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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
181/320

181.急進派の娘

 今度は娘のクルミちゃんメインの話です。

 クルミちゃんは特に悪意があった訳ではなくきちんと学もつけて育った娘なのに、どうして禁忌を破ってしまったのでしょうか。


 明治という大変革の時代、彼女はある意味非常に時代に乗った考え方の持ち主でした。父も母も、それを応援して育てていました。

 しかし、その考えも尖りすぎると……そして自分に自信を持ちすぎると……。

 泉宗次郎とその一派の歩み寄りにより、司良木家は少しずつ村に受け入れられた。もちろん、反発を少なくするために事業は当初の計画より縮小することになったが。

 それでも、長い目で見ればこの方がいいと司良木の夫は判断した。

 クメも、下々を幸せにするのが統治者の役目だと我慢した。それを忘れて民から見限られるようでは、上に立つ資格はない。

 宗次郎は、兄のまいた争いの種を少しでも減らそうとよく協力してくれた。

 それでも司良木家を信じられず、もしくは長男と本家を立てるべきだと宗太郎につく者もいたが、その影響は日に日に小さくなっていった。


 工場が軌道に乗ったある日、司良木家は村への恩返しをするように村の菊祭りに出資して盛大に祝おうとした。

 そして、その祭りにいつもは学校の寮で離れて暮らしている娘のクルミを招待した。

 これから自分たちの家を支えてくれる、大事な村を紹介するつもりで。

 ちょうど泉家にも年頃の男子がいるし、顔合わせも兼ねて。

 自分たちの仕事場を見せてやれば、学校での勉学の励みになるかと思って。

 宗次郎の方も、女ながら学を着けたクルミを引き入れれば、村の発展にもっと寄与してくれるだろうと期待していた。


 こうして、司良木クルミは菊原村を訪れた。

 村の菊祭りの日……ちょうどその年の、中秋の名月の日に。


 結果から言えば、それが全ての元凶だった。

 もしクルミが村を訪れる時期が少しでもずれていれば、中秋の名月にかからないようにしていれば、全てはうまくいっただろう。

 誰も死なず、誰も泣かず、誰も見捨てられなかった。

 誰もそのために復讐に走らず、それでさらなる悲しみを生むこともなかった。

 司良木親子を翻弄し、悲しみと絶望をまき散らした明治の災厄……それは予期せぬ形で、たった一日で決まってしまったのだ。


 司良木クルミ、彼女もまた悪人ではなかった。

 クメに厳しく育てられ、己の役目をしっかりと心に持ち、そのために努力と行動を怠らない娘であった。

「おまえは、これからの時代を担う人の妻となり母となるのです。

 そのために、時代に取り残されぬようにしっかり学をつけていらっしゃい」

 クルミは当時の女としては珍しく、学校に通わせてもらっていた。

 父が時代の変化に合わせそれを積極的に利用しろという信条で、母クメも古い価値観で商人の夫を侮っていたことを猛省したからだ。

 周りに何を言われようとこれから必要になる学をつけ、時流の先端に立って導く者を支える存在たれ……それがクルミに与えられた役目だった。

 クルミは勤勉に、そのために励んだ。

 クルミは母クメに似て、芯が強く行動力のある子だった。

 そして、父に似て新しいもの好きで、どんどん変化する世の中に目を輝かせていた。

 ただし、それが高じて少し慎重さに欠けるところはあった。自分がそれでいいと思ったら、周りの意見も聞かずにすぐやってしまうのだ。

 ある時など、周りにざんぎり頭(短髪)が増えていくのを見て自分もと思い、鋏で自分の髪を短く切ってしまったことがある。

 だが、当時まだ女性の短髪は認められていなかった。それでも堂々とそのまま家から出たクルミは、警察に捕まってしまったのである(しかも髪が伸びるまで何度も)。

 そのため、クメはそのたびに警察に娘を引き取りに行き、娘のかつらにするため自慢の美しい髪を切らねばならなかった。

 おまけに、何度も捕まったせいで近所中に変な噂が立ってしまった。

 一家はもちろんクメが開いていた薙刀道場の門下生まで後ろ指差されたりからかわれたりするようになり、門下生がだいぶ辞めてしまった。

 それもあって、クメは道場を閉じて別の土地に移る決意をしたのだ。

 クルミは、自分が軽はずみにやってしまったことでこんなに周りに被害が出てしまったのに唖然とした。

 しかし、クメも夫もクルミをそう厳しく叱らなかった。

