20.咲夜VSひな菊
ひな菊に一泡吹かせるための戦いが始まります。
咲夜たちのクラスには、ひな菊と咲夜それぞれに派閥ができていました。
今回、大樹は彼らをどう動かすつもりなのでしょうか。
やり返す内容なので、復讐のタグを追加しました。というか、江戸時代のできごとから復讐でした。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!!」
苛立ちを隠さずにそのままぶつけるような、甲高い声が教室に響く。
「んー……?」
咲夜が面倒くさそうに振り返ると、そこにはギラギラと光る目で咲夜をにらみつけるひな菊の姿があった。
いつもの可愛い子ぶりはどこへやら、怒り狂って般若のような顔になっている。咲夜が相手にしないようなそぶりを見せると、ひな菊はますます怒って食いついてきた。
「ふざけないでよ、誰もあんたがお姫様にふさわしいとか思ってないから!
白菊姫にふさわしいのは、あたしよ!!
訳分かんない演説はやめて、その役はあたしに譲りなさい!!」
これもまた、身勝手な要求だ。
しかし、思うつぼだ。
咲夜はひな菊の怒りをさらに煽るように、涼しい顔でぴしゃりと言い放った。
「ふーん、あんたのどこが白菊姫にふさわしいって?
白菊姫はたいそう美しいお姫様なのよ。あんたみたいに猿みたいな顔してキーキー怒ったりしないの。
あんたの今の顔、鏡で見せてあげようか?」
それを聞くと、ひな菊は目を白黒させて拳を握りしめた。
そして、火を吹くようにふうふうと息を荒げた後、無理やり深呼吸した。口元を不自然に上げて、眉間のしわをどうにかのばす。
取り繕ったような笑顔を作ると、今度はひな菊が演説を始めた。
「ごっめーん、ちょっと取り乱しちゃった。
あたしはこの通り、美しいわよ?
それにね、白菊姫はお姫様なの。あんたみたいな農家の娘が演じるのがふさわしいとでも思ってんの?それに比べてあたしは社長の娘、お姫様の役はお姫様がやるべきだわ!
あんたは家にふさわしく、農民でもやってなさいよ!!」
顔こそ取り繕っているものの、ひな菊は完全に頭に血が上っている。自分がお姫様の役を取ろうと、夢中になっている。
そろそろ潮時だろう……咲夜は、そっと肩の力を抜いた。
しばらく、二人のにらみ合いが続いた。
他の生とも先生も、一言も言葉を発することなく見守るしかなかった。
その静寂を破ったのは、咲夜の方だった。
「……あんたとは、話し合っても埒が明かないみたいね。
みんなも早く帰りたいだろうし、決めるのは次にしましょう」
周りで見ていたクラスの全員が、ホッと胸を撫で下ろした。
ひな菊もさすがに、この空気の中でこれ以上言い合う気にはなれなかったようだ。ホッと一息ついて、意地悪くこう言った。
「じゃあ、始業式の日に多数決で決めましょうか。
みんなに、どっちがふさわしいか決めてもらうの。
それなら文句ないでしょ?」
ひな菊は、ニヤニヤと薄笑いを浮かべていた。咲夜はそれを確認すると、不服そうな顔のままうなずいた。
「そうね……じゃあ、始業式に」
こうして言い争いが終わると、先生はすぐに別れのあいさつをした。
窓からはもう、他のクラスの子たちが帰っていくのが見える。学芸会の言い争いで、このクラス全員の帰りが遅くなったのは確かだ。
それも有意義な話し合いなどではなく、不毛な要求のぶつかり合いで。
先生もクラスメイトたちも、もうこれ以上あれに付き合うのはごめんだった。
だから次の始業式には、是が非でも白菊姫の役をどちらかに決めなければと思っていた。それが咲夜たちの、巧妙な作戦であるとは露ほども知らずに。
別れのあいさつが終わると、咲夜は誰とも何も話さずに一人で帰ってしまった。
どたどたと大股の歩調で歩き、乱暴にドアを開けるその顔は、下手に話しかけたらすぐにでも殴られそうな不快感を露わにしていた。
誰が見ても、すさまじく不機嫌なのは明らかだ。
そのため咲夜をなだめようと思っていた他の子も、誰一人として咲夜には話しかけられず大樹の周りに集まるしかなかった。
