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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
194/320

194.省みぬ娘

 もう少し短くしたいところですが、クルミのラストです。

 平坂神社で娘の身を案じる両親の下に連れてこられた、瀕死のクルミ……野菊はクルミに、白菊姫には与えられなかった最後の情けを与えますが……。


 親が生きていても、それがいい流れを呼ぶとは限らない。

※白菊姫は両親が先に死んでいました。でもむしろ彼女の方が同じ情けをかけたら違う結末になったはず。

 平坂神社では、司良木社長が村の者たちから袋叩きに遭っていた。感情のままに罵りまくる村人たちに、司良木社長は平謝りするしかない。

「うちの娘が、本当に申し訳ない!!

 家族を亡くされた方には、本当にどう言ったらいいのか……まことに、申し訳ない!!」

 娘のクルミを捨てたことで、一応のけじめはついたと思う。だから今、手を出されず言葉で責められるだけで済んでいるのだろう。

 だが、だからといって娘のせいにして自分も被害者ぶるなどもっての外だ。

 そんなことをすれば、村人の怒りに火に油を注ぐだけだ。

 それに、ここには取引先の者たちもわずかながら避難してきている。その者たちにも既に迷惑をかけているのに、ここでまた醜いところを見せればどうなるか。

 心中はともかく、外面だけでも潔くしておかなければ。

「皆、苦しいのは分かる……しかし、司良木さんだけを責めんでくれ!

 我が兄、宗太郎が全ての元凶じゃ。

 その心中を推し量れず監視を緩めてしまった私にも、責任はある」

 真摯な態度を見せる司良木社長に、宗次郎も自らの不手際を認めて司良木家を守ろうとしてくれている。

 近しい者の凶行を止められなかったのは、お互い様。

 このまま宗次郎と罪を認め合って落としどころを探せば、お互い再起不能にまではならなくて済むだろう。

 下手人の片割れ、宗太郎は死んだ。

 クルミは今どうなっているか分からないが……父としては生きていてほしいと思う反面、今後のことを思えば死んでいた方がいいかもしれない。

 薄情と思われるかもしれないが、クルミは父の言うことを聞かず、自分が築き上げてきたものをぶちまけて踏みにじったのだ。

 プライドも将来も信頼も、ズタズタだ。

 それに、あの娘が生きていたとて反省するかは分からない。また下手なことを喚いて村人たちを逆上させやしないかと思うと、胃が絞り上げられるようだ。

 どうかこれ以上面倒を起こしてくれるなと、司良木社長は心の底から祈っていた。


 しかし、しばらくすると不穏などよめきが起こった。

「おい奥さん、あんたうちの嫁に何しただ!?」

 司良木社長は、弾かれたように顔を上げた。クルミを守ろうと外に残った、クメがやって来たのだ。

 クメは、一人の女工の襟首を掴んで引きずっていた。

 女工は苦悶の表情で脂汗を流し、呻き声をあげている。

「クメ、おまえ一体何をした!?その娘は、うちの女工だろう!」

 司良木社長が駆け寄ると、クメは女工を乱暴に投げ捨てて言った。

「先に仕掛けてきたのは、こいつの方です!

 この村の男と結婚した自分の立場のために、クルミの命を差し出せと……冗談じゃない。これまでさんざん、うちの工場の世話になっておいて。

 恩知らずの裏切り者を、しつけて来たんです!」

 それを聞いて、司良木社長はすぐに何が起こったか理解した。そして、ひどく焦った顔で女工の方を見た。

 女工は村人たちに介抱されているが、ひどい怪我をしているようだ。

「おい、足が折れとるぞ!

 これじゃ、治っても働けるかどうか……あんなに稼げる女工だったのに!!」

「うちの嫁も、鼻が潰れとるでねえか!べっぴんだったのに、何てことだ……」

 クルミとはぐれた後、クメは怒りに任せて襲ってきた女工たちを全力で打ち据え、全員に怪我を負わせてしまったのだ。

 女工たちも恩を忘れていたかもしれないが、自分たちはそれを帳消しにするほどのことをしでかしたのだ。

 それを認めず事を荒立てたクメに、司良木社長は愕然とした。

「クメ……おまえ、もう少し穏便にやれなかったのか!?」

「あなたこそ、娘を捨てて恩知らず共をかばうとは何事ですか!

