えるのが幸せとは限らない。

「うっ……くっ……この臭いは!」

 クメは、薙刀にすがりつくようにして振り返る。

 忘れもしない、クルミが殺された夜と同じ真っ赤な月の光。その中を神社に向かって進んでくる、この世のものならぬ軍勢。

 強烈な恨みと共に記憶に焼き付いている、胸にくる腐臭。

 先頭を歩く者がかぶる金箔のはがれた冠が、月の光を受けて鈍く光る。

 そいつは、クメの姿を認めると忌々し気に顔を歪めた。

「久しぶりね……ずいぶんひどい事になっているけど、あなたにはまだ足りないかしら?」

「おのれ、野菊……ガホッゲホッ!」

 娘の名を叫んだクメは、肺から咳き上げてきた血にむせる。戦いたいのに……戦わなくてはいけないのに、体は動いてくれそうにない。

 クルミを殺した相手が、目の前にいるのに。

 そんなクメの事情など意に介さず、野菊は断罪する。

「娘がやったことの重大さも分からず、よくも身勝手にここまでやれるわね。

 そのうえ、哀れな死霊たちの呪いを村人を傷つける武器として使おうとして……その性根、巫女としても黄泉の将としても許しがたい!

 あなたも娘と同じように、ここで終わらせてあげる!!」

 野菊は苦しい息を漏らすクメに、怒りの表情で宝剣を向けた。


 その光景を、喜兵衛たちは息を飲んで見ていた。

「いやはや、本当にこんなものがいるとは。

 いくら世の中が進んでも、人知の及ばぬことはあるのだな」

 喜兵衛は畏怖と好奇心の混じった目で、死者の軍勢を眺めていた。宗次郎から聞いて一応信じてはいたが、こうして目の当たりにすると胸にくるものがある。

「見た所、無差別に害をなす感じではないが……お手並み拝見といこうか」

 銃を手にしたまま、喜兵衛は油断なく呟く。

 既に配下の軍人たちは、結界があるという神社の仲間で下がらせている。しかし万が一を考えて、射撃準備の体制は維持させている。

 現れた異形の危険を見極めようとするように、喜兵衛は鬼女と死霊の巫女のやりとりに耳をそばだてた。


「お、のれ……よくも……よくも娘を!

 グプッ……ベッ……!あの子を、返せえぇ!!」

 しゃべるたびに血を咳き上げながらも、クメは野菊に烈火の如き怒りを向ける。

 こいつさえいなければ、黄泉の呪いなんてものがなければ、クルミがやらかすことはなく恨みを狩って死ぬこともなかった。

 クメにとっては、こいつこそが自分と娘に降りかかった災いの元凶に見えた。

 クルミが人の言うことを聞かなかったとか、そんなことはどうでもいい。取り返しのつかない被害を出す装置があるのが悪いのだ。

 それに、クルミを直接手にかけたのはこいつだ。

 こいつさえいなければ、クルミはあの夜を生き残ってやり直せていたかもしれない。

 そう思うと、傷の痛み以上に腸が煮えくり返る思いだ。

「ハァッ……あの子は、私の全て……私の未来……。

 それを、よくもこの世から消し去って……!」

 こいつのせいで、自分が何よりも大切にしていた自由で幸せな自分が失われてしまった。分身だけでなく、自身の家庭も壊れてしまった。

 だったらこいつも、お返しに壊してこの世から消し去ってしまわないと気が済まない。

 クメはクルミと同じく、思い込んで心を燃やすとものすごいアドレナリンが出ていくらでも突っ走れる体質だった。

 怒りによるアドレナリンが、クメの体を縛る痛みを薄れさせる。

 呼吸すらままならぬ体に、一時的に力をあふれさせる。

 クメはしっかりと自分の足で立ち、薙刀を握りしめて野菊に向け構えた。

「おお、まだあれほどやれるか……!」

 喜兵衛と軍人たちから、感嘆の声が漏れる。あれほどの気力があるなら、別のことに使えばどれほどのことを成し遂げられたか。

 だが、今クメの心を燃やすのは復讐のみ。

 このまま、鬼となった母と死霊の巫女の立ち回りが始まるかと思われたが……。


「何を言ってるの?

 あの子を……クルミをこの世から消し去るなんて、そんなことしてないわ」

 野菊は、あっさりとそう言い放った。その言葉にクメは目を見開き、村人たちの間に動揺が広がる。

「の、野菊様……それはどういう?」

 恐る恐る尋ねる宗次郎にも答えて、野菊は告げる。

「クルミは、この死霊たちと同じく永遠の飢えに囚われた黄泉の尖兵になったの。

 おまけに黄泉に対して罪を犯したから、殺しても死ねないのよ。この呪いある限り、永遠に飢え渇いて苦しみ続ける。

 消し去ってもらえた方が、まだ本人は楽だったかもね。

 ああ、でもお母さんはこっちの方が良かったかしら?」

 それは、とても残酷な刑罰だった。

 クルミはもう、解放してもらえない。黄泉の禁を侵した罰として、永遠に黄泉の呪いに縛られて飢えと渇きに苛まれる。

 人間の最期の救済である、死という終わりを奪われた。

 文字通り、終わりのない地獄。

「な、あっ……!」

 あまりな宣告にわなわなと震えるクメに、野菊は追い打ちをかけるように言う。

「クルミなら、今ここに来てるわよ。会いたいなら会うといいわ」

 野菊が死霊たちの方に視線を向けると、死霊の群れが割れて一本の道ができた。そこを足を引きずりながら歩いて来る、一人の影。


 獣が唸るような声を漏らしながら、手負いのように前かがみになって歩いて来る女。

 見覚えのある矢羽模様の着物に、足首まであるはかま。

 しかし快活だったその顔に今は全く生気がなく、輝いていた目は白く濁り、表情は意志を失ったようにうつろだ。

 それでも間違いなく。

 今この世ならざるモノとして歩み寄ってくるのは、間違いなくあの夜死んだクルミだった。


「あっ……そんな、嫌……クルミーッガハッグブブッ!!」

 クメの絶叫が、赤く染まった地に響いた。

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