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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
193/320

193.クルミ落花

 思ったより引っ張ってしまいましたが、クルミの最期です。

 そして、久しぶりに白菊姫も登場します。


 同じように人の話を聞かず取り返しのつかない災いを招いたクルミと白菊姫ですが、二人には違いがありました。

 古き時代を軽んじるゆえに、同じ罪を認められなかったクルミ……白菊姫の最期辺りと比べてみてください。

「う、嘘……何でこんな……」

 クルミは、茫然としてへたり込んだ。

 武器はない。あっても野菊の妙な力に勝てるかは分からない。逃げようとしても、全方位を死霊に囲まれている。

 勝つことも、生き延びることもできない。

 クルミの目にみるみる涙が溜まり、ボロボロとこぼれだす。

「ひ、ひどいわっ!何でこんなに、報われないのよ!?

 だって、あんなに、いいことしようとしたのにぃ!!」

 クルミは、河原の石だらけの地面に拳を打ち付ける。どうやってもうまくいかない運命を嘆く、気分は悲劇のヒロインだ。

 そんなクルミに、野菊は宝剣に呪いをまとわせて近づく。

 それに気づくとクルミはひどく怯えた顔をしたが、すぐに屈辱を噛みしめてなお消えぬ業火の如き憤怒の形相になって言う。

「負けは負けだわ……やるならやりなさいよ!

 でもね、やったらあんたはその行動で許されない悪になる。

 私は、決してあんたの言う罪なんかに負けるんじゃない!運命に負けるのよ!!いいことをしようとどんなに思ってもどうしようもなかった、悪魔の筋書きに!!」

 クルミはひたすらに己の運命を呪って、吼えた。

「こんなの、どうしようもないじゃない!!

 騙されて、責められて、訳も分かんないのに裁かれて!!

 私はだた、従っただけなのにいーっ!!!」

 クルミの中で、やり場のない怒りと憎悪が荒れ狂う。

 自分を騙し、禁忌を破らせた宗太郎。騙されていたかわいそうな自分を許せないと見捨てた、父。村と会社のために行動した自分を叩くばかりの、村人や女工たち。

 自分には村や会社を害する意志など、これっぽっちもなかったのに。これだけは、天地神明に誓ってもいい。

 そのうえ、自分にはちゃんと償う意志があるのに。

 それを寄ってたかって叩き折るなんて、どうかしている。クルミはただ、そんな理不尽に手折られる自分が悔しくてかわいそうでならなかった。


 しかし、野菊はクルミに淡々と言う。

「そうね、あなたは騙されたし、良かれと思ってやったのよね。

 でも、従っただけってのはちょっと苦しいわね。

 あなた確かに宗太郎には従ったけど、宗次郎やお父さんがいくらやめろって言っても全然従わなかったじゃない。

 むしろ流されて多数派に従うだけなら、こんな事になってないわよね?」

 すると、クルミはぐっと口を結んで、少し間をおいてぼやいた。

「えっと、それは……だって、絶対その方がいいって思ったから……。

 工場のみんなもお父様もお母様も、文明開化はいいことだって言うし。学校の仲間だって、貧しい奴らはその良さを知らないから分からせて引っ張らなきゃって……」

「うん……で、その人たちは確実に禁忌を破れってあなたに言ったの?」

「ええー……そこは、ほら……空気を読んで自分で考えればさ……」

 口ごもるクルミに、野菊はぴしゃりと言い放つ。

「結局、自分が宗太郎を信じるって決めたのよね。宗次郎があんなに頼んで土下座しても、お父さんにたしなめられても、自分の意志で跳ね除けたのよね。

 だったら、あなたにも責任は十分あるんじゃない?」

 そう言われたクルミの顔に、動揺が走った。

 言われてみれば、その通りだ。自分が宗太郎と共に白菊を供えようとした時、周りはやめろやめろの大合唱だった。

 宗太郎はいけ好かないと、父も母も前から言っていた。宗太郎のことは、両親や村人たちの方がずっとよく知っていたはずだ。

 冷静に考えたら、当たり前だと思っていたことは全部自分がそう思っていただけだった。

 ひっくり返ったと思った世界は、そもそもそれが正しい姿だった。

「……で、でも、気づかなかったんだからしょうがないじゃない!

 私は決して、悪い事しようなんて……!!」

 それでも、クルミはかぶりを振った。

 これでは、自分が悪いみたいじゃないか。自分のせいで、周りがメチャクチャになったみたいじゃないか。

 たとえ自分のせいでも、自分が悪だとは認めたくなかった。

 自分に悪気はなかった、それだけがクルミの最後の心の拠り所だった。

 だが、それすら野菊は呆れたように否定する。

「悪気はなかった、だから何をやっても悪くない。どれだけ人が死んでも憎しみ合っても、悪くない。

 そんな訳ないでしょ!!