 この子たちもうちの世話になったのなら、うちの味方になって当然でしょうに……私はそれを分からせただけです!」

 クメは完全に、我を忘れていた。

 ただ、そんなクメに叩きのめされた女工たちが勇気ある被害者として村に受け入れられたことが、唯一の救いだった。


 それからまた少しして、神社の鳥居の辺りが騒がしくなった。

「野菊様だ!野菊様が現れたぞ!!」

「大罪人を、見事討ち果たした!!」

 その言葉に、言い争っていた司良木社長とクメはぎょっとした。大罪人とは、他でもないクルミのことだろう。

 二人は血相を変えて、鳥居の方に走った。

 神社の外には、腐ってなお動く死霊たちが大勢集まっていた。その中には、今夜死んだ村人たちも混じっていた。

 その中心に、巫女姿の死霊がいた。村人たちはその姿を見ると、皆膝をついて崇める。

「あ、あれがかつて村を救ってくれたお方……」

「そして今宵も、村に仇なした悪人を討ってくださった……」

 野菊と呼ばれるその巫女は外見こそ他の死霊たちとさほど変わらないものの、ちろちろと燃える黒っぽい炎のようなものをまとっていた。

 司良木社長とクメも、その姿を見た途端に一瞬足がすくんだ。

 経験豊富で観察眼の鋭い二人には分かる……あれは普通の死霊ではない。もっとずっと恐ろしい力をまとった、尋常ならざるモノだ。

 あんなものが、黄泉から呼び出される中にいたとは。

 同時に、クルミのことが二人の頭の中に浮かんだ。あの死霊を率いる化け物の手にかかったクルミは、どうなってしまったのか。

 司良木社長は、思わず野菊に平伏して呼びかけた。

「あなたの大切な村に迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ありませんでした!

 して、娘は……クルミはどうなされたのでしょうか!?」

 すると、野菊は無言で死霊たちの方を見た。

 にわかに死霊たちが道を開け、何体かの死霊が何かを担ぎ上げてこちらに来る。その死霊たちの上に、クルミの姿はあった。

「うっ……ひぐっ……お父さん、お母さぁん……」

 両親の姿を認めて、クルミは喘ぐような声を漏らした。

「クルミ……ああ、おまえはもう……!」

 クルミの姿を見た途端、両親の目から涙があふれた。

 クルミは、腹を宝剣に貫かれていた。その宝剣は、野菊と同じ呪いの炎をまとっている。クルミは既に全身を呪いに蝕まれ、顔じゅうの穴から血汁を流していた。

 野菊は死霊に命じてクルミを下ろさせると、息の絶え絶えのクルミに言った。

「さて、あなたは裁きの時まで自分の罪を認めなかったわね。

 悪気がなかったからそんなに罪はないの一点張りで」

 その言葉に、司良木社長は拳をぎりぎりと握りしめる。やはりクルミは、こんなになっても反省していなかった。

 野菊は、司良木夫婦に視線を移して言う。

「ま、懸けるものが自分なら、何とでも言えるわよ。

 でも、あなたお父さんとお母さんのことは好きでしょ?

 これから、本当に最後の挽回の機会をあげる。あなたが自分の罪を認めて心から謝れば、ご両親の立場は少し助かるかもよ?」


 これは本当に最後の、野菊からの情け。

 両親が生きているからこそ与えられる、最後のチャンス。

 本当にいいことをしたいなら、己の罪の重さを認めてその手で親を救ってみろと。


 だが、クルミは自分がそこまで悪いと思えないがゆえに、自分が罪を認めないと親がどうなるか想像できなかった。

 そのうえ、クメが泣きながらクルミをかばう言葉を投げかける。

「ああ、クルミ……かわいそうに!!

 誰があなたを責めても、裁いても、私はあなたの善意を信じます!お母さんだけは絶対に、あなたを見捨てないから!!」

 それは、一見美しい母の愛。

 しかし、ここでは一番言ってはいけない言葉。

 その瞬間、クルミは世界で唯一優しい母にすがってしまった。

「お、お母さん……わ、私負けないよ……絶対、認めないんだからっ!お母さんだけは……分かってくれる!私、お母さんの……娘で、良かった!

 たとえ、私が死んでも……いいことを、しようとする人を、殺そうとする化け物なんて……お母さんが、倒し……」

「もういいわ!!」

 最後の最期まで己を省みなかったクルミに、野菊は一気に呪いを注ぐ。程なくして、クルミは永遠に飢える死霊になり果てた。

 クルミはその頑迷さゆえに、誰も救えなかった。

 ただクルミの態度に逆上した村人たちの中に、呆然とした両親だけが取り残されていた。

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