192.無謀
呪いの主であると知って、野菊に責任を求めるクルミ。
野菊の本性を知っている読者からすれば、胸糞以外の何物でもない。
自分のやったことを後悔しながらも、また感情と偏見の赴くままに暴走してどつぼにはまってしまうという……救いようがない悪循環な性格です。
悪気がなくても、これはダメだろうとしか言いようのない子。
「え、あ、あなたが……呪いを……!?」
その名乗りを聞いたクルミは、一瞬うろたえた。
しかし、すぐに憤怒の形相になって野菊を責めた。
「あ、あなたがあんな恐ろしいものを仕掛けたのね!
そのせいで、今夜罪もない村人たちがたくさん死んだのよ!私だって、何も悪い事しようと思ってないのに、あんな目に遭ったのよ!!
許さないわ、とっとと償いなさいよ!この鬼、悪魔!!」
激しく罵りながら、クルミの口角は上がっていた。
だって、嬉しくない訳がない。自分に理不尽に押し付けられた罪と責任の元凶が現れたのだから。
こいつが元凶だから、自分は悪くない。
こいつを一番悪い奴として差し出せば、自分はきっとまだ挽回できる。それどころか、こいつを倒して呪いを断てば大手柄だ。
クルミの脳内に、満面の笑みで自分をほめてくれる父の姿が浮かぶ。
「ふふふ……覚悟しなさい、化け物め!
おまえを倒して、私は村に平和を取り戻す!!」
クルミの鼻から、フンスッと荒い鼻息が飛び出した。
クルミは目を皿のようにして川沿いを見渡し、落ちていた物干しざおくらいの竹にぱっと飛びつく。
それから、近くにあった手ごろな石も拾う。
武器としては心もとないが、こいつ一人なら何とかなるだろう。
さっき母は死霊たちを止められなかったが、それはきっと数のせいだ。こんなに痩せた女一人なら、自分に勝機はある。
(ああ、ここでこいつに会えて良かった!
やっぱり神様は、善意の人を見捨てないものね。私はここでこいつに勝って、村の真の救世主になるんだ。
大丈夫、きっと勝てる!そのために、私は今ここにいるんだもの!)
クルミは完全に、悪と戦うスーパーヒロインの心境だった。
彼女は性懲りもなく、また一人舞台に入っていた。目の前のことだけ見て甘い考えで既に勝利の予感に浸り、またしても根拠のない決めつけで己の目を塞いでいた。
そんなクルミの一方的な断罪を、野菊は呆れて聞いていた。
「助けを求めたと思ったら、ひどい言いぐさね。
そりゃ、こんなもの私だって残したくなかったわよ。
でも、こんなものを残しても神様の力を借りないと村が滅びそうだったもの。あなたみたいな、人の話を聞かない子のせいで。
私がどうしてこんなものを残したか、あなた知らない?」
だが、クルミは話に応じない。
「黙れ、呪われた化け物め!
悪い奴はいつもそうやっていろいろ話をして、いい人を欺くの!あの宗太郎みたいに!!
でも、私はもう騙されない。こんなものを呼び出す奴が、悪くない訳がない。残念だったわね!」
クルミは、さっき宗太郎のいいなりになってしまった事をひどく悔いていた。
その反動で、あんな奴の話に取り合ったのが悪かったのだと、ますます己しか信じられなくなってしまった。
クルミのその言い方に、野菊は憎らし気に顔をしかめた。
「宗太郎……そうね、あいつは最悪だったわ。
どんな血筋でも時々腐ったのが出る、宗吾郎の言う通りだった。
おまけにあんなひどい事をしながら、自分だけ永遠の呪いを逃れて……重要な役目の奴が腐るとろくなことがないわね。
でも、あなたはちゃんと報いを受けに来てくれた……それだけは評価するわ」
しかし、それを聞いてもクルミは自分のいいように曲解するばかりだ。
「最悪、ね……自分の思ったほど人が死ななかったからでしょ!
それに、これ以上使えないと見るや手下に殺させて……ほら、やっぱりあなたはとっても悪い奴!味方だって使い捨てね!
大方、あなたが宗太郎を呪いで操ってたんでしょ!?
他の人間は騙せても、この私はごまかされない!!」
クルミは、自分が勝手に考えた筋書きをとうとうと語る。いや、もうクルミの中ではこれが真実なのだ。
「正義のため、邪悪を討つ!たあーっ!!」
クルミは、勢いに任せて野菊に打ちかかった。
しかし、野菊はそれを見ても動じなかった。
素早く立ち上がり、体の影に隠し持っていた宝剣で竹を受け止める。
「くっ武器……でも、このまま打ち込めば!」
クルミは一瞬目を見開いたが、臆することなく竹を振り回して次々と打撃を繰り出す。そのうちの何発かは野菊の体に当たり、よろめかせた。
クルミは勝機と見て、大ぶりの一撃を見舞う。
「これで……終わり!!」
風切り音が響くほどの速く強い一撃に、野菊が膝をつく。クルミはそこを逃さず、とどめの突きを繰り出した。
野菊は宝剣を横から当ててそらしたが、体制が崩れているなら何度だって……。
バキッ 「えっ?」
いきなりの破砕音と軽くなった手ごたえに、クルミはぎくりとした。
見れば、持っていた竹が途中から折れている。しかも、その折れ方が尋常ではなかった。
竹の折れたところには、黒っぽい炎のようなものがまとわりついている。それがじりじりと手元に向かって進むにつれ、竹は変色しボロボロと崩れていく。
「きゃあっ何よこれ!?」
驚いて竹を投げ捨てるクルミに、野菊は妖しく笑って言う。
「分かってる?あなた神様の使いと戦ってるのよ。
そんな簡単に勝てる訳ないでしょうに。本っ当、自分の都合のいいようにしか考えない」
そう言う野菊の持つ宝剣は、黒っぽい炎のようなものをまとっていた。あれに触れたせいで、竹は急に腐ったのか。
「ひっ……何それ卑怯よ、聞いてない!
こ、この借りは必ず……!」
思い描いた筋書きから外れた途端、怖気づいて逃げ出そうとするクルミ。生きていれば、次があると信じて。
だが、野菊がそれを許す訳がない。
脱兎のごとく逃げようとしたクルミの足は、三歩も行かないうちに勢いを失って止まった。
「あ、や……やだ……いつの間に!」
クルミと野菊は、いつの間にか死霊の大群に囲まれていた。どちらを向いても死霊だらけ、逃げる隙などない。
もはや、クルミの生きる道などとっくの昔に塞がれていたのだ。