咲夜が帰ってしまうと、大樹と浩太は作戦の最終段階に入った。
戸惑いを浮かべた他の男子が、大樹に話しかけてくる。
「なあ、今日の咲夜、一体どうしちまったんだ?」
確かに、今日の咲夜のあの態度は他の子には分からないだろう。
咲夜はいつも冷静で、効率的かつ理論的で、今日のような理不尽なことをまくしたてるタイプではない。
だからこそ、今日の騒ぎは他の子たちの目を大きく引き付けたのだ。
「いつもの咲夜なら、絶対あんな事言わねえだろ。
大樹、おまえ何か知ってるか?」
そして驚いた他の子たちは、夏休みの間中咲夜の側にいた大樹のところに訳を聞きにくるという寸法だ。
「ああー……あれな、まあくだらねえことなんだけどよ……」
大樹は自分もひどく疲れた顔をして、周りのクラスメイトたちに訳を話した。
咲夜はひな菊に、夏休み中旅行に行ったことを自慢されて頭にきている。
咲夜は家が菊農家でずっと菊の面倒を見なければいけないため、この時期は村から出られない。ひな菊はそんな咲夜に旅行の楽しみを力説し、さんざんバカにしたあげくお土産をあげなかったのだ。
一週間前のその日以来、咲夜はひな菊への怒りでおかしくなっている。
そしてそのお返しに、学芸会のヒロインの役を自分がやってひな菊に見せつけようと考えたのだ。
その結果が、今日のあの騒ぎだ。
それを聞くと、他の子たちはげんなりとしてうなずいた。
「ああ、なるほど……そりゃ咲夜も怒るわな」
「まあ、咲夜の気持ちは分からんでもないが……でもアレはやりすぎだろ。
あんな事されたら、クラス全員が困るっての!」
発端はひな菊が悪い、それは確かだ。しかし、それに対する咲夜の報復もまともではない。
正直、この話を聞いてしまうとどちらにも投票したくなくなるだろう。今大樹の周りにいる子たちは皆、そんな気持ちだ。
しかし、そんな奴の票の動向を決めるのが、今回の大樹の役目なのだ。
大樹ははーっと大きなため息をつくと、唐突に立ち上がって周りの子たちに言った。
「なあ、おまえら今回はひな菊に味方してやってくれねえか?」
途端に、周りの子たちの視線が一気に大樹に集まる。
皆一様に、目を丸くして口をあんぐり開けている。
「ちょ、あんた……咲夜ちゃんの味方じゃ、ないの?」
女子の一人が、おっかなびっくり聞いてきた。
無理もない、ひな菊と咲夜がけんかをする事はこれまでも時々あったが、大樹はいつも咲夜の味方をしてきたのだから。
大方、今回もそうだろうと思われていたのだろう。
その予想を打ち砕くように、大樹は重たい口調で言った。
「確かに、咲夜はかわいそうだと思う。
ひな菊のやってる事はひどいし、多少はやり返してもいいとは思う。
でも、あんなやり方はないだろ!
学芸会はみんなで作るものだし、お姫様をやりたい子は他にもいるはずだ。それをひな菊のためだけに全部ブチ壊すとか、正気じゃねえよ!」
大樹の言葉に、他の子たちもうんうんとうなずく。
「だからおれは、今回だけは咲夜を止めたいんだ。
間違ったやり方じゃだめなんだって、目を覚まさせてやらねえと。
それに、もし今回の事が咲夜の思い通りになったら、咲夜はきっと同じ事を繰り返すぜ。そんな事になったら、今度は咲夜がひな菊みたいになっちまう!
おれは咲夜に、そんなになってほしくねえんだよ!!」
大樹の説得に、周りの子たちはお互いの顔を見合わせた。
ひな菊の横暴を認めるのは癪に障るが、咲夜の暴走を許すのも問題だ。
そもそも、このクラスはいつもひな菊のわがままに手を焼かされているのに、そのうえ咲夜までも暴君になったらたまったものではない。
それを考えると、意見は自然と決まった。
「分かった、僕たちはひな菊に入れるよ。
その代わり、大樹はちゃんと咲夜のフォローしとけよ」
「悪い、恩に着る」
こうして、クラス内の主に咲夜を支持する層はひな菊票へと変わった。
我、作戦に成功せり……大樹は机に突っ伏したまま、満足の笑みを浮かべた。




