189.虚ろな誠意
あれだけ人が死ぬところを見ながら、クルミが誰よりも大事な父母に言ったことは……。
父親、ついにキレる。
クルミは未来志向のつもりだけど、反省して未来に向かうのと省みず突き進むのとは違う。この家族思いと反省のなさ、現代の誰かに似ていると思いませんか。
どこをどう走ったのか、クルミたちはどうにか死霊たちを引き離した。
司良木の夫はだいぶ酔っており千鳥足で遅かったが、死霊たちの前に無防備な餌が数十人も転がっていたのが幸いした。
司良木の夫が息を切らして座り込むと、クルミはすぐにひれ伏して謝った。
「ご、ごめんなさいお父様!
私としたことが、あんなひどい男に騙されてしまって……。
本当に反省しております!このことは必ず、一生かけて償います!きちんと埋め合わせします、頑張りますから……!」
しかし、父から返ってきたのは容赦ない平手打ちだった。
「何が償いだ!!おまえは死んだ人間を戻せるのか!?」
今まで味わったことのない衝撃とともに、怒鳴りつけられる。
あっけに取られたクルミが起き上がると、父は今まで見たこともない顔をしていた。
裏切られたような失望と落胆、そしてすさまじい怒りと恨み……まるで親の仇を見るかのような憤怒と敵意。
いつもの優しい父の顔は、そこになかった。
「お、お父様……?」
あまりの変わりように戸惑うクルミに、父はなじるようにまくしたてる。
「何てことしてくれたんだ……もう、こんなになってやり直せる訳ないだろ!
宗次郎さんも他の村人もあんなにやめてと頼んだのに、おまえはやった。その結果がこれだ!!
さっきの広場だけで、何人死んだと思う!?何十人の遺族が家族の仇として俺たちを恨むと思う!?
おまえは、俺とこの工場すべてを許せぬ村の敵にした!
俺たちがここで築いてきたものを、全部ひっくり返したんだ!!」
クルミは、返す言葉もなかった。
父の言う通りだ、自分のせいで何の罪もない村人たちが死んでしまった。どうやっても動かしようのない、事実だ。
やったことを取り消すことはできない、失われたものは戻らない。
だが、だからこそクルミはこの先できることを必死で考えた。
起こってしまったことをいくら後悔しても仕方ない、次うまくやるのに生かすことを考えろ。クルミが失敗するたびに、父はそう励ましてくれた。
だから今回も、それが通じると信じて……。
「本当に申し訳ありません……でも、次は絶対うまくやります!」
クルミは、精一杯の笑顔を作って言った。
「村のみなさんに、ひどい事をしてしまいました!でも、必ずそれを上回る恵みを与えられるよう、身を尽くしてまいります!
今宵失われた以上の命が助かるように、育まれるように、村に誠心誠意尽くします!
失われたなら、また一からもっとたくさん積めばいいですわ。そうしたらいつか村の方も分かってくれて、お父様も……」
「ふざけるな!!」
父から返ってきたのは、目に火花が飛ぶほどの拳骨。
再び呆然として転がるクルミに、父は見下げ果てた視線と共に吐き捨てる。
「おまえの誠意など、もうたくさんだ!!
いつもそうだ……おまえは独断でとんでもないことをして、そのたびに次こそは次こそはと……悪気がないからと許したあげく、この体たらくだ。
何回失敗しても、何回誠意を口にしても、全然直らんじゃないか!!
もうダメだ、許せん!この反省のないバカ娘に期待した俺が大バカだ!!」
クルミは、信じられない顔でその言葉を聞いていた。
今まで、こんなに苛烈に責められたことはなかった。父はいつも自分に悪気がないと分かってくれて、自分のやる気を買って許してくれたのに。
こんなの、自分の好きなお父様じゃない。
クルミは、いつもの父が恋しくて涙ながらに父にすがった。
「お、お父様……落ち着いて。
お父様は酔ってらっしゃるの、お酒は人を変えるのよね……私、お父様が優しいって知っています。お願い……いつものお父様に戻って……」
しかし、差し出した手は踏みつけられた。
返ってきたのは、残酷な返事。
「ああ、いつも殴りつけたいのを我慢していたさ……でもここで娘の意欲を折っていいものかと、愚かな期待をして抑えていた。
でも、それが間違いだったな。
せめて役に立つことを学ばせればと学校に入れたら、こんな独りよがりの頭でっかちになって。おまえは学校じゃなくて箱に入れるべきだった。
おまえのための堪忍袋なんかぁー要らなかったんだあぁー!!」
クルミは、愕然として滝のような涙を流した。
自分は決して悪い事をしようと思ったわけではないのに、なぜこんな目に遭わねばならないのか。
信じていた家族にまで裏切られねばならないのか。
あんまりだ。理不尽だ。
……という考えこそ己の傲慢の証であると、クルミは気づいていもいない。
当たり前のことを怒られただけでこんなに苦しいのに、大切な人を失った人がどれだけ苦しいかなんて考えもしない。
怒られただけでこんなのお父様じゃないと認めるのを拒むくせに、家族を殺された人が自分を受け入れられるかどうかまるで想像がつかない。
そのうえ失敗が恥ずかしくて考えたくないからと、どうして今失敗したのか深く考えずに次のこと未来のことに逃げてしまう。
それを父と母の愛に甘えて繰り返した結果が、今の惨状だ。
口では必ず恩を返すと言っておいて、与えたのは致命傷レベルの仇。
父の堪忍袋の緒が切れるのも当然であった。
しかし、母クメはまだクルミを見捨てられなかった。
父にボロクソ言われて泣きじゃくるクルミを見て、ひどく胸を痛めた。このまま娘が、家族が壊れてしまうなんて、耐えられなかった。
クメは、なおも娘を殴ろうとする夫の腕に組みついて止め、ささやいた。
「こんな所で喧嘩をしても、何も解決しないわ。
せめて筋を通して裁きを受けさせるために、この子は連れて行かないと!」
クルミと違って現実的な対応を考えたその言葉に、夫はどうにか拳を下ろした。クメはその拳を封じるように夫の手を取り、クルミにも声をかけた。
「勝手に死なせやしないわ、宗太郎みたいにね。
こういう時の避難場所は知ってる……平坂神社よ。行きましょう」
クルミは、母の愛にこの上なく感謝した。やっぱりお母様は自分の味方だ、お母様だけが自分を分かってくれる、と。
そうして一家は亀裂が入ったまま、平坂神社を目指した。




