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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
200/320

200.時代の力

 暴走鬼母VS近代軍人おじさん!

 クメは接近戦では強いが、この時代になってくると武器の性能がねえ……そして軍人に武士の決闘の美学なんてなかった。


 現代で、社長が猛を銃で脅せるのと一緒です。

 そしてクメはこの戦いと次の災厄で学んだ(分からせられた)ので銃を持った社長に近づかないんです。

 その瞬間、喜兵衛の口から呆れるような吐息が漏れた。

「ハッ……娘と同じで己の見える事考える事のみに固執するか。母子ともども、全くもって残念なことだ。

 おまえのそんな終わりを、娘が望む訳でもなかろうに」

 そう言われても、クメの狂気に固まった心はもう微塵も動かなかった。

「クルミが、私が仇に手を出せず生きることを望む?そんな訳ないでしょうに。

 だって、あんなに希望に満ちて行動しようとしていたのを潰されたのよ!それに、絶対負けないって最期にクルミは言ってたわ!

 だったら……私がここで折れちゃ、ダメよねえ」

 クメの脳裏には、クルミの最期の表情がこびりついていた。

 どうにもならぬ絶望に心を折られそうになり、それでも母の優しさをたった一つの希望として死んでいったクルミ。

 クルミの仇に屈することは、あの日のクルミを裏切ること。

 クメは、頑なにそう信じ込んでいた。

 クルミが自分をどれほど大切に思っていたか、そんなクルミが自分の死を望むかなど考えることもできない。

 だってクメの中で、クルミは自分だから。

 自分のやりたいことが、クルミの望むことだから。

 もはやクメの中で、クルミと自分の境界線はなくなっていた。

 自分がクルミを失ってこんなに悲しいから、逆ならクルミがそんな思いをするんだとか、そんな簡単なことすらも分からない。

 これが今の自分ができる一番クルミのためになる行動だと己に言い聞かせて、クメは喜兵衛に向かい薙刀を構えた。

「クルミは精一杯やって死んでいった。

 なら私も、死など恐れるものですか!

 何物にも折れぬ強い意志、本当の母の愛の強さというものを分からせてあげるわ!」

 しかしそう叫ぶクメの顔は、恨みに染まったただの鬼。本当に娘を思う愛情など、ありはしなかった。


 だが、そうして吼える鬼女を前にしても、喜兵衛は冷静だった。

「フン、分からせるか……それはこちらの台詞だな。

 そのような時代遅れの武器で我らに勝てると思うなど、所詮時代に取り残された落伍者の思想よ。

 新しいものを崇めたお嬢さんの方が、まだ救いがあるわい」

 喜兵衛は、そう言って冷徹に拳銃を構えた。

 クメの腕前は分からないが、まともにそれに付き合う気はない。

 相手はまともな話が通じないテロリストなのだから、こちらも相手の求めるものに付き合わずただ仕留めるのみ。

「さあ、あの女はああ言っているが……降伏する者は?」

 喜兵衛は一応軍人の作法に則って、手下たちにも声をかける。

 だが、それに応じる者はいない。

 手下の不良士族たちもクメと同じで、過ぎ去った時代にしがみついて動けない者ばかりだ。移り行く時代を見つめて生き方を変えることができていれば、今ここにはいない。

「さあ、あんたたち……最期のあだ花、咲かせてみな!!」

「うおおお!!」

 クメの号令で、手下たちは軍人たちに突撃する。

 しかし、軍人たちもまた非情だ。

「撃て!!」

 喜兵衛の号令で、軍人たちの銃が一斉に火を噴く。スドドドッと腹に響く銃声が響き、手下たちのどてっぱらに容赦なく鉛玉が撃ち込まれた。

 手下たちの刀や槍が軍人に届くことは、なかった。

 さっきの不意打ちで既に半減していた手下たちは、なす術もなく近代武器の前に倒れ伏した。


 ただ一人クメだけは、その第一射をかわした。

 撃たれる瞬間に手下の陰に入って盾にし、銃声がやんだ隙に一気に喜兵衛めがけて走る。

(フン、銃など所詮続けては振るえぬもの!それに短筒の精度など大したことはない、もう一発くらいなら当たったとて……)

 喜兵衛は、弾をこめるように銃を下げて手元を見ている。他の軍人たちも同じだ。

 その隙に一気に首を落とさんと、クメは喜兵衛に躍りかかった。


 だが、その銃口がいきなりクメの方を向いた。

 ズダーン ズダーン 「がっ!?」

 二回連続で響いた銃声と、腹に焼けつくような痛み。クメは反射的に横に跳びかけた勢いのまま、転がった。

 それでもせめて狙い撃ちにされないよう、歯を食いしばって立ち上がる。

「ほう、まだ立つか……大した気迫だな、ご婦人」

 喜兵衛は、まだ銃口をクメに向けている。

 ズダーン ズダーン 「ぐっ!ううっ!!」

 また二回銃声が響き、今度は胸と下腹に激痛が広がる。急に喉の奥から何かがこみ上げて来て、クメは激しく咳き込んだ。

 手にかかったしぶきは、血の色をしていた。

 愕然として顔を上げるクメに、喜兵衛は小馬鹿にするような笑みで告げる。

「まさか今時、本職の軍人が単発式の銃しか持っていないとでも思ったのかね?

 残念、私が持っているのは六連発式のリボルバーだよ。ほら見えるか、まだ一発残っている。これが時代の進歩というものだよ!

 私の部下が銃を下げているのだって、弾込めのためじゃない。撃つ必要がないからだ。

 それに、こうすれば君が愚かな考えで寄ってくると思ってね……図星だったかい?」

 クメは、痛みだけでなく屈辱で体から火が噴き出しそうだった。

 喜兵衛の言う通りだ、クメは両親に教わって武術と共に覚えた時のまま、銃には単発式しかないと思い込んでいた。

 だが現実は知らぬうちに変わっていた。しかもそれを、敵に利用された。

 自分の思う通りにすれば絶対負けないと思っていたのに、何だこれは。

「くっ……ううう……こんな、所で……ゲホッ!

 か、仇とも……戦えずに……!!」

 クメは苦悶し血と脂汗を流しながら、それでも薙刀にしがみついて体を支える。もう勝つことなどできないのに、ただこいつらの前で倒れたくない意地で。

 そんな哀れなクメの前で、喜兵衛は銃を下げた。

「まあいい、せめて仇の手で逝かせてやるとしよう。

 君は、裁かれるべきだ……仇のお出ましだぞ!」

 喜兵衛の視線は、クメの後ろを見つめていた。

 クメの鼻を、嗅いだことのある腐臭がかすめた。

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