191.邂逅
家族とはぐれ、一人ぼっちになってしまったクルミ。
そんな心細い時に助けを求めた相手が化け物なのは、ホラーの定番です。
どこまでも自分が悪いのを認めず他のものに責任転嫁を続けるクルミは、呪いの元である彼女の目にどう映ったでしょうか。
この論法も、現代の誰かさんが利用しています。
気が付いたら、クルミは川の側に一人で転がっていた。痛む体を起こし、土手の斜面から落ちたのだと思い出す。
「お母……さん……?」
呼びかけてみても、返事はない。
落ちてきた土手はかなり急でおまけに木や竹が茂り、上の様子は分からない。ここから登って戻るのは無理だろう。
武器も、転がり落ちた時になくしてしまった。
辺りには、白菊塚でかいだのと同じ胸が悪くなる臭いが漂っている。もしかしたら、近くに死霊がいるのかもしれない。
(良くない状況だわ……せめて武器か仲間が見つかるといいのだけど)
とはいえ、ここには武器になりそうなものはない。
仲間といっても、村人にも工場の女工たちにさえあれほど恨みを買っていては、自分に手を貸してくれる人などいそうもない。
(ああ、もう踏んだり蹴ったりだわ!
どうしてこんなひどい目に遭うのよ!私、ただ時代を進めようとしただけなのに!!)
クルミは、むしゃくしゃして頭をかきむしった。
クルミは未だに、自分がそんなに悪いことをしたと思っていなかった。むしろ宗太郎に騙されたのだから、自分だって被害者だと思っている。
なのに寄ってたかって、ひどいじゃないか。
自分はただ、世の中を進めるための当たり前の考えに従って、古くて役に立たないものを捨てさせようとしただけなのに。
あんなに父母のことも村人のことも思ってやったのに、みんな自分を裏切ったり捨てたりして。
このままじゃ死にきれない、絶対生き残ってそこは筋を通してやる。
クルミは降りかかる理不尽への怒りを燃やし、川に沿って歩き出した。
しかし少しもいかないうちに、クルミは足を止めた。
川のほとりに、誰かが座っている。しかもその人物は、白っぽい着物に赤いはかま……巫女の服装をしていた。
神職の人なら、助けてくれるかもしれない。
クルミは、ほおを緩めて彼女の方へ駆けだした。
「ねえ、そこのあなた!私を助けてよ!」
クルミは走りながら、叫んだ。
しかし彼女は、クルミの方を見向きもしない。顔は影になっていてよく見えないが、座り込んだままずっと川を見ている。
クルミは、むっとして怒鳴りつけた。
「ちょっと、何で人が呼んでるのに無視するの!?
神に仕えて、人を守るのが役目なんでしょ!」
しかし、返ってきたのは、冷たい言葉だった。
「あなただって、周りの人が何を言っても聞かなくて、災厄の引き金を引くのをやめなかったでしょ。
だったら、あなたが無視されても文句は言えないわね」
それを聞いて、クルミは拳を握り締めて舌打ちした。
こいつも、もう自分がやったことを知っているのか。心の狭い村の奴らと同じで、結果だけ見て極端な考えに走るタイプか。
しかし、襲ってこないだけマシかもしれないとクルミは思い直す。
それに、神職の人間を味方につければ自分たちはまだ村でやり直せるかもしれない。こういう前時代的な村こそ、神職が幅を利かせるものだし。
クルミは怒りを抑えて、彼女と少し距離を取って座った。
「そんな事言わないでよ、私今すごく困ってるんだから。
それに、あなたがどんな風に聞いたか知らないけど、私はみんなが勘違いしてるような鬼や悪魔みたいな人間じゃない。
私はただ、とってもいいことをしようとしただけ。
なのに知らないのに付け込まれて利用されて……あげくお父様にも失望されて見捨てられたのよ!ひどいと思わない!?」
クルミは、自分は被害者であり間違いに誘導されてしまっただけ、むしろ恨まれるよう仕向けられたんだと力説した。
クルミは今被害者たちのことはかわいそうだと思うが、いいことをしようとした自分がこんな目に遭うのは筋違いだと思っていた。
「そもそも、こんな変な祟りがあるのが悪いのよ!
これさえなければ、私はきちんと村人の目を覚まして文明開化を進められたのに。
あなたもそう思うわよ、ねえ!?」
クルミはついに、村の呪いそのものに責任を押し付け始めた。
考えてみれば、塚に白菊を供えるなんて当たり前の行為でこんな恐ろしいものが出てくる呪いがあるのが悪いんだ。
学校で習っていない非科学的なものがあるのが悪いんだ。
これは自分という人のせいじゃなくて、呪いのせいなんだ。
だから自分は悪くない。
そう考えれば、誰かが誰かを恨む必要なんてない。自分が見捨てられることも工場が潰されることもないじゃないか。
クルミは自身の考えに自信をもって、彼女に手を差し出した。
「ねえ、あなたも一緒に言いに行こうよ。
この大惨事はそもそも今の人のせいじゃないんだって。前のどっかのバカがこんなもの残すから、こんなことになったんだって。
うん、きっとこんなひどいもの残す奴の方がよっぽど鬼や悪魔だよ!
だからそんな奴の悪意に負けないでって、一緒に村のみんなを励まそう!」
しばし、静寂が流れた。クルミは言い返してこないのはいい流れだと思いつつ、彼女がこの手を取るのを待つ。
「くっ……うふふふ……」
突然、彼女が肩を震わせて笑った。
訳が分からず戸惑うクルミに、彼女は言う。
「ああ、ごめんなさい。あなたが私の昔の友人に似てたから、つい。
本当、いつの時代にもあなたみたいな子はいるのね。どこまでも人の話を聞かなくて、自分が正しいって信じて、どれだけ周りに迷惑をかけても気づかない子。
あの子は死ぬ前に気づいたけど、あなたはどうかしらね?」
そう言って振り向いた彼女の顔を見て、クルミはぎょっとした。
赤い月の光の下でも明らかに不自然な肌の色、ガリガリにやせ細った体、腐ってどろりと濁った目。
彼女は、生きた人間ではなかった。
「初めまして、私は野菊。この村に、呪いを残した者よ」




