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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
183/320

183.和合の祭り

 クルミによる災厄のカウントダウンです。

 クルミと宗太郎の企みをよそに、村祭りは和合ムードに包まれていました。

 そこに紛れ込んだ不穏分子には、誰も気づきません。そしてクルミ自身も、自分こそがうまくいっている状況に逆らう不穏分子だと気づいていません。

 しばらくして、クルミは待っていた村の者たちと合流して司良木家に向かった。その傍らから、宗太郎の姿は消えていた。

「遅くなりました、お父様、お母様」

 クルミの手には、大きな花束が抱えられていた。

「よく来たね、クルミ……それは?」

「ええ、菊祭りと聞いていたので私も持ってきたの。お供えしていいでしょう?」

 その時宗次郎が一瞬鋭い目で花束をにらんだが、すぐに安どの表情に変わった。

 クルミの持っている花束は、濃い赤の菊だった。少なくともこの中に、村を危険に晒す色は見当たらない。

「祭りの趣旨に合わせてくださるとは、できたお嬢様ですな。

 泉宗次郎と申します、歓迎いたしますぞ」

 感心してあいさつしてきた宗次郎に、クルミは冷たくそっぽを向いてしまった。

 それを見て、司良木の夫は少し慌てる。

「こらクルミ、あいさつくらいしないか!

 申し訳ない、ずっと街育ちでこういう田舎に来たことがなくて、少し緊張してしまっているようです」

 謝る司良木の夫に、宗次郎はほがらかに言う。

「いえいえ、そんなに気にはしませんよ。

 初対面の人にホイホイ気を許さないのは、しっかり教育が行き届いているとみえる。身持ちが固いのはいいことです」

 司良木の夫も宗次郎も知らない……クルミが既に、さっき会ったばかりの宗太郎の悪意に絡めとられていることを。

 そのせいで、会ったこともない宗次郎を仇敵のように憎んでいることも。

 クルミは宗太郎に事を起こす時まで言うなと言われて黙っているだけだ。

 しかしクルミの可愛らしいすまし顔と凛とした女学生の雰囲気のせいで、ちょっと気取っているだけに見えてしまった。

 宗次郎は、そんなクルミの気持ちを解きほぐそうと明るく言う。

「まあまあ、今日は村を上げての菊祭りじゃ!お嬢さんも花は好きかな?

 たっぷり楽しんでくだされよ!」

 そこでようやく、クルミははっとして、楽し気に笑った。

「ええ、今日はきっと、最高のお祭りになりますわ!」


 それから午後になると、祭りが始まった。今年は司良木家も出資しているし工場の女工たちも参加しているので、いつもよりにぎやかな祭りとなった。

 温かな色の西日を浴びて、生の菊の花で飾られた神輿が村の衆に担がれて神社への道を進んでいく。

 わざわざ司良木の夫が、村のために作らせて贈ったのだ。

 司良木家と村がこれからも手を取り合ってやっていく、和合の象徴になるようにと。

 それを見る人々も、今年は村の者ばかりではなかった。わずかに司良木家の取引先の者や、女工の家族なども混じっていた。

 皆、この村の美しく華やかな菊に目を奪われている。

「こんな美しい場所があったとは……これは観光地として売り出せそうだな」

「いい村じゃないか。

 こんな場所なら、娘が嫁いで住んでもいい」

 こうして村の外の者にも村の美しさと豊かさを知ってもらえば、もっと人を呼び込んで発展していけるだろう。

 この祭りの光景は、これから花開く村の前途を予感させた。

 ただ、村の外から来た者たちはあることに気づいて首を傾げた。

「……しかし、これだけ菊があって白がないのもおかしなものじゃ」

「他の色も、白があってこそ引き立てられように」

 そう、この村に広がる菊畑にも菊神輿にも、白い菊は一本もない。近隣の村から来た者の中には、おぼろげに理由を知っている者もいた。

「それが、何でも白い菊を供えると祟りがあるとか……」

「何だそりゃあ、呪いでもあるんかね?」

 周囲の人から見れば、もうおとぎ話でしかない白菊の呪いの話。

 しかしこれだけ色とりどりの菊があって、代表的な色である白だけがないという奇妙な光景は、人々の目に何となく不気味に映った。


 その会話を小耳にはさみ、クルミは内心憤った。

(ほら、くだらない迷信などに囚われるせいで悪い噂が立ってしまうわ!

 これじゃ、いくら美しく飾ったって呼び込める人の数が減ってしまう。きちんと白も飾れば、もっときれいになって悪い噂も消えるのに。

 それが分からないなんて、宗次郎の無能さがよく分かるわね!)

 そしてまた、クルミは秘めた使命感を燃え立たせる。

(でも、そんなくだらない風習も今夜で終わり!

 私が断固たる意志と行動でもって、村をしがらみから解き放って時代の流れに乗せてみせるわ。

 宗太郎様、お父様、お母様、私は必ずやり遂げます!!)

 クルミは、そうすることが絶対に正しいと信じて疑わなかった。


 夕方になると、広場で宴が始まった。

 村の有力者たちと司良木家と取引先の者が集い、白菊塚の祠の前で息を合わせて酒樽の蓋を割る。

「司良木製糸のますますの発展と、村の明るい前途を祝って!」

「乾杯!!」

 村人たちも今日来たばかりの者も、皆で杯を掲げて祝う。

 山間に沈みゆく夕日の中、祠の前の広場には村が用意したごちそうと外から来た者が持ち寄った肴が並べられ、これまでにない豪勢な宴となった。

「おお、こりゃ美味い!初めて食うが、いいもんじゃのう!」

「酒もいつも飲んどるもんと全然違う、こいつは上等じゃぞ!

 肴も美味いし、どんどん飲めるわい」

 村人たちは上機嫌で、酒と料理に舌鼓を打っていた。

 宗次郎と司良木家の夫は、満足そうに宴席を見回して顔を見合わせる。もう村には、数年前のいがみ合いの影はほとんどない。

 司良木の夫は、しみじみと呟く。

「いやあ、ここまで受け入れてもらえるとは、誠にありがたい。当初は何が問題かも分からず、撤退も考えていたというのに。

 これも宗次郎さん、あなたのおかげです」

 すると宗次郎は、酔いのせいか少し顔を赤くして言った。

「いえいえ、きちんと村のことも考えてくれたあなたのお力添えあってこそ。

 あなたは今日の祭りにも出資していただき、村に水道まで引いていただいた。そうした努力が実を結んだのです」

 そこで、宗次郎は思い出したように呟いた。

「そう言えば、今日の祭りには兄も出資して酒を用意してくれたのです。さすがにそろそろ、村の皆と仲直りをしたいと言っておりまして。

 ……にしては、姿が見えませんが。

 兄も、心を改めたなら堂々と混ざれば良いのですが」

 宗次郎は、そう言って少し寂しそうな顔をした。

 宗太郎が本当にそう思っているのか、宴に金を出したのは本当は何のためなのか、そこまで勘ぐることはなかった。

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