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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
185/320

185.一人舞台

 禁忌の花を手にしたクルミちゃんと宗太郎VS宗次郎と司良木父のやりとりです。

 宗太郎は性格はひねくれているが、それでも宗次郎に勝る部分は確実にあった。それをいい方に使わないだけで。

 文明開化の時代ならではの有利不利がある。


 そしてすっかりその気になっているクルミちゃんは、調子に乗ってどんどん村人のヘイトを稼いでしまいます。

「ど、どういうことじゃ兄よ!!

 なぜそれがそこにある!?」

 宗次郎の怒号が、ひんやりとした夜の空気をビリビリと震わせる。宗次郎は額に筋を立て、わなわなと全身をいからせていた。

 その尋常ならぬ様子に、村の外から来た者は訳が分からずぎょっとする。

 しかし宗太郎は気にする様子もなく、むしろ得意げに言った。

「ひひひっ、わしが用意してこの娘に渡したからじゃ。

 この桶の洗液も、もちろんわしが用意した。

 わしが手広く商売をしておった時に、この染料とそれを落とす洗液のことも知る機会があってのう。

 このわしの手にかかれば、白い菊を赤く変えることなど造作もない!」

 それを聞いて、宗次郎はがくりと膝をついた。

「そ、そんなものが……!」

「はーっはっはっは!!村から出たこともないおまえは知らんじゃろ!?これが、世の中を広く知るっちゅうことじゃ」

 宗太郎は、ふんぞり返って勝ち誇ったように笑った。

 実際、ここは広く物を知っている宗太郎の勝ちだ。

 明治に入り開国し、さらに鉄道網で様々な製品が広く流通するようになってから、これまでにないものがどこにいても手に入りやすくなった。

 この菊をあまり違和感なく赤く染め、水で洗っても落ちず、専用の洗液できれいに落ちる染料だってそうだ。

 こんなものがあると、ほとんど村から出なかった宗次郎は知らなかった。

 これまでなかったからこれからも大丈夫だろうと、無意識に油断していたのだ。

 しかし、今はもうそういう時代ではない。その点で宗次郎は、失敗しながらも広い世界を知った宗太郎に後れを取ってしまった。

 そして今、白菊塚にまんまと白い菊が持ち込まれている。

 打ちひしがれる宗次郎を、クルミも嘲笑する。

「ほら、自分がどれだけ世間知らずか分かったでしょ?

 いつまでも変わらないのがいい、自分の知ってる狭い世界が全てだって、馬鹿な慢心をしているからこうなるのです!

 そんな古い頭のままで、皆を幸せになんかできやしないわ!」

 それから、うっとりして宗太郎をほめる。

「それに比べ、やはり宗太郎様は素晴らしいですわ!

 面と向かって言っても分からない馬鹿に分からせるために、こんな演出を考えてくださるなんて!

 あなたこそが、この村の文明開化の第一人者ですわ!!」

「おお、そうじゃろう!物分かりのいい女子は好きじゃぞ」

 そう言われて、さらに目を輝かせるクルミ。

 やはり自分は間違っていないと、自分こそがこの村の文明開化の使徒であると、クルミはすっかり自分に酔いしれていた。


 しかし、そこに水を差す声が響いた。

「そこまでにしておきなさい、クルミ。

 早くその花束を持ってこっちへ出ておいで」

 司良木の夫が、険しい顔をして厳しい声で命じたのだ。その顔は、さっきの娘に甘い父の顔とは一線を画していた。

「お父様、何で!?」

 不服そうなクルミに、司良木の夫は厳格な仕事人の顔で告げる。

「私はこの村の土地を買い工場を建てる時に、村と誓約を交わしたのだよ。

 もし我が家や工場の関係者が白菊塚に白菊を供えることがあれば、それで生じた損害は全てわが社に請求し、土地も明け渡してもらうとね。

 つまりおまえがその花束を落としたら、この村の工場は潰されるかもしれないんだ。

 分かったら、我が家を守るためにこっちに来なさい!」

 司良木家もまた、村に工場を立てるのに現代の白川鉄鋼と同じような誓約書を交わしていた。よそ者が何か起こすかもしれないという危惧は、この頃からあったのだ。

 しかしそれを聞くと、クルミはむしろ不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫ですわ、お父様。

 だって、白菊を供えるだけで何か起こるなんてあり得ませんもの。

 白菊を供えて生じた損害は全て、というなら、損害がなければ問題はありません。

 もし村が何か損害を作っていちゃもんをつけようとしたら、それこそ弁護士を雇って調べつくして闇を暴いてやればいいのです!」

「何、そ、そうか……」

 クルミの理路整然とした反論に、司良木の夫はたじろいだ。

 言われてみればその通りだ、損害が発生しないならこちらに何も損はない。

 仕事上の話をしてクルミを下がらせるつもりが、きれいに言いくるめられてしまった。司良木の夫もだいぶ酒が回っていて、頭がうまく動かないのだ。

(くそっ参ったな……そんなに飲んだつもりはなかったんだが)

 司良木の夫は、つい杯を重ねてしまった祝い酒を後悔した。


 どうしたらと頭を痛める父を前に、クルミは演説を始める。

「全く、あんな意味のない誓約までまっとうな会社にさせるなんて、この村は腐りきっています!

 その……菊信仰ですか?祟りの迷信?……みたいなのに、今時ここまで染まっている時代遅れの村があるなんて!

 でも大丈夫、今から私がその迷信を打ち破ってあげます!

 そして皆で混迷の時代に終わりを告げ、新しく明るい時代に向かうのです!!」

 クルミは、まさに今自分が時代を進める舞台に立っているような気分になっていた。

 自分はここでは異分子なのだろう。しかしそれが怖いとか恥ずかしいとかは全く思わない。だって正しくて優れているのは、自分なんだから。

 こういう時に抵抗はつきものだ。むしろ抵抗を避けていては、固まった今を打ち破って時代を進めることなどできない。

 外国に一目置かれて少しでも条約を平等にするための鹿鳴館だって、そうじゃないか。上流階級の楽しみとか陰口を叩かれていても、あれがないと日本が文明化したと見て分からない。

 山を崩す鉱山だって煙を出す工場だってそうじゃないか。多少見た目が変わったって不快なものが出たって、それでとても多くの人が幸せになれるなら。

 抵抗するのは、愚かな証だ。

 だから自分に注がれる恨めしい視線は、誇らしくすらある。

 ヒロインは、抵抗する奴らに打ち勝ってこそ。自分は今まさにその華々しい闘争を進めているのだと、クルミは信じて疑わなかった。


 ……が、そんな気分なのはクルミ一人である。

 周りの者たちは皆クルミにそんなことしてほしくないし、宗次郎も司良木の夫もどうしたらクルミを止められるかで頭が一杯だ。

 それにクルミが反感を買っているのは、クルミが面と向かって村をけなすからだ。

 会って一日も経たない小娘に知ったような口を利かれ、腐りきっているだの時代遅れだの言われて気分を害さない訳がない。

 だがクルミは使命に酔うあまり、そんな簡単なことにも気づけなかった。

 自分だけを照らすスポットライトの外がどうなっているか、クルミには何も見えていなかった。

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