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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
199/320

199.近代の守り手

 クメの襲撃は、村に決定的な被害を与えるに至りませんでした。

 平坂神社で、クメはその原因となった新たな守り手と対峙します。

 的確な戦略と近代の武器でクメ一味に対抗し、しかしクメのことを評価する軍人……彼は何を思ってクメに手を差し伸べたのでしょうか。


 そして、この災厄も当然次につながっています。

 軍人の名前……同じ姓の大罪人が、現代にいませんでしたか?

 クメたちは、暗い道を神社へと向かった。

 こうなれば全力で神社に突入し、できれば避難している村人たちを追い出す。できなくても、力の限り村人たちを殺す。

 命の限り復讐を果たす……もはやクメにはそれしか考えられなかった。

 士族の手下たちも、退くことなど考えていない。

 だって、退いて生き延びた所でもう社会に居場所などないのだ。ならば、せめてここで最期にひと花咲かせて散ってやる。

 彼らは皆、自らの命を省みぬ決死のテロリストだった。


 しかし彼らが神社への参道に入ってしばらくすると、突然けたたましい銃声が鳴り響いた。

「散れ!!」

 クメの命令が皆の耳に届く前に、何人もの手下がばたばたと倒れ伏す。

 周りの茂みがガサガサと音を立て、十数人の人影が立ち上がった。その手には、白煙が立ち上る銃……クメたちは待ち伏せを食らったのだ。


「動くな、不良士族共が!

 少しでも動いてみろ、蜂の巣にしてくれるわ!!」

 動揺した士族たちに、雷のような声がぶつけられた。

 見れば、平坂神社の鳥居の下に一人の男が仁王立ちしてこちらをにらみつけていた。

 ランプの光の照らされたその姿は、威風堂々たる近代軍人のそれだ。頭には山型の軍帽、華やかな西洋軍服をまとい、金の飾りがついたサーベルを下げ、口には見事なひげを蓄えた壮年の男。

 その猛禽のような鋭い眼差しが、クメの視線と交わった。

「ほう、女までいるのか……命が惜しくば下がれい。

 ここは、おまえのような女が命を散らす場ではない。謝って武器を捨てるならば、入れてやらんこともないぞ」

 しかしクメは、正面から言い返した。

「冗談じゃないわ!

 ここの村の連中に謝る?武器を捨てる?そんなの死んだってお断りよ!だって私は、この村に仇討ちに来たんだもの!!」

 クメは殺意をそのまま向けるように、血まみれの薙刀の刃を軍人に向けた。


 その時、軍人の隣にひょこひょことぎこちない動きで出てくる者があった。ほのかに照らし出された顔に、クメは見覚えがあった。

「お、おまえはまさか……クメか!」

 向こうも、クメの声に聞き覚えがあったようだ。

「出たわね、娘の仇……宗次郎!!」

 クメも、積年の恨みをこめてその名を呼ぶ。

 出てきたのは、かつて村の長としてクメとも親しくしていた泉宗次郎であった。しかしあの時より顔には深いしわが刻まれ、足を引きずっている。

 宗次郎は、クメをにらみつけて絞り出すように言った。

「そうか……やはりおまえだったか!

 数年前司良木社長におまえを追い出したと聞いてから、来るかもとは思っとったが……くそっまだ油断すべきではなかった!」

 悔しがる宗次郎をなだめるように、軍人の男が声をかける。

「そこまで己を責めんでいい、おまえは防ごうと頑張っとった。

 月が変わってから、何が起こったか分かっての指揮もようやった方だ。

 償いのために傷を負い不具となったその体で、それでも村を守ろうとした。そして、儂をここに招いたのも万が一を考えてじゃろう」

 宗次郎は、村の者の兵役を肩代わりして行った戦場で足を負傷し、足が不自由になってしまっていた。

 それでも村の者に頼み込んで自警団を立ち上げ、さらに菊祭りに戦場で世話になった軍人を招待し万が一のための戦力とした。

 その保険が今、功を奏したのだ。

 それを知ると、クメは怒りに鬼のように顔を歪めた。

「おのれ、宗次郎……またしても!またしても私の邪魔を!

