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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
186/320

186.暴走

 いよいよ花束を落とそうとするクルミちゃん。

 必死に止めようとする宗次郎や父の努力も空しく……多分、これまでの努力をひっくり返されたお父さんが一番かわいそう。


 デジタルに走るあまり、人間味を失ってしまうことってありますよね。

 クルミちゃんはその先駆けと思っていただければ。

 頬を紅潮させて意気上がるクルミに、宗太郎はささやく。

「さあ、早うその花束を地面に落とすんじゃ。

 何、恐れることはない。あの信仰の正体はわしも知っておる。ここにいる頑迷な奴らに、目に物を見せてやらんか!」

 宗太郎は、集まった村人たちを見回してこの上なく醜い笑みを浮かべる。

 クルミは前しか見ていなくて、それに気づいていない。

「ええ、そうですわ。根拠のない迷信など害悪でしかありません。

 いざ、この村の目を覚まさせ、文明開化の道を!」

 クルミは高らかに言って、花束を大きく振り上げた。

 その瞬間、村人たちにどよめきが広がり、あちこちから悲鳴が聞こえる。それを聞いて、クルミはますます村人たちを見下す。

「あーあ、こんな馬鹿げた話にこんなに夢中になって……呆れるくらい愚か。

 お父様たちは、こんな奴らに事業を阻まれていたなんて」

「おお、そうじゃそうじゃ!鼻を明かしてやれい!」

 宗太郎の面白がるような煽りも、クルミの脳内で熱い応援に変換されてしまう。何もかも、自分の思うようにしか見えない。

 どうにも止まらないクルミを前に、ついに宗次郎が頭を地面にこすりつけた。

「後生じゃ、やめてくれ!!どうかそれだけは!!

 これは迷信なんかじゃない、きちんと確かめられたことなんじゃ!百年ほど前のご先祖が、その命と引き換えに!!

 少なくとも、こんなに人の集まったとこでやるな!たくさん人が死ぬ!!

 頼むから、村の皆の命を守ると思うて!!」

 しかし、クルミから返ってきたのは、できの悪い子を諭すような言葉だった。

「はぁ~……あなたが、そんなだからですよ。

 村の長がこんなのでは、他の皆がこうなのもうなずけます。むしろ迷信塗れの人々が意に沿う長を選んだらこうなったんでしょうか。

 どのみち、まずあなたの目から覚まさないと話になりませんね」

 クルミの鼻から、フンスッと荒い鼻息が飛びだした。


 クルミは、素行の悪い生徒を指導する先生のように頭ごなしに叱りつける。

「確かめられたって、百年前のことなんかあてになりません!おとぎ話っていうのは、何かの理由を昔々って作るとこから始まるんですよ!

 それが根拠にならないって、いい大人なのに何で分からないんですか!?

 それに、人を集めてやるなって……それは何もないってことを皆に知らないようにでしょ!?知ってて隠して利用するなんて、最低!!」

 クルミは宗次郎の言葉を勝手に解釈して断罪する。

「な、なっ……!?違う、そうではないと言うに……」

 あまりに一方的な決めつけに、宗次郎は返す言葉を失う。

 しかしその隣で、司良木の夫が再び恐い顔で前に出た。

「やめなさいクルミ!!

 大の大人がここまでしてやめてと頼んでいるんだぞ、子供のいたずらじゃないんだ!村で慕われている年長者をこんなに辱めて、何様のつもりだ!!

 ここまでうまくやってきたのに、どれだけ反感を買っているか分からないのか!?」

 司良木の夫も、白菊の禁忌については懐疑的だった。

 しかし彼には長い人生経験と商人としての心得、危機を察知する勘がある。自分の知らないことや想像もできない事情がこの世にあふれていると、知っている。

 そんな司良木の夫は、土下座する宗次郎の姿に危機感を感じた。さらにクルミは見てもいないが、他にも一部の村人が同じようにして涙を流している。

 たとえ禁忌自体に何もなくても、このままやらせるのはまずい。

 村人たちとの間に、村を軽視していると埋められない溝を作ってしまう。そのうえ、悪辣な宗太郎を復権させてしまうかもしれない。

 しかし、そんな事情クルミには関係ない。

 クルミは、高揚した声で父に言う。

「大丈夫です、もうそういう事を言わなくてよくなります!

 辛かったですね……こんな奴らに合わせないといけないなんて。

 でも私がこいつらの目を覚まさせれば、お父様の思うままに事業を広げられます!お父様にこれ以上苦労なんかさせません!私からの、育てていただいた恩返しです!!」

 その一方的な決めつけには、父すら取りつく島もなかった。

「違う、そういう話じゃないんだよ!

 頼むから、人の話を聞いてくれぇ~!!」


 もはや、父の説得もクルミには届かない。

 クルミは目をギラギラと輝かせて、フンスフンスフンスッと止まらない鼻息を吹き出している。

 まるで、ブレーキを失った暴走機関車だ。線路を外れて爆走し、道行く人全てをはねて血みどろになっても止まらないような。

 誰がやめてと頼んでも、止まらない。

 文明の利器である機関車は、人の心を解さないから。

 クルミは今、文明開化こそ正義という思想に突き進むあまり、自らの心がそのための機械のようになってしまっていた。

 人の言うことを全く意に介さず、自分だけに見える幻の線路を突っ走る暴走機関車。

 そんな彼女にとって、やめろと言って立ち塞がる者は全て突破するべき障害物。たとえ親でも、自分の方が正しいんだから仕方ない。

 突破した先にある皆が文明を享受する幸せな未来のために、止まる訳にはいかない。

 むしろ、抵抗されればされるほど燃える。

 もはや、クルミは話して止められる人ではなくなっていた。


 その様子に、クメは焦った。こうなったクルミは見たことがある……あの自分で髪を切ってしまった時と同じだ。

 クメは拾ってきた棒を握りしめ、夫にささやく。

「あなた……」

「ああ、行け、力ずくでも止めろ。多少クルミが傷ものになっても構わん」

 司良木夫婦は、ついに最後の決断を下した。クメが力ずくで宗太郎を叩きのめし、クルミを取り押さえる。

 説得が通じないなら、もうこうするしかない。

 幸いと言っていいのか、宗太郎にとってクルミは唯一の味方だ。一撃で殺すようなことはしないだろうから、おそらく助けられるだろう。

 キッと目を鋭くして棒を構えるクメ。

 しかしそれを見た瞬間、クルミは邪魔されると直感した。

 そして母が動くより早く、花束を地面に叩きつけてしまった。

「えい!!」

 かくして、全ての努力を嘲笑い、禁忌は破られた。

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