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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
198/320

198.復讐の夜

 クメの復讐の刃が、ついに村に振り下ろされます。

 どこまでも残酷で、武力に物を言わせた無慈悲な仕打ち。


 しかし、村にもクメが知らない戦力が住み着いていました。

 クメはどこまで復讐を成し遂げられるのか。そして、村は予想外のテロと災厄にどうなってしまうのか。

 祭りで疲れて眠りこけていた村は、突如として阿鼻叫喚の地獄となった。

 何か所もの宿に泊まっていた士族の男の客たちが、いきなり周りの村人たちに襲い掛かったのだ。

 男たちは、刀や組み立て式の槍を隠し持っていた。

 日中忙しく働いて眠りこけていたところにそんなものを振るわれたらたまらない。

 たちまち、村のあちこちで血が流れ怪我人が続出した。

「ひいい、た助けてくれ!!」

「自警団だ、あいつらを塚から呼んで来い!!」

 村中にガンガンと警鐘が鳴り響き、寝ぼけ眼で混乱した人々が右往左往する。そこを狙って士族のごろつき共がまた襲い掛かる。

 全く予想外の襲撃に、村人たちはばたばたと倒れていった。


 この騒ぎの中、暗がりをぬって進む一団があった。

 闇に溶けるような喪服をまとった鬼女、司良木クメだ。真剣の薙刀と白菊の花束を抱え、塚に向かってひた走る。

「ふふふ、待ってなさい……今、引きずり出してあげるわ」

 白菊塚の禁忌を破り、憎き黄泉の巫女を呼び出すために。

 そして死霊を村に放ち、クルミの代償を払わせるために。

 この日のために練ってきた作戦は、今のところいまくいっている。

 クメはこのために、手下のごろつき共を数人のグループに分けて村の各所に泊まらせていた。

 村人たちの警戒を解くために洋装をまとい、化粧で顔を変え、派手に金をばらまいて遊んで疲れさせた。

 おかげで一文無しになってしまったが、もうクメにはどうでもいい。

 今夜復讐を為すこと、それが全てなのだから。

 その後の生き方なんて考えてもいないし、何なら今夜死んでもいい。できるだけ多くの村人を道連れにして、果てる覚悟だ。

 その命懸けの願いを果たすため、クメは血生臭い風の中を駆けた。


 村に凶行の様子が広がり始めると、まず自警団がその鎮圧に向かった。

 といってもその自警団は本来白菊塚を守るためのものであり、クルミの災厄後に作られてろくに訓練もしていない素人集団である。

 そんなものが、元々剣のプロであった士族たちに敵う訳がない。

 自警団は次々と返り討ちにされ、それでも何とか村人の命を守るために、ついに白菊塚を守っていた者たちも駆り出された。

 まだ起こっていない災厄より、今起こっているテロが優先だ。

 そうして警備がほとんどいなくなった白菊塚に、クメは堂々と乗り込んだ。

 松明に照らされた女の顔に、最後に残っていた自警団の男は驚愕した。

「あっ……お、おまえは司良木の……!」

「娘の仇、覚悟!!」

 クメは一息に薙刀を振り抜いた。自警団の男は肩から腹を袈裟懸けに斬られ、血しぶきを上げて倒れ伏す。

 だが、死んではいない。

 痛みに悶え息も絶え絶えながら、クメをにらみつける。

「はぁっ……あ、が……この、騒ぎ……貴様が……!」

「ええそうよ、だってクルミを殺したでしょう」

 嗜虐的な笑みを浮かべて答え、クメは黄泉の口へと足を進める。そして、まだ生きている男に見せつけるように白菊の花束を振り上げた。

「あなたはそこで、何もできずに見てなさい。

 私がクルミの死を前に、そうするしかなかったように!」

 当てつけのように言い放ち、クメは花束を地面に叩きつけた。


 途端に、村を流れる空気が変わる。

 月が赤く染まり、風に腐臭が混じり、背筋を泡立たせるようなおぞましい気配が満ちる。

 何もかも、あの忌まわしい夜と同じ。何よりも大切なクルミを理不尽に奪われた、あの悪夢の夜と。

 今宵はその悪夢を村に返す番だと、クメは喜悦の笑みを浮かべた。


 禁忌を破ったクメはすぐに、集落へと取って返した。

 死霊と黄泉の巫女はそのうち出てくるだろうが、すぐにそれと戦う気はない。そんなことより、もっと先にやることがある。

 村への被害を、もっと増やすことだ。

 あの夜、この村の誰もクルミを助けようとしなかった。

 だからこの村の奴らはみんな死んで当然、それもできるだけ残酷に。

 そのためにクメは配下のごろつき共に、村人たちを傷つけてもとどめは刺すなと命令しておいた。

 そうすれば、怪我人を見捨てられぬ村人たちの避難を遅らせることができる。

 怪我をしたものは自分のせいで他が逃げ遅れるのに苦しみ、元気な者は怪我人を運ぶかどうか選択を迫られる。

 クルミか社員の命か選択を迫られた、夫のように。

 そうして苦しみ抜きながら、クルミを黄泉に捧げたことを後悔するがいい。

 そして縛られて逃げることもできず、生きたまま死霊に貪り食われるがいい。死霊にやられて死霊となって、生きている見知った村人たちを食い散らかせ。

 とことん残虐な作戦を立てて、クメは村に痛みを返そうとした。

 それでも娘を奪われたことしか見えないクメには当然のことであり、自分が凶悪犯だなどとは欠片も思っていなかった。


 だが、集落に戻ったクメは様子がおかしいのを感じた。

 さっきまであんなに響いていた悲鳴や怒号が消え、集落は静かになっている。

 そしてあちこちに転がる、手下の士族たち。転がしてみると一部は既に事切れており、体中に開いた小さな穴からべっとりと血を流していた。

「ね、姐さん……すいやせん……鉄砲を持った、軍人が……」

「いきなり撃たれて……奴ら、村人を神社に……」

 どうやら、村人の側に自警団以外の強力な戦力がいたようだ。

 クメは舌打ちしたが、ここでやめる気など毛頭ない。すぐに生き残った手下たちを集め、自らも平坂神社に向かった。

 たとえ自分に何があろうと、復讐を止める選択肢などなかった。

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