 クルミを殺すだけに飽き足らず、その代償を払おうともせぬか!!」

 しかし、宗次郎も負けじと言い返す。

「ふざけるな鬼女め、こちらだっておまえの娘に奪われた命は二度と戻らぬのだぞ!それを、もっと払えとは……。

 貴様こそ、この世にいてはならぬ人間だ!!」

 もはや完全にクメを敵とみなした、宗次郎の怒りが響き渡った。


 しかし、そこに軍人が割って入った。

「あいや、双方待てい。

 前の事情は先ほど宗次郎から聞いたが……あれは今ここにいる誰も悪くなかった事ではないか。

 なのにこのように傷つけ合っては、死んだ者が黄泉で泣こう」

 軍人は、クメに向き直って言った。

「ご婦人、あなたの用兵と奇襲、そしてこれだけの戦力を揃えたことは見事だ。正直、軍人として賞賛に値する。

 しかし、やる事が良くない。

 どうだろう、その力を日本国軍のために使わんか?」

 誰も思ってもみない申し出だった。

 だが、クメは毅然と言い返す。

「話したいのならば、まず名乗りなさい!」

「おお、これは失礼。儂は国軍少佐、間白喜兵衛だ。

 あなたが連れてきたような不良士族は世間で問題になっておってな、あなたのような人がまとめて軍に引き込んでくれると大変助かるのだ。

 あなたの大切なお嬢さんは、時代を進歩させたがっていたのだろう?

 ならあなたが、その才能を使って我々の進歩にお付き合いいただければ」

 それは清々しいほどに過去に囚われぬ、未来を見据えた提案だった。

 軍人、間白喜兵衛は、正直クルミの話を聞いて彼女を惜しんだ。クルミが人の話を聞いて禁忌を破りさえしなければ、村は栄えクルミも時代を引っ張る才女になったかもしれないと。

 しかし反面、クルミのやった事は許されることではない。

 村を豊かにするはずの工場が潰れ時代を引っ張る会社が没落しても、出した被害を考えれば仕方のないことだ。

(それにしても、時代を進めたい思いが暴走して時代を逆戻りさせてしまうとは……哀れな因果の娘よな。

 才や思いの間違った使い方は、かように悲しい)

 その母もこれほどの事ができる才を持ちながら同じような過ちを犯して、喜兵衛はこれをまた潰すに忍びなかった。

 だから、こうして手を差し伸べたのだ。


 村人たちは、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

 クメのやった事は、クルミの愚行をはるかにしのぐ許しがたい蛮行だ。正直、今すぐこの女を八つ裂きにしたい。

 しかし一方で、喜兵衛の言う通りにするのが正しいかもしれないとも思った。

 怒りと恨みをぶつけあっても、復讐が連鎖するばかりで何もいいことがない。

 それに、クメが村人を傷つけるにとどめよと命令したおかげで、今宵はまだ村に犠牲者は確認できていない。

 今クメが謝ってやめてくれれば、ギリギリ間に合う。

 そうしていつかお互い思いとどまれたことを穏やかに思い出せればと、村人たちの心にわずかな希望が灯った。


 クメにしても、悪い相談ではないはずだった。

 この喜兵衛という軍人はクルミの理想を肯定し、クメのことも評価している。

 クルミが時代を進めようと情熱を燃やしていたことは事実だし、クメの才能をそのために使えばクルミの願いを叶えることになる。

 母として、娘のためにしてやれることを提案されたのだ。

 本当に娘を思うなら、喜兵衛の手を取るべきだった。


 ……だが、クメはそれができなかった。

 クメにとって一番腹が立つのは、娘の自由と情熱を許されなかったこと。もう一人の若い自分が苦しんで死んでしまったこと。

 クルミの夢を潰されたことではない。

 正直、クメにとってクルミの夢や理想などどうでも良かった。

 大事なのはクルミが笑顔で自由にやれて、それが許されている事。

 今さらクルミの理想がどうのと言われたって、もうクルミはいないんだからどうでもいい。クルミの笑顔が戻らないなら、もう何もいらない。


 もはや望みは、ただクルミを傷つけた者たちを皆殺しにすることのみ。

 クメは喜兵衛の意図を理解することなく、最悪の答えを返す。

「できません……娘を殺した者共と共に天を戴くなど、クソ食らえだわ!!」

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