 やられた方から見れば間違いなく非道の人殺し、しかも周りが止めたのに聞かなかったなら自分勝手の一言ね!

 あなた、自分の命乞いを無視して自分を殺した相手に悪気がなかったら許せる?」

「え、それは……あー……ううん、だって……」

 クルミは、答えられなかった。

 はいと答えれば自分は悪くないが、野菊が自分を殺すのを許さなくてはならない。いいえと答えれば、他ならぬ自分が悪くなってしまう。

 どうしたらいいか分からない。自分の命と正義、どっちも大事なのに。

 頭を抱えて必死で考えるクルミに、野菊はなおもささやく。

「まるで、初めて考えるみたいね。

 でもこれまでだって、自分がどれだけ正しいか考える機会はいくらでもあったんじゃないかしら?

 そうしなかったのは、あなたが人の言うことを聞かないからよ。人の話を聞かないから、取り返しがつかなくなるまで気づかないの。

 それはとても悪いこと……傲慢、そして怠慢だわ。

 あなたが宗太郎以外の言うことを聞いていたら、少なくともあなたは大罪を犯さずに済んだのに」

 そう言われると、クルミの顔がみるみる後悔に歪んでいった。

 そうだ、宗太郎は別にクルミを巻き込まねばならない訳ではなかった。宗太郎一人でも禁忌は破れたが、その場合悪いのは宗太郎一人。

 もしそうだったら、村と工場が憎み合うこともクルミの家族が壊れることもなかった。皆で一丸となって、立ち向かえたはずだ。

 そうならなかったのは、間違いなくクルミのせい。

 クルミが一人で世界を決めつけて、誰が止めても聞かなかったから。

 それに気づくと、クルミは奈落に吸い込まれるように力が抜けてしまった。


 がっくりとうなだれ返す言葉もないクルミの側に、ジャリジャリと小石を踏みつけて何者かが近づく。

 顔を上げると、野菊の隣にもう一人死霊の少女が立っていた。黒字に血に汚れた白菊模様の着物をまとい、頭に白菊の花を挿している。

「ほら、白菊……新しい友達よ。いえ、同類と言った方がいいかしら?」

「え……同類?」

 戸惑うクルミに、野菊は懐かしそうに説明する。

「紹介するわね、元この村の領主の娘だった、白菊姫よ。

 私、この子の無道から村を救うためにこんな呪いを使ったの。

 思えばこの子も人の話を聞かなかったわね、自分の狭い世界だけで全てを判断して。いつも自分がほめてもらえる菊のために、干ばつの年に村の水を独り占めして。

 どれだけ人が死んでも誰が訴えても、聞きやしない。悪いって欠片も思わない。

 でもあの頃は武家に逆らうとそれだけで殺されてしまうから……私が、既に死んだ人を使って罰を降すしかなかったのよ」

 その話を、クルミは意外にも真剣な顔で聞いていた。

「そ、そうなんだ……嫌ね、そういう前時代的な理不尽って!」

 クルミにとっても、その話はひどかった。侍の娘が権力で村を踏みつけて滅ぼそうとしたから、その時を救うためにこんな呪いが残ってしまったのか。

 だとしたら、これは唾棄すべき前時代の負の遺産だ。

 つまりこいつが人の話を聞かなかったのが、一番悪いんじゃないか。根拠もない身分で人の命を弄び村にこんなものを残させた、許せない女だ。

 しかしそう白菊姫を憎むクルミに、野菊はさらりと言った。

「あなたなら、きっと仲良くなれるわよ。

 だってあなたの独りよがりと身勝手、この子にそっくりだもの」

 瞬間、クルミの頭の中が沸騰した。

 そんな訳がない。自分が、こんな悪しき前時代の侍の娘なんかと一緒なはずがない。だって、自分は時代を進めるために……。

「んな訳ないでしょおおお!!!

 わ、私は、こいつとは違う!文明開化で、皆を幸せに……」

 クルミの半狂乱の抗議は、唐突に途切れた。

 野菊が、見下げ果てた顔でクルミの腹に宝剣を突き刺していた。

「そうね、訂正するわ。この子は、あなたなんかと同じじゃない。

 この子はちゃんと罪を突きつけたら、死の間際には認めて謝ったわ。それすらできないあなたは、この子より下よ」

 野菊はこれ以上ないくらいの失望を込めて、クルミの体に呪いを注いだ。

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