「髪を短くするのは特に害がある訳ではない。そんなことも分からない今の時代が悪いんだ。いつかきっと、髪型なんか自由になる時代が来る。

 だからこんなことで、おまえの挑戦する気持ちを失わないでおくれ」

 この件は、これで良かったのだ。


 クルミは、その積極性を伸ばしながら育っていった。

 あの件は自分はそんなに悪くないのに、無知で価値観の固まった周囲のせいでああなった。ならば自分は断固たる行動でそんな世の中変えてやる、と心に決めて。

 幸い、女学校には同じような志を抱く仲間がたくさんいた。

 女に学ばせようという時点で、先進的な考えの親の子ばかりだからだ。

 そして、クルミと同じように時代を先取りして一財産を為した、新しい産業界の令嬢がたくさん集まっていた。

 すると、その中でこんな話が出る。

「うち、新しい工場を建てようとしたんだけど、住民が反対してるのよ」

「まあ、うちの鉱山もよ!」

「あたしのうちは大きな船がつける港を開こうとしたんだけど、漁師さんたちが反対して工事が遅れて、借金がかさんで……」

 当時、新しい産業を持ち込もうとする者と地域住民の対立はあちこちで起こっていた。

 それに対し、令嬢たちは口をそろえてこう言うのだった。

「本当、世の中を知らない貧民たちは困るわよね」

「お父様たちの新しい産業を受け入れればみんな豊かになって幸せになれるのに、わざわざ自分でそれを拒むなんて!

 有り得ない馬鹿!」

 そういう話を聞いて、クルミもこう言う。

「これからこの国が世界に追いつくためには、そういう馬鹿にも分からせなきゃいけないわ!

 それには、こっちも毅然とした行動が必要よ。

 最初にちょっとぐらい反感を買ったって、恐れることはないわ。だって私たち、悪い事しようとしてる訳じゃないし。

 むしろ貧民たちの古くて悪い考え方を、私たちが払って未来に導くのよ!!」

 その堂々たる宣言に、周りの令嬢たちから拍手が上がる。

 彼女たちの考えは、確かに時代を進めるうえで必要だったかもしれない。だが彼女たちは貧しい者の考えにも理由があることを想定せず、自分たちの知っていることが完全ではないと分かっていなかった。

 しかし女学校の寄宿舎という狭い世界でそれを指摘する者はおらず、クルミの思考はどんどん偏って尖っていく。

 そして、それが彼女の命取りとなった。


 爽やかな風が吹き抜ける秋の日、村ではあまり見かけない上等な馬車が菊原村に到着した。

 そこから村に降り立った、矢羽根模様の着物にはかま姿の女学生。

 クルミは、色とりどりの村の菊を見てその美しさに息をのんだ。

 しかし、すぐにはっと顔を引き締めて呟いた。

「なるほど、これが村人の守りたいものね。

 確かにきれいだわ、売ったらいい値がつくのも納得。

 でも、生糸と比べたらどっちがお金になるかしら?花なんて単価がたかが知れてるし、時代遅れだし、機関車でも外国には運べないのに」

 クルミは、仇でも見るように菊畑をにらみつけた。

「こんなものにこだわって生糸を邪魔するなんて、金をドブに捨てるようなものだわ。

 ここの住民たちにも、それを分かって時代に目覚めてもらわなきゃ!」


 クルミは以前から、この村にも憎き産業化反対勢力がいるのを聞いていた。

 自分たちはこの村を豊かにするいい話を持ってきて実行しようとしているのに、頭の古い農民共が邪魔をしていると。

 それでも健気に耐える母の気持ちを手紙で知り、かわいそうに思っていた。

 そうして耐えても事業規模を削られてしまったことを、腹立たしく思っていた。

 そして、学校ではあれだけ立派なことを宣言しながら親が無知な者どもに屈してしまっていることを、ひどく恥ずかしく思っていた。

 だから、決意してここに来た。

「私が、お父様とお母様のために村を変えてみせるわ!

 新しい時代を邪魔する愚民なんかに、負けないんだから!!」

 クルミの鼻から、可愛い顔に似合わぬ荒々しい鼻息が噴出した。

(前はちょっと手早くやりすぎて、お母様に迷惑をかけてしまった。

 でも、やるべきことを早くやるのは悪いことでも何でもないわ!今度こそ毅然とした行動でこの村の時代を動かし、お父様とお母様に恩返しするんだ!!)


 この時クルミに足りなかったのは、相手にも都合があり、それに反して押し通すのは良くないという謙虚な考え。

 さらにその都合を知ろうともしなかったせいで、事態はクルミが予想だにしなかった悲劇へと突き進むことになる。

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